じゃない会メモ 1

お母さんと妹さんの間に挟まれて疲れてしまったというAさんのお話がありました。 お母さんに心配をかけ続けている妹さん、という設定があること。そこにどんな思いを被せているのかを観察しました。 心を観察する時、抵抗を感じるところでは、ぎゅっと詰まった設定を、ひとつひとつほぐしていくように見ていきました。思いを優しく見つめ、受け入れていくプロセスをご一緒しました。 後日、お母さんが、Aさんの言葉から妹さんの成長を感じ、これからも見守ろうとしてくださったそうです。 妹さんは初めて、Aさんの言葉を何事もなかったかのように認めて受け入れてくれたそうです。Aさんは驚き、嬉しかったそうです。 ありがとうございました。

参加者さんの感想

心を観察すると、これまで気づかなかった思いが見つかります。その思いは心の平和と喜びを揺るぎなく支える力になっているでしょうか? 4月は、思いを裁かずに受け入れる練習と、その向こうから溢れ出す心の力に触れる嬉しい分かち合いがありました。 ******** 自分が体験した出来事や、自分のこころの中の話をしていて、その時泣いていたとしても、心の中の静けさと共にいて、その静けさにゆだねていると、それは、相手の人に愛として伝わるのだという気づきがありました。 わたしは、自分が話したり泣いていたりしていても、なぜ、そのことに相手の人が感謝してくれるのか、時には、涙を流すほど感動してくださるのか不思議に思っていました。相手の人に感謝や感動を伝えてもらっても、わたし自身は言わなければ良かったと恥ずかしく思ったり、泣いて迷惑をかけたのではないかと後悔するきもちがあったからです。 でも、わたしがゆだね切った心でいると、そこから出てくる言葉には愛が込められていて、それが人に伝わるのだと気づきました。自分の心を観察しながら、自分を押さえつけている思いを手放したいと祈っていると、意図していなくても、相手の人の心に自然と感動が伝わるような言葉が、不思議と出てくるのかもしれないと思いました。 それでもわたしには、そんな風に感動するような状況になってしまうことに躊躇する思いがあります。この日に教えていていただいたのですが、わたしたちは、せっかく愛に触れる経験をしても、エゴと一致している今までの自分を保っているほうが安心なように勘違いして、そこにひっこんでしまうのだそうです。次回まで、そんな自分のこころを優しく

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