西小山クラスレポート⑪ 渡邊美智恵

Aさん 先月から今月まで、お風呂に入るときに、ゆっくり湯船に浸かって、ワークの本を読んでいます。 以前、一緒に仕事した人が、「こうあるべき」みたいなことを言う方で、わたしはこの人あまり好きじゃないな・・なんて思っていて、そういう自分の意見と違う人、好きになれない人に対して、愛で見たりするのって難しいなと思いながら、ワークの本を読んでいたときに、「わたしはすべてのものを、自分が望むとおりに見ています」、自分が考えていることを見ていれば、自分がどんなことを考えているのかがわかる、ということが書いてあって、これを、「本当に、そうだよね」と思って、そこから自分の考えだけを見ているようにしていたんです。で、その好きじゃない人と、こうだったなぁ・・とか思ってから、お風呂の中ですけど、瞑想みたいな状態に入ったときに、キラキラとその人が輝いて見えて、全然違う人に見えたんです。あのとき、そういうふうに、自分の世界からものを見ていたけど、そうじゃないと見たときに、光り輝いて、穏やかな輝きが思い浮かんできて、「あ、そういうことなのか。その人の言っていることや、やっていることを、見るんじゃないんだな・・」ということがわかって、真剣に取り組むようになって、その、思いをずっと見ていこうと思って、気を付けながら、「あ、わたし今こういうこと考えているな・・」と振り返るようにしていたんです。そしたら、全部、自分を守ることか、攻撃すること、とにかく自分をどうやって守ろうか・・ということしか考えていないなと思ったんです。これを、ちゃんとやらないと、わたしは危険な目に遭うから・・というようなこと。例えば、くだらないこ

「うまれるってうれしいな」 文・堤江実 絵・杉田明維子

作者の堤江実さんは、長年にわたり世界の戦争の現状を訴え、平和に心を寄せることをなさっておられます。そしてこの本では、与えられた命を心からまっすぐに喜び、讃えておられます。主人公の男の子は、「聖らかな思いと幸福だけが満ちているところからこの世界に降りて来て、悲しみも、寂しさも、怒りも、憎しみも全部感じて、そこに愛を経験し光を見るために、出会い、許し、つながりあう」(本文より)ということをしていきます。 杉田明維子さんの絵は、とても温かく柔らかく、心の光を強く放っていらしゃるように感じました。杉田さんが常に平和を祈りながら描かれていらっしゃるように思うのです。私(小野)は、杉田さんに2012年の夏にお目にかかったことがあります。ある会場で偶然(偶然はないのでしょうが)お隣の席に座らせていただき、お話しする機会がありました。後に、杉田さんが、私がかつて働いていた画廊で尊敬していた彫刻家の佐藤忠良氏に、その絵を讃えられている方だと知りました。 ー堤さんのあとがきより ひとはみな 愛することを学び、魂を磨いて、よりよい自分を育てるための旅をするために、この世に生まれます。勇気をもって生まれてくる世界中のあかちゃんがみな、いのちにあふれ、喜びにみち、幸せでいられるようなそして、世界中を光で満たすことができるような、そんな、美しく平和な地球であってほしいと祈ります。 堤さんは戦後70年目の今年、平和への問いかけを声に出し、詩集「つたえたいことがあります」を出版されました。その中から一つの詩をご紹介します。 「ものさし」   どちらが正しいか正しくないか   どちらが善いか悪いか   

「じゃない会」レポート CRS

Aさん 1週間前、友達のお子さんの全身に急性症状が出て歩けなくなり、ずっと学校を休んでいて、みんなでとても心配していました。 昨日から少し良くなって、ごはんを少し食べられたと聞いて、今朝、友達の家に寄って来ました。少し歩けるようになっていて、声を出して話せるようになっていたので、言葉に表せないほど感動しました。 その子が、からだ全部を使って、健康であることの有難さを教えてくれている気がして、それを受け止めながらここに来ました。 なおこ そうだったんですね・・。お母さんはどうされていますか? Aさん 友達はすごく落ち込んで、一人で背負い込んでいました。日本と医療システムが違うのでわからないことが多くて・・。セカンドオピニオンも受けましたが、治療法が見つからず、痛み止めを飲むしかないそうです。そばで見ていて辛かったです。 なおこ Aさんは、みんなが見守って一緒にいるよ。迷惑だなんてことは決してないから、どんな時も一人で頑張らないでねと、お友達の気持ちに寄り添って伝えてくださったのですね。 私たちも、クラスの最後に祈らせていただきますが、Aさんはお祈りをされていたんですね? いかがでしたか? Aさん お祈りした時、健康のありがたさを感じました。それから、足したり引いたりしないで、そこにいてくれるだけで完璧なんだという存在証明のようなものを、すごく感じました。今朝は、「歩けるようになってよかったあ!」と思いました。 今日は、もう一つ話したいことがあります。 子供が幼稚園に行くようになったので、今まで趣味でやっていたことを教える教室を本格的に始めようと思い、いろいろな人に相談しながら準備

西小山レポート⑩ 渡邊美智恵

Aさん 最近、物理的に、主人と少し離れたいと思うときがあります。 主人は、自分のことにしか、関心がないように見えます。 高校生の息子も、そのように感じているようです。 家族全員の休日の日も、自分の分だけの簡単な食事を作り、子どもが小さい頃から、一緒に遊ぶということも、ほとんどなく、自分のペースで過ごします。 平日は、わたしも仕事が忙しいこともあるので、主人の方が先に帰宅したりした日は、食事の支度をしてくれていると助かるのですが、「作れない」と言って、自分だけで簡単に食事を済ませたりしています。 「キミたち(息子)は今どこに居るの?今日の食事はどうする?」とか、一言、連絡でも欲しいなと思って、「声をかけてほしい」と言ってみてはいるのですが、変わりません。 家族と合わせようともしないし、聞こうともしないのだったら、もう、「一人で生きていけば?」と思ったりします。 主人が唯一興味を示すのが、息子の受験と塾のことで、これだけは首を突っ込んでくるので、先日は息子が、「普段の僕には全く興味がないくせに、こういう時ばかり!!」と言って、ケンカになっていました。それというのも、主人は、息子のために・・というのではなく、自分のやり方に沿う、自分が納得できる、安心できる塾かどうかを確かめに行くような感じだからです。息子のことは宙に浮いてしまって、本人の意志とかは関係ないんです。  息子が大学受験のために、自分で探して、いくつも見てきて、考えて、決めた予備校があるので、主人に、そのことを相談しました。そしたら、主人は、自分で納得した予備校じゃないとダメなので、予備校に話を聞きに行くと言いはじめて、息

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