訪問看護の現場(職場)から #3

私は職業的なことも多少は影響しているのか、自分の心がいつもだれかを助けなくてはいけないという思いからスタートしていると、ふと気付くことがありました。 振り返ると、いつも靴を履いて一歩外へ出た瞬間から、そのスイッチは自動的に入っていた感じすらします。 奇跡のコースで、わたしたちは全員すでに助かっていると繰り返し学んできても、私のその思い癖はまだしみついたままだったと思うと、エゴはやはり侮れません。 ここしばらく前からの、私の中の''助ける必要がある人"は職場の上司でした。 半年くらい前から上司であるその彼女から人間関係や仕事での相談を受けていて、最近更に彼女を取り巻くものが大変になってきているのだと、暗〜い声での彼女との電話を切った後に、私は彼女をどうしてあげたらいいのだろう?と思って見ている事に気付きました。 これは、私のお決まりのパターン。助けなくてはいけない人がいるという見誤った見方。 真実には、彼女が泣こうがわめこうが、はたまた私にしがみつこうが(そんな事はされていませんが、笑)彼女は完璧な神の子で、何の罪もなく、たった今神様の中で完璧にゆるされてくつろいでいるのですから。 お盆休みが明けてから、しばらくぶりの出勤の朝、靴を履きながら、もうそんなこれまでの間違った、助けなくてはいけない人がいるという見方は手放して、本当にわたしが兄弟を助けたい思っているなら、既にわたし達全員が助けられている世界を見たい、つまりホーリースピリットと一緒に見るということだけをしようとこころに決めて家を出ました。  その日、わたしが仕事を終え事務所へ戻ると、彼女が高い所での作業中にバランスを

夫の出張

数日前に夫が出張から帰ってきました。 出張に行く前は、今の時期に出張?と思い、行く前には検査を受けましたが、戻ってからの感染への恐れ、幻想で一杯でした。 ホーリースピリットに心配を手放せるようにお願いしましたが、本当に手放したいのか、心配していたいのかわからない感じでした。 それでも祈り続けて、感染してもしなくても夫は変わらないという気持ちになりました。 出張から帰ってくる頃は、念のため食事の時間とかずらすとかした方がいいかなと思っていました。 出張から帰ってきて入り口のインターホンがなった時、急にあたたかい気持ちがわいてきて、皆が一つのような気がして、ドアがあいた時は「お帰り、お疲れ様」とあたたかく迎えました。 感染の恐れはなくなっていて、ただあたたかい気持ちだけでした。 自分で気持ちを切り替えようとかしたわけではなかったです。 ホーリースピリットが恐れからあたたかい気持ちに持っていってくれたのだと思いました。今までにない感覚、経験でした。感謝です。

音楽の喜び、子どもへの信頼

とても敏感で繊細な小さい生徒がいます。彼女はたくさんのことを感じてしまうので、その波動に混乱したり、疲れたりしてしまうのだけど、そんな自分を大切にしていて、気にしないようにしようと思う!と言います。 彼女のピアノの練習が楽しくなるように、曲のイメージからストーリーを作って絵を描いてみました。 その絵を描いているとき、わたしはしあわせに満ちていました。今日のレッスンに、「現在が、今や残っている唯一の時間です。」とありました。 現在という残っている唯一の時間は、誰かのために、誰でもいいのですが、こうして愛を込めることに、明日も使っていきたいと思ったとき、小さい彼女はまさに、救い主そのものだったと知りました。 彼女に向けて描いた絵と曲をあわせて、イメージビデオを作り、彼女の練習の道具になればと送ってみました。 ところが、少しは気持ちがほっこりしてくれたかしら…という期待は打ち砕かれ、ビデオについてはノーリアクション、彼女はあまりにも敏感すぎてピアノどころではなくなってしまい、もうピアノを続けられないかもしれないという話にまでなってしまいました。 その日は彼女とたくさんのおはなしと少しのレッスンをして終わり、もうこれで辞めてしまうのかなと思っていたら、次の週もその次の週も彼女はやって来て、しかも練習までたくさんしてくるように。 思えば、救い主である彼女のために絵を描いている時に感じていた永遠の幸福感というのはあの時からずっと続いていて、やめるかもしれないとなった時も、辞めても辞めなくても彼女とお母さんとわたしにとって最善の流れになっていることへの信頼は完璧にそこにあり続けていました。

両親の介護を通して #4

施設のヘルパーさんが送ってくださった両親の写真があまりにもしあわせそうで、輝いていて、彼らは地上にいながら天国を見ているのかもしれないと思いました。 彼らも今までの人生のドラマをほぼ忘れているように、わたしもまた、家族の中でこしらえた壮大なドラマを本当に見終わったんだなあとつくづく。。。 わたしは、神が創造されたままのわたしです。だからわたしの願望についてはきっとなんでも叶ってしまう。 だから、真に謙虚に、丁寧に、聖霊に心を開いて進んでいきたいと思います。

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