訪問看護の現場から #4

そのお爺様が私の訪問看護の担当になった日の、自分の心を一言で表現するならば、参ったなぁ、本当に不運な私、という思いそのものだった事を今でもありありと思い出せます。 こちらが、何か一言発すると、90歳前とは思えない勢いで、そのお爺様は屁理屈を、物凄いイヤミたっぷりに返してくるツワモノ。 それまでも、様々なサービスを自己都合で辞められたり、ここ数年子供さんやお孫さんも寄せつけなくなったという事前情報もありました。 それも、全てCall for Loveだという事は学んでいましたが、自己中心的かつ矛盾だらけの言動を目の前にした途端、エゴが思いっきり前面に出てきていやいやいや、今回は無理だ、けちょんけちょんにされて嫌な後味を残して契約を解除されるのがオチだと執拗に訴えてきました。 実際、屁理屈攻略本というものがあれば、 隅から隅まで読み漁っていたかもしれませんが、この様なお手上げな状態の私の手を優しくとって下さるのは、やはりホーリースピリットしかいませんでした。 祈りに中で受けとったものは、何も取り繕わなくていいという事。 契約を継続する為に、気に入られようとする必要はないということ。 ありのままのわたし、つまり、神が創造して下さったわたしというものを私はすっかり忘れてしまっているので思い出させてくださいとホーリースピリットに常に祈ること。 それから、毎週1時間半のそのお爺様の訪問看護が始まりました。 初回の訪問は、正直とても緊張しましたが、お爺様が心を開いてくださるのに時間は全く必要ありませんでした。 屁理屈お爺さん、嫌われ者、人を寄せ付けない、という私の勝手なその方に対する見方を訂

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