CRSレポート⑨ お子さんの大学受験を終えて

瞑想 Aさん   子供を日本の大学に送り出し、自分の気持ちにもっと向き合えるかと思って参加しました。子供を大学に送り出すまでは、感情の振り幅が大きくて、息子に、「自分の事は全然心配じゃないけど、ママの事が心配だ。」と言われ続けました。普段私たち親子はあまり喧嘩をしないのだけど、この夏日本にいる間、かなり喧嘩をしました。彼はずっとニューヨークで育っているので、日本での天災、例えば地震とかに慣れていないし、私たちもハリケーンサンディーで5日間ぐらいの停電を経験していて、連絡が取れない不安や不便さを知っているから、せめて充電器、懐中電灯ぐらいは持っていてとお願いしたのだけど、本人は嫌だというのです。心配し過ぎだと・・。でも、私の妹から同じことを言われると素直に聞くのです。私とは喧嘩が絶えないのに、なぜだろうと考えて、そうだ、彼は、無意識に親から自立しようとしているし、私にそういう態度を取る事で、私に子離れをして良いのだと教えてくれていると思ったのです。 悦子   Aさんもどこかで、母親としてのパワーを残しておこうというのがあったかもしれないですね。 Aさん   そうです。それでぶつかっていたのですが、注意深く彼を見ていくと、自立というか、それに向かっていく喜びの力が強いのです。それで、喧嘩ばかりするのも嫌なので、もっと引いたところから、彼を見ていくようにしてみました。 悦子   息子さんも今まで以上に広がる世界を喜びで受け入れていたのですね。 Aさん   息子が、喜んではいるけれど、浮き足立ってはいない姿を見て、徐々に安心感が湧いてきました。お互いにぶつかり合いながらですが、肉体的な

「おかあさん」佐々木卓也・作品集  文・岸田今日子 写真・堀口眞澄

佐々木卓也さんは、1975年に東京で生まれ、3歳の時に自閉症とわかります。2歳の頃から粘土に触れ始め、8歳になると陶芸の土も使うようになり、以来、毎日のように、作品を作り続けています。14歳の時に、遠足の絵が国語の教科書に採用されたことを皮切りに、これまで、ギャラリーや美術館、その他で出品された作品は、数えられないほどです。 最近では、国連が定めた世界自閉症啓発デーに、アーティストの一人として作品を提供なさっています。 「おかあさん」に納められている動物の造形作品は、卓也さんが10代後半の頃の作品です。動物たちは、どの子供たちも、親にぴったりとくっついています。 それを見るたびに、卓也さんのお母様である佐々木睦子さんは、「私は、これは卓也の寂しい心の叫びではないだろうかとさえ考えます。これでもかこれでもかと母親のぬくもりを求めている彼や、友だちといっしょに遊びたいよと叫んでいる彼の心がそこにそのまま現れている気がするのです。」と書かれておられます。 卓也さんの作品は、お母様の睦子さんだけでなく、私の心をも映し、親子のつながりの確かさを一心に確かめようとする切ないまでの衝動や、沢山の人たちや世界との関わりへのちょっとした怖さと、それでも、そこには、抵抗しようもなく広がっていく喜びがあることを、感じさせてくれます。 その卓也さんの作品に、岸田今日子さんが、親と子の会話を、ひとつひとつ付けようというお話になった時、「少しブラックになってもいいかしら」とおっしゃったそうです。「ほのぼのとかわいらしい会話を、この人たちが交わしているとは信じられなかったのだ。」そうです。 岸田さんの書かれ

北九州クラスレポート 前半

Aさん とても気持ちよかったです。包まれました。 由美  娘が一緒でどうかと思いましたが、ホーリースピリットとつながっているので、心を周りの状況によって揺らさないことをしっかりと味わえました。それができないから、目の前の事をどうにかしようとしてしまい、心も揺れているわけですよね。 永保子  私たちはこの世界を見てしまうから、揺れるのは当然なんですよね。 Aさん  前はゆっくりした時間がある時に心を見つめられると思っていたのですけれど、レッスンをメールパートナーと一緒にやり始めてから、自分の心を見ることにすごく抵抗してるんだと思いました。その言い訳として、時間もない、旅行もするというふうに、理由付けをしてるんだなぁと思ったら、やっぱりやらなきゃと思いました。それで自分は、時間があるからやるのではなくて、忙しくて時間がないときほど、こう自分自身のハートに戻るっていう、一瞬でもいいから自分の心が揺れることがある時に、ここに戻ればいいんだって言うのを、レッスンがあるからすごくできて、忙しい時ほどそれがすごく効果的だと実感しました。忙しいからできないっていうのは、自分が心を見つめるのが怖い時なんだなぁと実感しました。そこに気づけて、今までいろんな理由付けをして断ってきたと思います。 永保子  例えばどういうことですか? Aさん  このじゃない会もそうです。来たり来なかったりでした。無理をしないって言うのもありましたが、でも、今回のレッスンをメールパートナーとすることで、そのことに気づくきっかけを作ってくれたと思います。 永保子  最初、Aさんのレッスンパートナーの方から、「Aさんにメール

西小山クラスレポート⑧

瞑想 「やすらぎの場所」じゃない会ホームページ・瞑想ガイドより Aさん 今日は、この瞑想だけで帰れるような気分です。 普段生活していて、この安らいだ静かな場所に居ることをキープすればいいのだと思うのですが、例えば、朝起きた瞬間から、娘がパパとケンカしていたり、衝撃的なことが起きたりすると、そっちにグラッと持って行かれて、そこから怒涛のような一日が過ぎていくというようなときは、要所、要所で、戻ろうとすればいいのかしら? 今朝は、ペットが粗相をして、部屋中が汚れてしまって、せっかく、娘が移動教室で出かけている静かな穏やかな日なのに・・と、ペットを怒っていました。(笑) 美智恵 娘さんが、居ても居なくても、怒っているんですね。(笑)ということは、娘さんだけが原因じゃなくて、Aさんが怒りを持っているということですね。 思い出したら戻るということを意識的にしていくうちに、怒鳴りながらも、愛の場所があるのだから戻らなきゃ・・と引いて見ている自分というのに気づくときがくるかもしれません。冷静になったときに、愛の場所から、もう一度見てみると、いろんな気づきがありますよね。愛の場所に戻るということは、たとえば、子どもとの間に信頼を見るということだったりして、そうすると言うことが何もなくなりますが、黙って見ていると、「この子は、案外大丈夫なんだ」というところが見えてきます。それで、やっぱり、自分の恐れの目線で子どもを見ていたことに気づいて、安心を見るということを選ぶことができます。 Aさん そうですね。いつも怒りの材料を探しているかもしれないです。 テレビを観ていても、弱い人や子どもの虐待などのニ

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