参加者さんの感想

相手を大切に思えることは、どこまでも幸せで喜びであるはずなのに、自分自身は十分でないと考えると、怖くて心が縮こまってしまうことがあります。そんなとき、私たちの心の力はどのように立ち上がっていくことができるでしょうか?皆さんの分かち合いを通して学びあいました。 *********** Aさん 私は最近、母や主人や日ごろのニュースなどから恐い話を聞くのが本当に嫌だと思うようになりました。それは、心の観察を始めるようになってより顕著になりました。 先日母から「うちの家系は、こういう病気の家系だから気をつけなよ~」と言われたり、主人が話す恐い話(雪崩だ噴火だとかの自然災害や事故など)や、ニュースでの出来事・・・そしてそれを、まだ幼い娘に聞かせたり見せたりすることで娘に悪い影響があるのではないかという恐れがありました。 でも、その思いを丁寧に見ていくと、私には「影響を受けたくない、暗示にかかりたくない(本当にそうなってしまって欲しくない、自分もそうなるのではないか)」というものがあることに気付きました。どうしてそういう恐れがあるのだろう、、、? 今日のじゃない会では、皆さんのシェアと共にその答えを受け取れました。それは、私の中の光や、内側から溢れ出てくる喜びや幸せなどなどを、自分で押さえつけているから。それが出てくることも見ることも恐いから・・・。そうだったのか!内側から出てくるもの、、、それらを、私は不平不満や怒りや恐れで蓋をしていたの⁈その光を見るのが恐かったの⁈皆さんのシェアや永保子さんのお話を聞いていて、何でだか分からないけど、確かにそうだ!!と、感じました。 エゴは色んな理由を

参加者さんの感想

思いもよらない言葉や態度に対して、わたしたちはどう反応し、どう受け取るでしょうか?否定されたり拒絶されたと考え、怒りや恐れを感じる心の奥には、本当は何があるのでしょうか?今回は、Aさんの経験を通して、真の信頼と強さとは?ということを分かち合いました。 ***** 今日は、沢山の色んな想いや体験をみんなと分かち合うことに、今までより一層喜びを感じることができました。 クラスの前に、ある気づきがありました。私は、自分の体験や嬉しかったことを誰かにシェアするとき、心にためらいが生まれる、ということです。 例えば、私にとっては嬉しい話だけど、他の人には興味ないかな?わかりにくいかな?これを話すことで、〇〇な人って思われないかな?ついには、自慢してるって思われたらどうしよう?などなどです。 この小さな思考のモヤモヤが先回りして、みんなにわかるようにこんな話し方をしようとか、こういう風に思われないようにこういう言い方は避けよう、などと余分なことに気を使ってしまう自分がいます。 これが行き過ぎると、あまりよく知らない人と話すのに疲れてしまったりすることもあります。 この自分のくせに気づいた時に、こんな風に思いました。 「もう大丈夫。私の喜びをそのままシェアすることで、みなさんとお互いに受け取り与えることができる。それを信頼してみよう。」と。 そんな気持ちで、ドキドキしながらクラスが始まりました。 参加者のBさんの声を聞いた時、その優しい響きと、親しみを込めて「こんにちは」と言ってくださったことに、私はすぐに気持ちがホワァとなり、安心してくつろぎました。そして、彼女の話を聞いている時に

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