救いを届けてくれた幼なじみ

40年以上の友達とCさんのゆるしの経験です。 *** 幸福であることが、私の役割、そして兄弟の幸福を望むことも私の役割。 毎時五分のレッスンの時に、幼なじみの友達が浮かんできました。 お互い家が見える距離に住み、三歳からの付き合いで、今は離れた所で暮らしてるので、ハガキのやりとりをする仲です。 実は、私は彼女から中学三年の卒業迄の半年間、友達を巻き込んで無視され、イジメのターゲットにされ、自律神経失調症になりました。 親を悲しませないようイジメのことは話さずに高校受験勉強に集中し、卒業すれば二度と会わずにいられることを励みに頑張りました。 卒業したその後は、高校生活を楽しみ、彼女への思いも薄れ忘れていました。 大人になってから、彼女から復縁したいので会いたいと連絡ありましたが断り続けました。 きっかけは忘れましたが、会うことになり、彼女から、「イジメたことは、本当に自分の身勝手さで、あなたは何も悪くなかった」と言われました。 小さな頃からお互いの家族を知り、彼女は中学生の頃、母親が闘病し辛いけど笑顔で頑張ってるのに、ある日、私のふてくされたような表情を見て、元気な母親のもとで幸せなはずなのに笑顔も見せず苛立たしくなりイジメようと思ったことを告白し謝罪してくれました。私には罪がなかった、そして彼女も母の死後、罪の思いを抱えて苦しんでいたと打ち明けてくれました。今はお互いの幸福を願う仲です。 彼女は今、病が再発して闘病中です。病が発見された頃は、昔、私をイジメた罰だと改めて詫びることもありましたが、私が「何とも思ってないから因果関係はなく、罪悪感は不要だよ」と伝え、もう二度と言わな

両親の介護を通して #3

実家から自分の家に戻り、両親の介護をする以前から準備していた職場に変わりました。仕事はずっと変わらず音楽関係です。 新しい仕事場での本格的なスタートは、コロナの関係で6月からになりそうです。今月一杯はオンラインレッスンや、動画配信をしています。 仕事の仲間たちとは、種まきをした土に丁寧に水や肥料をあげて、芽が出てくるのをみんなで待っている、そんな感じです🌱 なんとなく小学生のころを思い出します。 昨年までの両親との関係、前の職場でのあれこれ、すべてわたしの特別性のシーズンでした。 今は、わたしの生活はとても緩やかです。両親も落ち着いているようで、ヘルパーさんが送ってくれた写真を見ると、なんとも穏やかで天使のような微笑みの母に驚きました。 今日も世界が奇跡で包まれますように。           5月18日

外出自粛になって #3

私の心はエゴの声でいっぱいだわ、と気づきました。静かに自分の存在と導きを感じることを意識するのは、なかなかすぐにはできなそうですが、エゴに振り回されてボロボロになりそうになったら、思い出さないと!! 今は家族を感じる有難い機会ですね。  毎日の生活が、求めすぎ、消費しすぎていたことに気づき、それは家族に対しても同じだったかも。グレタさんがあんなに大人を罵っても変わらなかったのに、目に見えないウイルスが、急に二酸化炭素排出を止めちゃいましたしね。 私達はみな、大きく導かれてますね。しっくり、導かれてるという言葉が胸にしみてきます。 医師会の方の言葉で、「最も怖いのはコロナウイルスでもなく人間の心です。デマも、買い占めも、差別も、不安をあおることも、人間の恐怖心が生み出していることです。」というのを見ました。 コロナのことに限らず、家族のことなどのことを、私は恐れから幻想を作っているなと思いました。 完璧な幸福はすでに与えられていることを思い出しだします。恐れを手放せるようにお祈りします。 外出自粛でも、わたしのこころは神の一部なので、自由に何処へでもいけるはずです。そう思い、お皿を洗いながら、郷里にいる知人を思い、光の中で包まれていることを祈りました。 数時間後に、その彼女から十数年ぶりに、コロナの影響は大丈夫ですか?というメールが届きました。まるで、十数年という時間はなかったかのような温かく、力強いメッセージを頂きました。 わたしたちは、何をしなくても、もうすでに本当に本当に繋がっている。この真実を思い出せた出来事にこころから感謝します。

外出自粛になって #2

ママ友さんが、2才位の次男君と、近所の小川で葉っぱを川へ浮かべ、流れていく様子を見ている所へ通りかかりました。 彼女が私に気づいて、さっきから葉っぱを川に流してはの繰り返し、こんな事何が楽しいのか分からない、本当に疲れてしまうのだと話してくれました。わたしには 、幼い息子さんと穏やかに流れる小川を漂う葉っぱを微笑みながら追いかけるママさんのその全てが本当に美しく、完璧に映りました。 それは、何をしても、また、しなくとも、わたしたち全員がたった今神に祝福され、ただここに在るということがそれだけで完璧だということを見せて下さったからです。 この自粛の時期に、この世界に対して意味のあることをしなくては! というわたし自身の心を訂正して、ただどの瞬間も、わたしの機能はゆるしであるということを思い出させてくれた出来事にこころから感謝します。 働いて一人暮らしをしている娘、仕事はテレワークになっています。最近、娘から連絡がないのでラインをしたら電話がきました。 「3週間も人と会っていない。30秒で行かれるスーパーしか出かけていない。さすがに変になってきた」と言う娘の言葉を聞いて、私は、きっと娘は音を上げてうちに来たいのだろうと勝手に思い、「夕食でも来る?」と聞きました。 娘は「行ったらだめでしょう。もし自分が無症状で感染していたら家族にうつしてしまうといけない」と言いました。 私はそれを聞いて、娘のことを信頼していなかったし、みくびっていたと気づきました。子供は弱いと勝手に思いこんでいました。そうではなくて弱いのはそう思っている自分だときづかされました。 「わたしはスピリットです」と唱えな

訪問看護の現場から #1

子育てをしながら、訪問看護の仕事に就いているBさんの分かちあいです。 *** 約一年ほど前から訪問看護で伺っているおじい様がいます。 それ以前から、医療の介入が必要だとケアマネさんや主治医からも言われていましたが、偏屈で他人を寄せ付けないというその方は、他の事業所で契約してはすぐに解消、ということを繰り返しているとの事前の情報があり、担当になるかもしれない私も、当初はかなり身構えていました。 エゴは、噂通りの偏屈を絵に描いた様なおじいさんじゃないか、ほとほと疲れるし、歓迎されていない所にわざわざ嫌な思いをして行く必要もないとしつこく囁いていました。 でも、わたしはコースを学んでしまっているので、笑、偏屈お爺さんのままにはしておけないことも分かっていました。神様が、偏屈お爺さんを造っておられないことは確かで、だとすると、偏屈で人を寄せ付けないという兄弟を作ったのは、この私です。 それからは、わかってはいるけど、まいったなーと思いながら、ひたすらホーリースピリットへ、偏屈お爺さんの中の光を、私が見れるように助けて下さいと祈る日々。今振り返ると、それから偶然のように色んな出来事が起こりました。 今は、私からのコロナウィルスの感染リスクがゼロではないことも承知で、訪問を受け入れて下さり、毎回帰り際には、「今日も本当にありがとう、来週も待っているから来てもらえるかな?」と、穏やかで優しい笑顔で言って頂けるようになりました。何より、本当にわたしが癒される時、わたしひとりで癒されるのではないという経験をさせていただけたことに、ただただ感謝します。 週末に、仕事場の同僚2人から、それぞれにお互

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