CRSレポート 鎌田志保 小野永保子

4/5/2012

朝から背中に太陽の心地よさを感じつつ、街路樹の満開のさくらを愛でながらCRSまで歩いてきました。

何日か前にイメージした通りの風景がそこにありました。なんとも気持のいい一日の始まりです。

 

今回はCRSヒーラーの桂川まさえさんをゲストにお迎えしていろいろなお話を聞かせていただきました。

まさえさんは、二人の娘さんがいらっしゃって、今では成長されたお二人のことを話してくださいました。

その他に、お子さんはまだいないけれど、興味を持って参加してくださった方、双子のお子さんを連れて来てくださったお母さん、初めての方も何回か参加してくださっている方も含めて、和気あいあいとした清々しいエネルギーのなか始めることができました。

 

 

永保子さんの誘導瞑想にあわせて、大きな球体をイメージしてスロープの上をゴロゴロ転がして、その球体が落ちて行く様がありありと感じられ、よりイメージしやすい瞑想でした。

瞑想が苦手です、と言われたお母さんからは、体がホカホカした感じを受け取りましたと実感した喜びを言ってくださいました。

 

まず小さいお子さんをお育てのお母さんから、やって欲しくないことをやってしまうとき、どうやって止めさせたら良いのか?

具体的には歯ブラシを口にくわえたまま出そうとしない。

TVを観たがるときにいくらでも観せて良いのか?ダメと言って子供のなかに恐れの気持ちを持って欲しくない。

他にも、ダメだと言って、アテンションをもらうと余計にやってしまう。
拾い食いをしてしまう。

 

それに関して、いろいろな意見を言っていただきました。

 

お子さんによってはゲームが大好きで、それをやっていく過程の喜びや達成感が自信となり、言葉は少し遅いかもしれないけれど、それはそれで楽しんで取り組んでいるので、お母さんはその喜びの方にフォーカスしてゲームをさせている。

 

ダメはダメとちゃんと言い続ける。
その時期のそのやり取りを楽しみたいと思うようになった。本人がそうしたいならばOK、良しとしてあげる。
自分の中で楽しみとして受け入れる。

 

子供に何をさせるか、させないかはその家庭によって違う。
そのときにお母さんが罪悪感を感じているか、ないかが重要。
今これを何の為にやらせているのか、やらせないのか?
誰かが言ってたからとか、こういうリサーチの結果があるからと言うのは納得しきれないところがある。

 

罪悪感が無ければ、結果に響いてくることはない。

 

質問してくださったお母さんからは、これをしたからこうなったんだという罪悪感だと思う。
リサーチの結果を気にしてしまう。
これからは自分の視点を変えてみることにする。

 

母として、子育てで失敗したらどうしようと言う不安がある。
自分に責任があって、自分が何かすることによって、何かが変わってしまうという罪悪感がある。
子供は母親がしたことによって変わらない。子供はどんなことがあっても。ちゃんと育つ。

本当に願っていることは、子供が幸せに育つこと。ダメなことはダメという強さを持つこと。
子供に寄り添ってあげる、子供の言葉を聞いてあげる。
このことをコミュニケーションツールとして使って行く。

 

なにをしても子供を信頼していると子供はちゃんと育つ。自分の判断で駄目になることはない。
このことを信じられるといろんな事を考える余裕がでてくる。
そして、一回一回の~をさせる、と言う罪悪感を持たなくて良いと思えるようになる。

 

もう一つ、ママ友の事で、ずっとハローを送り続けているけれど、変わっているように思えない。
相手に変わって欲しいと期待してしまう。

 

自分の内側から、自分の強さ、力があってやれると言うエネルギー、自信あるいはきっかけが何かしらやってくる。
やはりハローは自分が心を開いて、相手の方が自分に教えてくださっていると、自分の内側をみていくこと。

二人でいるとき、居心地が悪いと感じるとき、ホーリースピリットにお願いしてみる。
すると言葉だったり、行動だったり、何かは解らないけれどやってくる。

 

姑さんにハローを送ってみたら、今まで自分がみていた違った部分のお姑さんをみることができた。

 

人に対しても、出来事に対してもウェルカムで、自分の為にそういう事が起こっていると受け止めてみる。

 

自分の強さを思い出してみる。安心感を思い出す。私たちは増えもしないし減りもしない存在。
ハローを言ったときの感覚を思い出してみる。それにジャッジをしない。自分を裁かない、自分を感じてみる。

 

 

私の感想としては、小さいお子さんはその時その時で、自分の興味のある事や楽しいと思う事をやっているだけで、お子さんが歯ブラシをくわえて、危ないから止めようと言ってもお母さんがかまってくれる事の方が嬉しくて、怒られるような事をわざとやってみたり、いつもお母さんとコミュニケーションを取りたがっているのですね。
それが楽しくてしょうがないと言ったところでしょうか。
そして子供はお母さんを全面的に信頼して、受け入れてくれている訳ですから、こちらも子供の事を見守ると言う姿勢で一つ一つの事を、良い事、悪い事と判断するのではなく、楽しみを共有して危ない事に対しては何回も言って聞かせる気持ちで接していけば、子供も親も無理無く自由でいられるのではないでしょうか。

 

双子のお子さんをお育てのお母さんからは、歯磨きで息詰まって『しまじろうのDVD』を一日一回だけみせてあげている。
その他ナショナルジオグラフィックをTVでみせたりする。

自分も一緒に、しまじろうの子育て遊びをやってあげると喜んでくれるし、すぐ覚えてしまう。

見せっぱなしはなるべく止めようと思っている。

 

ママを一人占めしている他の子供を見てちょっと悩んでいた時期がある。
そして一時間づつ一人づつの相手をする時間をつくるように心がけている。
ママが必要な大事な時期は、そうしてあげたい。
子供は全身で喜んでいて、それをみて私も癒されているし、落ち着く。

 

二人のお子さんをいっぺんに育てるのは並大抵の大変さではないと想像できますが、一人一人に時間をつくってお母さんも一緒に楽しんでやっていらっしゃる様子がとても伝わってきました。

 

会の後半は兄弟間のケンカ、いじめについてシェアしていただきました。

 

兄の方が16歳で弟が10歳の兄弟で、年が離れているため一人っ子を2回育てている感じがあった。
お兄ちゃんは弟に対して人格を否定するような事を言ったり、弟の事を認めたくない感情があった。

怒り方が八つ当たりに近く、原因は勉強のストレス、睡眠不足のストレスではないかと思う。

それに対してお母さんは、自分が二人に対して向き合ってないから、両方に同じように愛情を与えてないから兄弟の中で葛藤があるのではないか?

自分の場合も兄と年子だったので、二人で密に話したりする機会がなかったので、自分の子供には二人で仲良くやって欲しいと思っている。

お兄ちゃんは、弟が生まれた時点で本人がイメージしていた自分の世界を壊されたと感じたのかもしれない。

上の子は育てやすかったが、下の子は手が掛かった。
最近では二人に任せて、弟の宿題をお兄ちゃんがみてあげている。

すごく丁寧に教えてあげたりしている。

子供にストレスが溜まっているときお母さんに話したがっている。

お母さん:たまにポロッと言ってくれるが、自分でなんとかしてくれると思ってしまう。

 

自分で何とかしてくれると思うのは、突き放し。
幾つになってもお母さんには頼ってしまう。
子供と同じ目線に立って話を聞いてあげる。

 

お母さん:弟はお兄ちゃんの行った中学校に行きたいと思っている。
弟はちゃんとお兄ちゃんの事を認めている。

 

主人の兄弟は子供のとき、兄弟喧嘩の激しさはあったし、ひどい事を言ってしまった事もある。
それでも大人になって兄の事を信頼しているし、尊敬している。
弟は兄の事をすごく大事に思っている。

 

自分の二人の子供も、仲が悪かった。
口も利きたくないし、子供たちはお互いに相手が正しくないと言い合って受け入れられなかった。
その時二人の父親が『兄弟二人しかいないから、きっと仲良くなるから』と断言されて二人は安心感を覚えた。
だんだん大きくなっていくうちに、自分たちの考えだけが正しい訳ではない事も解ってきて、父親の言葉が彼女たちの中に残っていてそれを信じてあげる。親が信じてあげる。

 

子供が大きくなってくると、お母さんの方がこれをやらない方がいいとか思ってしまうので、親からハグやコミュニケーションを遠慮せずに、自分からそうしたいと言う気持ちで接すると子供も受け取ってくれる。

子供はちょっとした短い言葉掛けでも喜んでくれる。

子供はいつまでも母親と接していたいと思っている。

 

一人づつの時に、可愛いねと言ってあげる。
本当に可愛いという感情を伝えてあげる。

 

弟や家族の誰かに当たってしまう時、より完璧なお兄ちゃんを望むのではなく、勉強も運動も、友人関係もと全てに完璧を求める必要はないのではないか。

 

お母さん:思いやりが素直に表現できないのは、自分がそういう風に育ってこなかったからかなと思ってしまう。

 

お母さんが罪悪感を、感情を出して手放していく。
自分の育て方が間違っていたからでは無い。
自分を責めなくて良い。

彼が癒されるようにしてあげようと思っているだけで、変わってくる。

 

兄弟喧嘩は多かれ少なかれどこの家庭でも起こっている事ではあります。
ただそれが一方的に怒鳴りつけたり、人格を否定するような言葉だったりすると親も子供同士とは言え無視はできません。
そんな時、一人一人のの子供の気持ちを聞いてあげると自分の中にあるものを少しずつ話してくれたり、学校での事を話してくれたりします。

やはり小さい頃から、お母さんが子供に遠慮する事無く、子供と話す事はとても大事だと感じました。大きくなってから、さあ、私に話してと言っても、子供も戸惑ってしまいます。
小さいうちから少しずつそうやって母親と子供の関係を築いておくと、大きくなって無口になっても、きっと信頼関係は続いていくと信じています。

今、感じた時にそれを初めてみると良いですね。
子供の方は迷惑そうな顔をするかも知れませんが、きっと喜んでいるのではないでしょうか。
お母さんがどんな時も子供に対して、家族に対して正直で愛情を惜しむ事無く表現してれば、子供は何があってもしっかりとした愛情に基づいた人格が育ってくるものです。
子供を信じて、自分も十分に愛を表現してきたと言える様にしていきたいです。

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