CRSクラスレポート 小野永保子

3月のクラスは、香咲先生が日本セミナーへお出かけの為、CRSスタッフ・ヒーラーの水田真紀子さんが出席してくださいました。 はじめに志保さんの誘導瞑想から始まりました。落ち着いた静かな心の状態と宇宙からのエネルギーに満たされた感覚を味わい、お子さんたちがお母さんと一緒に穏やかで力強いエネルギーのシャワーを楽しんでいるのが伝わってきて、大人も幼子のように素直にエネルギーを感じることができました。 いつものように、赤ちゃんのおしゃべりや息づかいを聞きながら、幼いお子さんもその場に自然に溶け込んでいました。

テーマのひとつめは 「いじめについて」 ☆ お子さんがいじめを受け、「私自身に人から悪く言われるような何かがあるのではないかと思っています。わたしたち家族さえいなければ周りの人に迷惑をかけなかったのに・・とさえ思います。これからどうしていけばいいでしょうか。」と問いかけてくださったお母さんがいらっしゃいました。 参加者の皆さんから、実にたくさんの分かち合いをいただきました。 1、自分を受け入れる ・「私はおかしい」と思っていると、そのエネルギーによって「あなたはおかしい」と言う人を作ってしまうのではないでしょうか。 ・被害者だというのも自分で作っているのではないでしょうか? ・相手の方のうらやましさの裏返しの表現ではないかなと思います。 ・あなたらしくていいと思うし、そのままのあなたらしさを表現していいと思います。誰も迷惑を被っていないし、迷惑をかけていると思い込んでいるのではないですか。 ・お母さん同士のコミュニケーションに特別に何かをしなければいけないことはないし、変わっているわけではないし、変わっていることがいけないのでもないし、そういうことで自分を守る必要はなく、楽にしていていいのではないですか。 ・あなたはこのままで素晴らしいし、自分に自信を持っていいんだと励まし続けてくれた友達がいて、はじめはそれでも自分のことを疑っていたけれども、だんだんと自信過剰ではなくて自分を受け入れることができるようになりました。 ・子どもに友達が多いことが子どもの幸せであり、人気がないのは母親の努力が足りないからだと思っていたけれど、一人で遊べることもいいことだし、たった一人でもお友達がいたらいいのでは?と思えるようになった時に、子どもに友達ができるようになっていました。 ・同じ出来事でも、自分の心の持ちようで違った感じ方をするものなので、まず自分が落ち着くことが大切だと思うし、それが相手にも伝わると思います。 ・自分はどうありたいということが大事だと思います。いじめられたからうろたえるというのではなくて、自分はどういうスタンスでいたいのか、恐れを持って生きていきたいのか、大丈夫だというスタンスでいるのか、自分で決めていれば何も問題はないと思います。自分で選んでいいと思います。子育ても、あの人がどう出るかではなくて、自分が子どもに、人が嫌がることは言わないようにねとしていれば、他人に言われても「そう」と流せるので、自分で選んでいけるのではと思います。 (真紀子さんより)

・嫌われていることで、周りに人に迷惑をかけていることはないですね。 気を使いながら生きていて、みんなガードを張って疲れているなか、自由に気持ちを話す人がいることでみんなが自由に楽になれるチャンスを与えてるのではないですか。 2、相手の人の何を見て、どうつながっていけば良いでしょうか? ・相手の方は、攻撃や無視という行動の向こうで、愛を求めているのではないですか? ・相手の方は、振り向いて欲しい自分のことをもっと見て欲しいと思っているのだけれど、逆の表現しかできないのだから、こちらから別のアプローチをしてみたらどうですか? ・母親の間で、自分を守る為に誰かを攻撃することがあるけれど、本当は相手も仲良くなりたいのだから、こちらから心を開いて話しかけてみたらどうでしょう。そんな方とちょっとしたきっかけでとても仲良くなることがありますね。一つ超えたら、そういう関係からぐっと仲良くなることがよくあります。 ・同じことでも自分の心の持ちようで全然違って見えてくることがあります。嫌な気持ちでいっぱいの自分の心が落ち着いたら違ってくるのではないでしょうか。そして何もなかった頃の気持ちに戻るといいのではないでしょうか。 ・私たちは同じ光の存在なんだと思い出して、お互いの光を見たいですとお願いすれば必ず届くと思います。今無理してうまくいかせようとしなくても繋がっているのだから必ず届くと思います。 ・あなたと私は違うんだとシャットダウンするのではなくて、心をオープンにして話しかけてみたらどうでしょう?相手の人も本当は仲良くなりたいと思って待っているのではないでしょうか。 ・いじめる子どもも光の存在、お母さんも光の存在なので、私たちは同じなのだということを思い出してそれを見るようにしてはどうでしょうか。 ・「ハロー」は必ず届き、お互いのフェンスを越えていくことができると思います。 3、お互いに怖がっているのでは? ・お互いにショックを受けたことで恐怖心が強くなってしまっているので、コミュニケーションがミスリードされてはいませんか? ・双方とも被害者になりたがっているのではないですか?相手の方はとても淋しかったのだと思います。 ・相手を怖く思っている感情を捨ててみると違ってくるのではないですか? 子供が悪い成績をとって先生を怖がっていた時、ショックと恐怖心で先生に対してどう振舞ったらいいのかわからなくなって被害者になっていることがわかったので、「怖いという思いを手放してごらん。そうしたら先生の顔も違って感じられるよ。」と話したら、子供はホッとして学校に行きました。 ・大人も、先にグループができているとそこに入っていかなくてはいけないとか、そこにいなければいけないということもあるので、受け入れてもらえるまで大変なエネルギーを要します。でも、何か一つのきっかけで居られるようになるのですが、恐怖心が芽生えると悶々としてしまうのではないでしょうか? ・子育てをしていてわずらわしいと感じるのは、子供同士の関係に向き合わなければならないことと、自分の気持ちでは決められない大人の関係を持たなければいけないところ。グループに受け入れてもらいたいと思う気持ちと、避けたいという気持ちがあって、恐怖心が大きくなると、どんどん気持ちが離れてしまうことがあります。 ・自分の子どもが友達に好かれることが幸せだと思って、プレイデートなどをがんばらなければと思ってしまったことがあります。人気が有ることがいいことだと思っていたが、マイペースな子供が一人で遊べることを受け入れて楽になったら、お友達ができはじめたことがありました。一人か二人仲のよい友達がいることも宝だと思います。 ・人からどう思われるということは自分には全く影響していないと思います。 ・親から見て、子供が何ができるかとかできないとか、誰と友達かで子供を差別する心が、子供の社会にもいじめとして反映されていると思います。 ・こちらに全く余裕がなくて、私たち親子の邪魔をしないで欲しい、絡まないで欲しいという拒否と傲慢な気持ちがありました。相手の方のおかげで自分の愛のなさに気づきました。 (真紀子さんより)

・相手の方に「ハロー」というご挨拶を送って相手が変わることを期待するのではなくて、自分がハローと言うことで自分の気持ちがほぐれていくのが大切です。 「相手が何て言ってもいいや」となれた時に何かしら変わっていくのですが、「ハロー」と送ったのに相手は変わらないじゃないと責めている時は本当に送ってはいないのです。 わたしの望むような形で愛を表現して欲しいと思っていると他のやり方で返ってきているのに気がつかないので残念ですね。 相手がどんな風に出ても私は大丈夫だというのを感じたいのだと思います。自分が壁を持ちたくないんですね。 ならば、「今回はとりあえず・・・」の繰り返しではなくて、「私は変わっている?私は普通?」というジャッジメントを、今、取り除きたいのだな思います。 相手の方は、あなたが自由にのびのびと言えることがうらやましくて、「あんな風に言いたいな」と思って逆に引いてしまうところから「あんなことを言って・・」となっているのでは? 「もし私が言ったことであなたを傷つけていたらごめんなさい。私はそんなつもりではなかったの」とまっすぐに伝えると、その場では「わかったわ」とはならないかもしれませんが、必ず届くのではないですか。 それを一人ひとりの人と、その時にしていくのが一番大切なのではないでしょうか。 ちょっと自分から言うことで、みんながいろいろなことで何かしらの形で変わっていくし、あなたが嫌われていて迷惑をかけていることはなくて、みんながこういう壁を持たなくていいんだなということ、自由にものを言っていいんだなという、たとえば「あなたのせいよ」と冗談で言って冗談で返すようなことも本当はしたいのに、みんな気を使って生きている。「こんなことを言ったら変にとられるかもしれない」と。 だから、あなたの一言でみんなが楽になれるチャンスを与えてくれているのではないかと思いますし、気がついたら今伝えることがいいですよね。 4、人の悪口や噂話を聞く時は? 

(真紀子さんより) ・人の悪口や噂話を振られた時には、意見や考えではなくて「私は・・さんのことをこんな風に思っているのよ、一緒にこんな経験をしているのよ」と話せると、みんなも「わたしもね・・」と話せるようになるのではないでしょうか。フェンスを立てないということをみんなでやっていくといいですね。 5、子どもや人の話を聞くということ ・辛い思いをしている子どもは、お母さんに話を聞いてもらいたがっているので、ただ聞いていく。 ・学校の送り迎えで毎日会うお母さん同士の話も、自分の心を癒す為に心から聞こうとしています。 ・自分が疲れている時には、子どもの話だけでなくて夫の話も聞きたくないと思う時があるけれど、ご主人から「家だから話せるんだし、聞いてもらいたいんだよ」と言われて、どんな話でもわたしに話せることで、家族がホッとしているのだと気がつきました。 ・自分がいじめられていた時に母がどんなに辛かったろうと思うし、もしも子どもがいじめにあったら当然私も辛いと思うのだけれど、「問題はない、問題は何も起こっていない」ということを最初に思って子どもの話を聞いて受け止めているだけで必ず大丈夫だと信じることが大事だと思いますし、そうすれば子どもの話を聞くことができると思います。 ・子どもの話を聞き続けたところ、創造性が開き、子どもが自分の中心にいるということができるようになった経験があります。 ・話を聞く時には、お母さんがグラウディングのラインをイメージして思いを落としていくことは大切ですね。 ・忙しすぎて子どもと向き合う時間を持っていなかったことに気がついて、子どもの心とコミュニケーションを持つチャンスを与えられたと思いました。 ・子供の選択を受け入れることで子供は自由な世界を持つことができると思いますし、過去のいじめの経験を「あれはいじめではなかった」と言い切るだけの強さも培われています。

(真紀子さんより)

・何があってもわたしがそばにいるからね・・という気持ちで聞いてあげるといいですね。 「辛いね」「嫌だったね」と受け止めていれば、子どもの心が自然とかわって自分で必ず解決の方向へ動き始めます。 お母さんがジャッジをすると、子どもが自分の力で解決していくことができなくなります。 話を聞けないのは、大人が辛いからです。そのつらさは「どうしたらいいのかわからない」ということ。 でも、子どもには力があるし、心が決まればそれにつながるアクションも必ず出てきます。

次に、小さなお子さんをお持ちのお母さんからの問いかけがありました。 ☆ クラスに出かける前の段取りに息が切れてしまって一度は参加を諦めたほどでした。クラスに参加しないと大事なものをミスするような気がしています。 ・カッとなっている時はすぐ修正できなくて大丈夫です。 今はそうなっているなとわかるだけでエゴがいけないわけではないし、あとで落ち着いた時にまた元に戻ろうと、そういう方法がわかっているだけで大丈夫ではないですか? ・目をつぶって耳をふさいでると自分が落ち着くので、その間に気持ちを穏やかにしてからアクションを起こすといいかもしれません。 ・遅刻しそうになったのですが、お任せしようと穏やかな心になったら、スイスイ進んで間にあいました。

真紀子さんより)

・ここに来ないとミスすることは全くなくて、ここに来たいと思って、来るようになっていれば必ず来れます。 だから、ここに体があるかないかという事ではなくて、行かないとミスすると思うと、「行かなくちゃ」と思うし、子どもに「行ってよ」となるし、「嫌よ」というやりとりになります。楽しい時間を過ごしたいんだということだけを思っていれば、でも、ここだから楽しい時間を過ごせるわけではないし、でも今日はここでシェアをしたいなというくらいの気持ちでいれば、来る時は必ず来れます。 時間を計算すると「間にあわない」となるが、それをやめてわたしはあそこでただ楽しい時間をすごしたいんだ、とらわれたくないんだというのが大切で、そこに気持ちがあると、何もミスすることがありません。時間がシュッと縮んでくれるようなことがあります。

☆ 人の悪口を話すお母さんに対して、グラウンディングとハローを1ヶ月続けたら、自分の気持ちが落ち着いて穏やかになり、相手のお母さんの良いところを見ながら良い関係を築けています。 ☆ 子ども同士のことで、こちら側だけの行動を変えるように頼まれることに困っています。子供はお互いにやっていることで、そのあともケロッとして仲良く遊んでいるので、子供に解決させたいと思っています。でもそのことを伝えることが難しいです。

・意見の相違を見るのではなくて、どのお母さんも子どもたちを愛しているというところでつながっていくと、こちらの心が開かれていくと思います。 ・子どもの行動を見守っても大丈夫だという、こちらの思いも伝えてみたらどうでしょうか? ・相手の方に来月のクラスまで「ハロー」を送ってみてくださいね。

☆ 子どもの時に無視をされたことがあって、このままいくとどうなってしまうのだろうと思ったこともあるけれど、仲のよい友達もいたので、受け入れつつも気にしないようにしていたら、いつのまにか何事もなかったかのように過ごすことができました。 逆に大人になった今、人にどう思われるかと余計なことを考えすぎてしまう時があるので、子供の時のように素直になって、自分から心を開きたいと思っています。 (真紀子さんより) ・もっとつながりたいと自分で思っているのではないですか?あの時こうだったから今もそうすれば大丈夫なんだということを今しているのですね。 起こっていないことにリアクションを起こさなかったのだと。そんなことは起こっていなかったんだという経験があるということですね。 最後に真紀子さんのお話から・・ ・一番良いのは、自分がどんなことを感じているのかをこうして話して出していけることであって、出してしまえばそれほどたいしたことではないのに、自分の中だけだとぐるぐる回ってしまいます。 出してしまうことで、みんながいろいろな見方を言ってくれます。 自分のことを話すのはちょっと勇気がいるかもしれないけれど、出してみるというのがいいですね。 「あの人はこうするの」「でもあの人はこう言うの」と言っているうちは、周りに対して自分がどうするかということに意識が向いているので、そこを正して見れるというのがいいですね。 周りに意識を向けるのではなくて、自分が本当に何を感じていたいか、どういう風にありたいかということを、相手次第で顔色を見て生きていきたいのか、閉じたいかな、手をひろげていたいかなと見つめるチャンスとして、人の言うことやアクションをチャンスとして使っていけるんだとわかります。 みんなが愛されたいし、愛したいし、愛を感じていたいし、ほんとうはみんなが受け入れられたいんだということがわかっていると、受け入れてくれていないと思う人も受け入れられたいのなら、「私がまず受け入れてみよう」と思えるといいかなと思います。

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