子育てが楽に

 最近の子育て(子どもは3歳)が、以前に比べて、本当に楽になりました。

以前は、「将来こうならないために、今のうちにこうしなければ。」「早いうちからいい教育を受けさせなければ。」という信念があり、その考えをベースに毎日を送っていましたが、本当の子育てはもっと楽であるべきだと教わったこと、また、自分でも「子どもと私は完璧で何もする必要がない」という感覚を受け取ったことがきっかけで、今までやっていた習い事などをやめ、目の前の子どもと向き合うことだけをする日々です。

 もちろん、3歳のイヤイヤ期なので、服を着せるのも自転車に乗せるのも時間がかかるし、できないこともたくさんあります。

今までなら、他の子と比べたり、「だいたい3歳ならこれくらいできるだろう」という自分の中の基準と比べたりして苦しんでいたと思いますが、今は「今できないことは、子どものタイミングでできるようになる。」と信頼して、与えられた時間をなるべく楽しむという気持ちで過ごせるようになりました。

 先日、干していた洗濯物をハンガーから外して畳んでいた時、使い終わったハンガーはもう使わないので片付けようとすると、子どもが小さいハンガーを3つ見つけてきて、また自分の服をハンガーにかけようとしています。

私としては、ハンガーを片付けて終わりにしたいところですが、子どもがやりたいと言うので、ハンガーにかけるのを手伝いました。

そして、自分でハンガーに服をかけられて子どもは嬉しそうにしていました。

更に、そのハンガーをどこかに引っ掛けたいと言うので、いいよ、と言いました。引っ掛けられる棒や穴を探して楽しそうにしていました。

親の都合で止めてしまわずに、子どものやりたいことをさせてあげることで、ハンガーに服をかけることや、更にそのハンガーを引っ掛ける作業ができるようになった子どもを発見できました。

 子どもが、公園で水を出しっぱなしにして遊んでいたことがありました。

親としては、すぐに水を止めたいところですが、何を楽しんでいるのかな?と、少し見ていると、水の跳ね方を見ているような気がしました。

水の周りに手で輪っかを作ってみたり。それは以前読んだ絵本に出てきていたことを真似してるのかな?と思い、本当に子どもは色んなところから学んでいるんだな、と感じました。

 お友だちが遊びに来ていた時、子どもがガムテープを持ってきて、2センチほどで切った短いものを、自分のおでこに貼って遊んでいました。

次に、私のおでこ、友だちのママのおでこ、そして、次はみんなのあご、ほっぺ、と次々に貼っていっては喜んでいました。

これも、ただ顔にガムテープを貼るだけなんてもったいない、と思うかもしれないけれども、何でもないガムテープのような道具で、みんなで笑い合えたというのは心が豊かだなぁ、と感じました。

そのためのガムテープなら値段は関係ないと思いました。


 子どもがやろうとしていることを親の都合で止めてしまっていたら、その先のことに気づかなかったかもしれないと思うし、その親の都合というのも、間違った信念から来ていることも多々あるのだろうな、と感じます。

毎日をなるべく丁寧に過ごすことで、以前のような焦りやイライラをほとんど感じません。

そのせいで、まるで自分が「お母さん」ではなく「おばあちゃん」にでもなったような気分です。

「お母さん」というのは、子どもにもっと厳しかったり、イライラしたりするイメージで、「おばあちゃん」というのは、孫を丸ごと包み込むような優しさで接するというイメージが私の中にあるからです。


 「母と子」という関係というよりは、対等な関係という気がしています。「子どもは親が困ることばかりする」という思いが出てきたら、それは間違いだったと思い出し、「この子は、私に何を与えてくれているのだろう?」「どんなことをすれば、2人にとっての喜びかな?」という気持ちで毎日接するようになりました。

それが、弥須子さんの言う、子どもを「見守る」ではなく、子どもから「受け取る」ということかな、と思いました。

これからも、子どもから受け取れる自分でいられますように。





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