CRS クラスレポート 小野永保子

今回は、NYに住む娘さんのご家族を訪ねて、九州から来られたお祖母様や、ハワイから数年ぶりにNYに戻られたご家族のお母様に初めてご参加いただきました。

誘導瞑想は、グラウンディングを中心に、15分ほど行いました。グラウンディングの瞑想は、、お子さんにだけでなく、ご主人やご両親、ご家族のみなさんにラインをイメージしてさしあげることができます。大切なペットにも降ろしてあげることができます。相手の方が離れた場所にいても、イメージするだけで、目の前の方に降ろすのと同じようにできます。

皆さんの感想から・・今までラインは細かったのですが、今日は太い柱のようなラインをイメージしてみました。体がポカポカと暖かくなりました。

参加者の皆さんに、近況をシェアしていただきました。

1、Aさん

香咲先生の「奇跡のコース」のクラスで、リーディングの練習をした時、心の目で見た自分は、想像を超えた素晴らしい存在なのだと感じられて、それから、次男の成績が伸びたり、夫に仕事がたくさん入ってくることなど、今まで当たり前に思っていて、もっともっとと思っていたことに対して感謝の気持ちが起きてきました。ちょっとしたことが嬉しいなと感じますし、奇跡が起こっていると思えます。自分の心の目を開くことが大切だと思いました。毎日が忙しいけれども、自分の内側に充実感があって、子供たちに対して余裕が出てきました。長男の受験は本人に任せるようになりました。以前はプッシュしていましたが、長男に自身の方向性が見えてきて、‘ママが行かせたい学校’ではなくて、「自分でここに行きたい」と言う主張をし始め、私がそれを受け入れられるようになってきました。次男は、エネルギーを爆発させるように表現し始めてきて、それを余裕を持って楽しいと見てあげられるようになってきました。私が変わったせいか、子供にも余裕が出てきて、食事の時、あまり話さなかったのが、少しおしゃべりするようになりました。

志保さん

お母さんの心が開いて、受け入れる準備ができて、いろいろなことが違って見えてきているのですね。お母さんがリラックスされて、お子さんもリラックスしてこられたのですね。

香咲先生

お母さんが「もっともっと」と思わないでいると、子供はちゃんとやってくれる、ということは、もっともっとと、誰かが思っていると、思われたほうは、もっとしなければいけないという基本的な人生態度ができるということですね。もっとやらなければいけないとか、まじめにやらなければいけないとか、自分はまだまだ、だめなんだとか。ですから、そういう心の底流を作らないでいてあげることは、すごく大事なことですね。それを誰かがちゃんとわかっていることが大事です。

永保子

香咲先生のコースのクラスで、Aさんとペアになって、スピリットにハローのご挨拶をしてリーディングの練習をしました。心の目にお互いの素晴らしい輝きが見えても、私たちは受け入れるのが恐くて、謙遜してしまうのですが、やはり共に受け入れていくことをしたくて、毎朝ハローのご挨拶をしようということになりました。心の目で感じあえたことを、常に確認してキープでしていくことは素晴らしいことなのだと、今日のAさんのお話から感じさせていただき、温かい気持ちに包まれています。

明後日、次女は、大学の合否判定のための全国統一テストを受けます。わたしが、SATを嫌だと思ったり、期待したり、今だけ頑張るというのでもなくて、「次女を愛している」という気持ちだけで、SATを迎えられます。(会場 笑)。次女は演劇に夢中で、今朝も一緒に、ベイクセール用のおにぎりをたくさん作って学校に行きました。車から降りる時、反抗期を抜けた娘が、雨の中、最高の笑顔で行ったことがとてもありがたいと感じました。SATに感じていた私のプレッシャーを通して、安心の心に戻れたのが嬉しかったです。こんな気持ちを、どの子にも誰にも持つことができる。何より自分をいじめない、自分に意地悪をしない、それができるんだなと感じられたことが嬉しかったです。

香咲先生

試験を前にして、普通ならば、「あなた、笑っている場合じゃないわよ」となりがちです。「何を、清々しい顔をしているの?」「わたしはこんなにストレスを抱えているのに、本人のあなたは何よ。」となります。そう思わないで、「ああ、いい笑顔だ」と言う風に、「わたしが、この笑顔に教わっているんだ」と思えるというのは、お子さんも幸せですね。

2、Bさん

娘がプリスクールへ行き始めました。娘が生まれてからずっと食べ物はマクロビで、添加物は避けていました。学校では、おやつに添加物の入ったものが出されますので、わたしにとって大きな変化とチャレンジになりました。そこで、先生や親の代表の方に事情を伝えることにしました。その際に、お菓子が悪いというのでもなく、自分の子供のことだけでなく、すべての子供たちのことを思いながら書いたところ、同じような気持ちと経験のあるお母さんに出会えて、気持ちをシェアできて良かったと思いました。娘はお菓子を楽しく食べています。私の気持ちが、「こんなものを食べさせるんだ・・」という嫌な気持ちではなくて、娘は楽しんでいる。それ自体を私が受け入れられたことは、私にとって、今までと違うステップを踏めました。先月のおはなしで、子供を預けることへの心配をシェアしてくださった方がおられましたが、わたしは、プリスクールで、まだ娘のそばにいるので、先生方のやり方にいろいろと思ってしまって、夜、夫に話しています。でも、今日の瞑想の中でも、先月の宇宙に安心してお任せするというキーワードを覚えていて、学校自体を判断するのではなくて、お任せしようと思いました。すると今日は、プリスクールで私の手を離れて、1時間半ほど過ごせていましたし、わたしが見ている世界を、どちらの見方によって見るか、HSとともに見せてもらって経験していくことができて、ほんとうによかったと思います。

志保さん

知り合いの方の経験ですが、子供たちの食育のために、学校のランチに新鮮で安全な野菜を加えたいと思って、ご自分で栽培して提供していました。そのうちに、学校側から、校舎の屋上に農作物を栽培する場所を作る費用を確保してくれることになりました。最初は小さな思いでも、子供たちに安心な野菜を食べさせたいという思いが、他のお母さん方と手を結んでいって、かたちになっていきました。食べさせたくないというのではなくて、安心なものを食べさせたいという思いが、変わって行くチャンスになるのですね。

Bさん

親の代表の方から、こういう議題を提案してくれてありがとう、という言い方をしてもらったことに驚きました。伝える時の、こころの持ち方だなと思いました。最初は娘を守りたいと思ったけれど、みんな同じなのだと思いました。

香咲先生

学校を信頼するのではなくて、娘さんを信頼するということですね。人は、自分に一番良いものを欲しがるようにできているので、学校で何を食べていても、おうちで娘さんにとっていいものをサーブしていれば、必ず自分に良いものを選ぶようにできています。それを信頼すると、そうなっていきますが、お母さんが、「またあんなものを食べて・・」と思っていると、そのエネルギーが伝わって、アタッチしていきます。良い物を食べることにつながっている、それを信頼することですね。お子さんに対しては、この子にとって良い状態、穏やかな状態を一緒に作って行くということが大切です。砂糖を食べ過ぎてグラウンディングできなくて、浮き足立っている状態よりも、グラウンディングできて落ち着いている状態のほうが、良いはずですね。砂糖を食べなければ良いという単純なのものではありませんが、白砂糖で気持ちがざわざわしているよりも、落ち着いているほうが、お子さんの気分が良いはずです。気分の良い状態を、ご家庭で一緒に積み上げて行くと思われたらいいですね。そして、自分のお子さんだけではなく、どこのお子さんもそうなれるように、いい時間を積み上げていく、ということですね。

3、Cさん

長年抱えてきた家族の問題を、先月のじゃない会でお話ししました。帰宅して、数人の友人にシェアしたところ、すぐに、家族や近所の方、学校の先生やシッターさん、友人たちのサポート体制が始まって、このまま変えていく方向です。子どもたちも落ち着いて、始まったばかりの学校に喜んで通っています。感謝の気持ちです。大きな目で見ると、おさまるところにおさまるでしょうが、日々の細かいところで、いろいろと対処を必要としていて、その時に、自分の気持ちがぶれないように、戦うような気持ちにならないように、ただずっと見ているような気持ちでいるのが良いと思っています。

志保さん 

先月、愛を送って変わるのは相手ではなくて、ご自分の心なのだということを、香咲先生にお話しいただいたのですね。お母さんが解放されたのを、ご家族も感じていらっしゃいますね。 永保子 共通した問題を持つご家庭があります。はじめ、わたしは当事者に怒りを感じましたが、ご本人が一番「助けて」と言っておられるのだと感じました。それで、私の投影を手放すことと、ご家族のスピリットにご挨拶を送っています。家庭の外に発言して行動したことを後悔している高校生の女の子に、あなたの勇気を讃えているし、いつも応援しているからと伝えて、頼まれたことを手伝っています。

香咲先生

一番「助けて」とおっしゃっている方を助けてあげなければいけません。「助けて、でもやめられない」という方の行為をやめさせてあげることが、助けることのまず最初です。だから、やめさせてあげたのは、Cさんの愛情です。相手の方を次に進めてさしあげることが、ご自分も次に進むことなので、愛情は必ず、ご両人にとって良いようにできています。決して、自分のためにやったと思わないことです。Cさんのエネルギーに接して感じるのは、このことを通して、さまざまな細かい経験をなさることで、Cさんが他の方々を助けていかれると思います。日本の生徒さんで、この分野で、日本の第一人者になり、政府からも仕事を任されてやっている方がいらっしゃいますが、今のCさんの経験も、全部大勢の方のためにされていることだと思います。だから、細かいところをなぜ経験しているのかというと、他の人のために経験されていると思われると良いかと思います。

4、Dさん

夫の体調のために、自分は被害者だと感じて、親子3人でいると、お互いに自分のやりたいことあるのに、それにあわせてまわりが動かないと、嫌な感じになります。でも、そうなっているのは、夫や子供が、私に迷惑をかけるという思いが、全部の引き金になっていると思ったので、そこを解決したいと思っています。根本に、なかなか捨てきれない、「I am not goodenough」という思いが、かなり強いと感じています。いつでも、何かに追い立てられている感じがあって、何もしていない時間がかなり怖いし、時間は有効に使わないといけない、何かしなくてはいけないと、追い立てられてやっている状態というのは、いまだに、「わたしは足りていない」を思っているんだと気がつきました。わたしが落ち着いて、こんなに満たされていると感じる時は、家族も良い感じですが、わたしがそれを忘れると、けんかを繰り返してしまいます。

志保さん

わたしたちはスピリットなのですが、エゴをぐるぐるまわってしまうと、スピリットだということを見れなくなってしまいます。グラウンディングをして戻っていく。「何かしなければいけない、あれをしなければいけない」というのを、ひとつひとつ手放していくことをする必要があると感じます。暇だと罪悪感がありますが、自由でいていいのですね。ひとつづつ自分を赦す、開放する、わたしはスピリットなんだということに使って行く道具としていけるといいですね。

永保子

家族はやることがたくさんあって忙しいけれど、生き生きしているように見えますし、10月は行事がたくさんあって、みなさんも、お忙しそうにされています。ふと、わたしは孤独で暇で才能もない。孤独で才能がないのは最悪。一人ぼっちだなと感じることがありました。でも、これは全部、私の勘違いだと思いました。わたしは、ひとりではないし、いつも見守られているし、愛されているし、みんなと一つのはずです。淋しいな、することがないなと思った時に、動かずに、人のことをうらやましく思っている自分をいじめたり、意地悪をしないでいようと思いました。そして、体を忙しくさせるのではなく、時空間で見ているものでないところを見た時に、ただ目の前のことをやってみるということをしました。お皿を洗ったり、掃除をしたり、枯れた花を摘んだり。それだけでしたが、自然と元に戻れた自分がいました。何もないのだけれど、暖かい感じ。そこに戻れた時に、活躍している皆さんや、いろいろなことをやっている家族と、わたしもつながっている感じがして、これでいいという感覚に包まれました。周りが動いている映像が見える感じがするけれど、私は静かにいられる。ガチャガチャしている自分を戻すために、それがあったんだというのがあります。変わったことやすごいことを追いかけなくても、何かを探したり確認しなくても、心の豊かさはここにあるんだな、そこからやるんだなという感じがしました。

5、Eさん

息子に軽度の障害があり、以前はまず自分を責めていました。人と比べるわけではありませんが、息子を受け入れつつも、「この子に何かしてあげられるかしら?」と、常に思っていました。いろいろな経験をしましたが、最後に思ったのは、息子はパーフェクトであり、それでいいわけで、わたしが勝手に、何かをしなければいけないと思っていたということでした。ここまで行き着くのに、ほんとうに、泣いたり笑ったり怒ったりと、いろいろありました。今、成人した息子を見ていて、幸せでいてくれてありがたいと思います。今朝も笑顔で、「ママ、アイラヴユー」と言って、毎日のように「ママが大好き」と言ってくれること、このことを嬉しいことだと思います。人は、嬉しいことのために、いい学校や、いい仕事が欲しいと思いますが、わたしにはもう幸せが来ているので、もう何もいらないなという気持ちでいます。そこまでくるのに、ほんとうにいろいろなことがあって、気づかされました。

娘に対する見方も同じで、障害があるかないかは、その度合いが強いか、人に見えているかどうかなので、娘も一見、成績が良くて社交的だと見えていましたが、そうなると親の期待がかかってしまい、娘は辛く感じていました。娘は努力をすれば結果がついてくると思っているので、我慢に我慢を重ねて、「これだけ我慢をしたのだから、きっと良い大学に入れるよね。」と言っていましたが、「こんなに4年間を捧げたのに、第一志望には行けなかった。」と言って泣いているのを見て、娘が泣き止んだころ、「でもね、ママは、あれほど祈ったこと、そうして入れた第2志望の大学を素晴らしいと思っているのよ。実は、第1志望のところに入れますように、ではなくて、あなたに一番良いところに入れますようにと、祈っていたのよ。」と話しました。娘は大学に入学しても、シュンとしていましたが、翌朝、「ママ!毎朝、パパとママと神様にお祈りしているの」と電話をしてきて、そこまで来て初めて、娘は手放すことができました。わたしもそこまで来るのに、アップダウンをして、子供には期待し、泣いていればかわいそうだから、どうにかできるのではないかと思っていましたが、十何年も手放せなかった自分が手放せた頃に、子供の幸せがあったし、わたしの幸せがあったなと思います。今は、二人ともとても幸せにしています。「第一志望に入れなかった時、ママは怒らなかったね」と言われて「え?」と思いました。娘は、兄のことがあるから、自分に、家族中の期待がかかっていると勘違いして、どうしても抜け切れなかったのですが、不合格でも、「ぜんぜんいいのよ、あなたの素晴らしいことは、ママは良くわかっているから」と話すと、娘は大泣きしました。あの時、わたしは本当に嬉しかったです。これなんだなと思いました。大切だなということはわかっていましたが、落ちても失敗してもぜんぜん大丈夫、ということが、根本から、こんなに娘を変えるのだと感じました。

最中はいろいろありましたが、今は山を越えましたので、みなさんに応援歌を送れるとしたら、大丈夫でパーフェクトなんですよね。ということです。わたしは今、幸せです。そして、みなさんは、素晴らしいおかあさんですね。お子さんに光を見て子育てをしてくださっている、そのことがほんとうに素晴らしいと思います。

6、Fさん

わたしは仕事をしていて、子育ては夫に任せていました。家に私がいると家族の気分が暗くなって、家族が私の顔色を伺っていました。仕事が楽しくて没頭していて、家族の優しさに目がいっていませんでしたが、仕事を離れて、たくさんのことを見過ごしてきたと気がつき、家族はこんなに優しかったんだなと思います。娘は、今までわがままも言わずに、「ママ、今日もきれいね」と言って送り出してくれて、大人のようでしたが、最近、ベッドで話をしている時に、「あの時ママは仕事がお休みだったのに、疲れていると言って、私のパフォーマンスに来てくれなくて悲しかった」と気持ちを吐露するようになりました。私が穏やかなせいか、自分の気持ちを出し始めた娘に、「悪かったなあ」と思っています。仕事をしている時、自分に自由がないのを人のせいにして怒っていました。葛藤を人のせいにしていたのですが、でも、今、なんでもできるはずなのに、特にしたいことがありません。それが不思議ですが、あの経験があったから、家族の優しいところに気づけたと思っています。

志保さん

ご家族は、Fさんを愛していらして表現されていたのですが、今までは見過ごして、愛を受け入れることを拒んでいたのですね。これから、愛を受け取る練習、愛を伝える練習を、たっぷりある時間を使って練習していかれるといいと思います。

香咲先生

「I am not good enough」は誰にでもあるのですが、この思いは辛いので、この辛い思いを何とかするには、自分よりもっと駄目な人を見なくてはいけません。ご主人が自分よりもだめだと思うと、救われるのですね。そうすれば、自分はこんなに頑張っていると思えるからです。自分の「Iam not good enough」を乗り越えるために、ご主人に信頼する人になってもらうと困るわけです。そういう風に相手を使っているという自覚が必要です。ご主人が、「Ilove you」と言って出かけてもらっても、ぜんぜん嬉しくはないでしょう?なぜかというと、私たちは、「I loveyou」と言われるのが一番嬉しいのに、そこからとても遠いところにいるからです。なぜ遠いところにいるかというと、自分の孤独感を隠したいからです。どんなに、わたしだけが、こんなにやらなければいけないと思っていても、「何もしないでぽつんといる孤独よりもましなのです。」わたしたちは、自分の孤独から目を背けたくていろいろなことをしているけれど、本当に求めているのは、孤独じゃないということを感じたいということなのです。でもその孤独感があまりにも強いために、素直になれなくて、それにいろいろつけ足して怒っているわけですね。それは、「私はあなたたちを信頼できないし、あななたちに抱きつけないのは、あなたたちのせいなのよ。」と言っているわけです。それを認めて、自分が本当に欲しいのは、自分が尊敬されるとか、自分ができると言われるとか、ご主人に恐れ入りましたと土下座してもらうことではなくて、自分は何もしてもしなくても、愛されている存在でいいんだという風に、私が生きているということは本当に大事なことで、私が生きていることで、みんなも幸せなんだということを感じたいと、まず思うことでしょうね。それをお母さんが感じれば、お子さんたちも、すぐにそれを受け取ってくれますし、ご主人も受け取ってくれますね。

Eさん

愛を認めるのが怖かったので、たくさんドラマを作りましたが、重い腰を上げて夫が大好きだと思うことにしました。努力もして表現もしなくてはいけませんが、ぜったいそうするぞと突進しました。すると、変わりました。でも、それをしないで、うまくごまかして、「別にいいのよ」と言っていても、だめでした。自分をごまかさないで、過去を手放して、「今日から私はこの人が大好き。これがわたしの意志なので、他は見ない。」娘が、「パパにハグしたら?」と言うならば、素直にそうしました。重い腰を上げたときに、全部がワーッと感じられました。

香咲先生

そうすると、‘好きになれるこの人’になってくれるでしょう?

Eさん

本当にそうなります。だからわたしも「I love you」と言いました。そうすると、夫に「Ilove you」と言われたのに馬耳東風だったのが、「ちゃんと向き合ってくれてありがとう、私もあなたが好きだわ」と言ったら変わりました。今まで残酷な妻でした。「ふーん、あなたは本当に私の苦労をわかっているの?わたしはこんなに大格闘しているのよ」と思っていました。

志保さん

一歩行動に出してみることですね。

Dさん

わたしも、重い腰を上げてみます。(会場、笑)

Gさん

6月に、育児休暇をとろうと思った時、0歳の娘のためにと思っていましたが、今思うと、自分のために休みたかったのだと気づきました。パフォーマンスの仕事をしているので、エンジンをかけなければいけないと思うのですが、エンジンのかけ方がわからなくなりました。娘にアクシデントがあった時、皆さんが祈ってくださったことや、ヒーリングの力を感じて、今までの仕事ではなくて、原点に帰りたいと思いました。でも、原点に帰って何をするかというのがわからなくて、悶々としていましたが、娘のアクシデントで、自分の心が骨折したような、もしそうなら、治るのに少し時間がかかるかなと思うと楽になりました。先ほどのお話にもあったように、孤独とか、何もやっていないとか、そういうのがあって、家の改築が長引いて、10月まで休んでいるので、心もそろそろ治ってきたかなという時に、友達が東京から泊まりに来て、その友だちが、私の生活を客観的に見て誉めてくれました。わたしは、みんなが活躍しているのがすごいと思っていて、自分はアメリカに来て、みんなが作っているキャリアのようではないし、育児があって何もしていないというのがあるのですが、傍から見ると、アメリカに来てみんなにできないことをやっているね、と認められて、自分では「I am not good enough.」と思っていたけれど、そこは認めなければいけないと思いました。わたし自身が、改築中なのだと思います。

志保さん

自分をすごく優しくいたわってあげて、自分が一番くつろげるようにいられる場所や感覚を持たせてあげる、それをいつも思い出すようにするということですね。何もしていなくても私たちの影響は、子どもたちにも行き渡っているので、自分が一番心地よい状態でいられるように、もしメンテナンス中だと思われるのでしたら、それをやっていかれるといいですね。

Hさん

わたしは、ある程度の期間で自分のテーマが来るんですね。今は、いかに自分で自分を愛するかがテーマです。突き詰めて行くと、相手のことを受け入れるとか、みんなあるがままでいいと思うし何も変えなくていいと思います。でも、その考えは、自分で自分を全部認めてあげていないと、その分、人にうつして、「ああしてみたら?こうしてみたら?」となりますが、それは自分に言っているのがわかるので、もう100パーセント自分はこれでいいというのを受け入れるのが今の私のテーマです。だらしない時もそれを喜んで、さぼっていることを楽しみ、家族の不協和音もプロセスのひとつで、不協和音もいいじゃない、それがあって、いつか気づいて変化の道がある、不協和音でさえもなければ、何もしないまま気づかないまま終わってしまうので、とても大事なプロセスを今、経験なさっているのだと思います。あえて努力しようとか、考えなくていいと思います。「今日もこんな不協和音だったな、まあいいか。」というので、いいのではないかと思います。それで今、わたしは自分がやりたいことをやりだしているところですが、家族が批判もせずに見てくれているので、それがありがたいのだなと、やっとよくわかってきました。子供もしっかりとしてくれているし、夫も働いてくれるのですごいなと思います。それでみんなが幸せならそれでいいのかなと思います。その中で、十分今を楽しもうと思っています。「もっとできる」という欲求ではなくて、今、目の前にある問題をこなして、ここまでと思っているけれど、もっと限界をはずすことができるなと思います。ここまでと思わずに、もうちょっとできるかなと思います。

志保さん

自分はここまでと、自分で自分の限界を作ったりしますが、それを、ひとつひとつのことを使って取っていく、自分に優しく赦していく、これでいいんだと受け入れていくということをやっていきたいと思います。

永保子

目の前の人と出会わせてもらっているだけでありがたいと思いますし、離れて暮らす家族とも、心でつながっていたいと思います。

Hさん テーマがあると、それを見せてくれる人がたくさん集まってきます。最近、独身で一人でがんばっている人が集まってきて、みなさん、背中を押されて一歩出たい方たちで、それは自分の中にもあることで、一人ひとりがいろいろなことを見せてくれるんだなと気づくと、一瞬一瞬が、自分のためになっているなと思います。

香咲先生

Gさんが、今、工事中と言われましたが、工事中だとしたら、すごく美しい工事中ですよね。どの瞬間もどんな時も、お母さんになる前も、なった後も、この夏も、改築中も、全部すばらしく美しいですね。だから、何をやるから、自分に価値があるという風に、絶対そこにいかないことですね。ここに存在しているこの自分が完璧であることと、美しくあることと、その瞬間瞬間を自分が大事にすることですね。それから、どちらかというと、人は人の中に出ずっぱりの時よりも、最近見ないわねと言われるくらいの時のほうが、、大きく進むものです。自分ではなにもやっていなくて、これでいいのかしらと思いますが、そういうときに、豊かになっています。そういうときを、わたしたちは、「I am not good enough.」で、何かやらなければいけないと思ったり、経済的にもやらなければいけないと思って、なかなかそういう時間を自分で作れないから、それこそ、エンプティーに感じたりすることもあるかもしれませんが、それを何かのきっかけで‘いてください‘と言われるのは大きなギフトです。でも、今は子育てだから、こうしなければいけないと決めることもありません。だから、こういうときこそ、ほんとうに「自由でいいんだ」ということですね。自由にしている時に、何もしたいことがないのを認めるのも自由だし、今までこういうことが忙しくてできなかったので、やってみたいと思うのであれば、やればよいですし、それは、素敵なお母さんだし、素敵なアーティストだし、素敵な人生だと思います。真っ最中なので、ご本人だけでは気がつかないのはもったいないですし、でも、周りからは見えているのですね。

志保さん

今のこの時間を楽しんでくださいね。 Aさん

Dさんの言うことが身にしみてわかります。わたしは、結婚生活とは、こういう形であれば幸せだというイメージがありました。そのイメージに合わないと、不平不満が出てきます。本当だったら、日曜日はみんなで楽しいことをしなければいけないのに、うちの家庭にはないと思ったりもしました。でも、自分はそうだけれど、夫は違うので、それを幸せだと思うのをやめたらいいのかなと思いました。幸せのかたちは決まっていないので、一緒にいて心地よくなるために、そのままでいればよいと思います。日曜日は、わたしが一日一人で本を読んでいても、子どもたちも家でそれぞれに楽しそうにしているし、傍から見た幸せの形を決めないでいれば、イライラしないでいられると思いました。

香咲先生

本当に、毎週行楽地に行くことが自分の幸せなら、実はやっていますね。でも、やれていないということは、行くべきじゃないと思っているか、本当の心からの願いかというと、そうではないのかもしれませんね。

志保さん

お母さんが自由でいると、子どもたちも周りの人たちも自由でいられますね。

Eさん

皆さんのお話を聞いて、以前自分が思っていたことを思い出すようでしたし、いろいろ聞いていただいてありがとうございました。

Cさん

今日は来てよかったと思います。先生とEさんのお話がありがたかったなと思います。違う空気が入ってきたような気がします。ほんとうに良かったです。

Bさんのお母さま

今日は、初めて参加してとても勉強になりましたし、娘にも感謝したいと思っています。11月10日(土)の、福岡のセミナーに参加したいと思います。

Dさん

自分だけでなく、みなさんも同じように感じているとわかってよかったです。夫を愛する前に、まず自分を大事にする、自分を駆り立てない、自分がやっていることを、そのままでいいと認める練習からしていこうと思います。

Fさん

クラスに来ると、とても気持ちいいですね。

Hさん

夏休みに、じゃない会から遠のいていたので、楽しかったですし、また初心に帰りたいと思います。この夏、息子はのびのびとして、成長が目覚しかったです。私とほぼ一緒に行動して、いろいろな人にお会いしましたし、関西や九州にも行って、刺激を受けました。学校の新年度も楽しんで通っています。日本で畑仕事をする機会がありましたが、トラクターの上に乗せてもらった時に、息子が喜んで涙を流しているのを見た大人たちが癒されるということがありました。大人の感性も子供の感性もすばらしいと思いました。

香咲先生

今日のワークブックのブログに、Jさんのコメントがありましたが、8歳の息子さんがお皿洗いを手伝ってくれたそうですね。息子さんは、きっと鼻高々だったでしょうね! http://ameblo.jp/workbook365/entry-11370107026.html#c12068467008

志保さん

やりたいと言う時に親としては面倒でもやらせてあげると、上手になってどんどん伸びていきますね。そうして才能も伸びるように思います。

Gさん

皆さんのお話に励まされたり、そうだよねと思えたり、力になりました。Cさんがすごいなと思います。行動に移されたこと、それを支えているこの場があるということ、そこにいらっしゃるその存在がすごいなと思います。なぜかというと、かつての職場で、同じ経験をされている女性たちのお話を聞かせていただいていたのですが、わたしは何も話してさしあげることはできませんでした。こういう場に来ることもできないくらい疲れている方もおられました。Cさんはほんとうに素敵だと思います。

Cさん

ここに来ると、エネルギーが入ってきますから。ほんとうに感謝しています。 ☆ブログに寄せられた、Kaoriさんからのご質問に対してお伺いしました。

志保さん

2歳前後のお子さんの「いやいや」にどう対処されていますか?

Bさん

なかなかできないのですが、最近ようやくHSを思い出せるようになってきました。、子どもをコントロールしようとする気持ちに気がつけるようになって、HSにお願いをして、それを手放すようにしています。それから、「奇跡のコース」のクラスでも、みなさんのお話を聞いて、それを自分のこととしてシェアしていくこと、それをまたみなさんが、自分のこととして聞いてくださるので、たくさんの力をいただいています。同じように、ブログでの分かち合いからも力をいただいたいて感謝しています。

志保さん

自分では経験できないことを、みなさんのお話で分かち合って経験していくことができますね。

永保子

暖かい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。次回のクラスまで、みなさんのスピリットとひとつだということを続けて感じていきたいと思います。 最後に、香咲先生よりグラウンディングについてお話がありました。

グラウンディングは、飛行機に乗る時には飛行機に、お車の運転や、電車に乗っている時にもおできになります。お子さんのグラウンディングは、難しいですから、頭の上から下ろさなくても、尾てい骨から引っ張って、地球の真ん中に結びついているのを見てあげるといいですね。地に足が着いていないと、気が散って何をどうしていいのかわからなくなります。地に足が着いていると、今すべきことに、パッと心が向きます。寝ている時も、尾てい骨から下に下ろしてあげます。それをご主人にもしてさしあげると、これは愛情ですね。そばにいらっしゃらない時でも、イメージの中のご主人にしてさしあげてください。 ☆今回は、皆さんのお話のほぼ全てを掲載させていただきました。ありがとうございました。

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