両親の介護を通して #2

Aさんは昨年、新幹線で2時間半の実家で、ご両親の介護を経験しました。 ご両親は一緒に入居する場が見つかり、Aさんは仕事に復帰しました。 *** 会話をしても、もうあまり、昔のように言葉であれこれと様子を伝え合うこともなく、ものの1分ぐらいで、電話は終わってしまう。  もう言葉での会話には限界があって、せっかくヘルパーさんが気を利かせて母の携帯から電話をくださるけど、なにか不足感が残っている。もっと色んな話を細かくしたかったと。  と同時に、その現象は、言葉のやりとりには本当に限界があって、言葉のやりとりの向こう側にすべてがあることを教えてくれている。  少ない語彙で発せられる、父母の波動、その繊細な波は、本当は向こう側の世界での分かち合いの季節になったことを知っているはずのわたしに、「会いたい、触れたい、言葉を交わしたい、できない」と、恋の切なさのような香りの波の形をして、胸のあたりに打ち寄せる時がある。  こんな風にして過去は、わたしがこの地球で学んだ五感を総動員して、リアルファンタジーを作り出す。 そうだった、わたしはこういうのを体験してみたかったのかもしれない。  過去がなければ体験できないから、過去と未来の部屋でたくさん体験してきた。過去未来の部屋に常にゆらめく波の世界、波動の世界は、四方八方どこを見てもドラマティック。  わたしの人生での特別な親子関係をなぞるように、誰の人生にも同じような親子の特別な関係を見る。また別のところで別の人の人生にも、特別な人間関係を見る。自分自身の特別性に加え、兄弟の中に見る特別性のすべてがわたしの投影であり、同時にその投影

外出自粛になって #1

みなさんからのシェアです。ありがとうございます。 ***** 外出自粛が続く日々の中で、これが罰であるかのように「とにかく早く終わってほしい」と嘆く声、声、、が聞かれます。けれど自分は家族とともに過ごす中で、心から幸せを感じていることがたくさんあります。そのままの幸せや喜びを受け入れます。神は恐ろしいものではなく、幸せと喜びの源。恐れを手放して、真実を、幸福の源を受け入れます。幻想に加担しません。 幸福は、知覚によるものではなく、自分が深く結びついている源からくるものであると気づいていく日々です。 私の住む県でも、緊急事態宣言が出ていますが、今日も静かに、レッスンは、わたしは幸せそのもの、愛そのものだと教えます。エゴは、私に正気か?緊急事態宣言だぞ!?と絶えず訴えますが、わたしはそんなエゴとは戦わず、ただ一つの真実だけを見たいので、助けて下さいとホーリースピリットへ祈ります。何度も。 祈りと同時に包まれるこの幸福感と安心は、わたしだけのものであるはずがありません。今この瞬間も、一瞬たりとも途切れることなく、神からホーリースピリットを通して注がれ続ける、愛、平和、何にも影響されることのない静けさを、世界中と分かち合います。 自宅待機命令が出てから一か月が経ちました。今後も暫く続くであろう自宅待機。 今迄、週末だけ30分だったゲームを、平日も息子(8歳)に解禁しようか迷っています。ゲームをすると攻撃的になる様な気がし、ますます話を聞かなくなる息子が作り上げられる様な気がしています。 それも全て、自分が作り上げていること。誰も私の見ている世界は作っていないこと、自分が見たくて作ってい

兄弟との葛藤を手放す 参加者さんのシェア

幼い頃のご兄弟とのことで苦しみがありました。ゆるしのシェアを掲載します。 *** 先週のオンラインクラスありがとうございました。あの日は放心状態で、翌日も久しぶりに体調を崩したりして遅くなりましたが、心の中のことをもう一回書き出して振り返ってみました。 最近、過去のあるできごとが頻繁に頭に浮かぶようになった。 それは、自分が年下の兄弟にしたことで、自分自身も幼い子供だったとは言え、非常に残酷なことだったので、自分は取返しのつかない罪を犯し、一生赦されないと感じていた。 これまでは思い出すと、恐ろしく、気が狂ったように泣き叫ぶしかなかったが、最近少しずつ日々のレッスンに当てはめてみたいと思うようになった。 そうは言っても、実際に見ようとすると興奮したり、ジャッジばかりが浮かんでしまうため、1人で取り組むのに限界を感じて、話してみることにした。 どうアプローチをすればいいか、どういう見方をすればよいか、受け入れたいと思った。奇跡や癒しに難易度はないと学んでいるこの時期に、その記憶を頻繁に思い出すことが、偶然ではないように感じられた。 自分は罪深く、どんな罰を受けても贖えないとこれまで信じていたけれど、もう苦しすぎる・・・苦しいから手放したい・・・手放したいから助けを求めよう・・・という風に気持ちが変わった。 わたしが経験したことは、実は『個人的なこと』ではないと教えてもらった。そして、残酷なことをした私は決して許されないという罪の意識と、罰を受け続けなければならないという恐怖で、人と分離させておこうとするのもエゴのトリックだと教えてくれた。 そしてその当時8歳だった自分には分からな

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