CRS クラスレポート 小野永保子

12/6/2012

クラスのはじめに、12月1日(土)に、CRSのホリデイパーティーの一環として開催された、「完璧な家族の(じゃない!)会」に参加されたみなさまから、リーディング体験の感想をお聞きしました。当日、香咲先生のガイドによって、初めての方や、お子さんから大人の方までが、ペアを組んで、2度リーディングをしました。

 

・みんなでハローを送りあった瞬間に、1歳の娘の何かが確実に変わったのがわかりました。私自身も、ハローのご挨拶のあと、とても穏やかな気持ちになりました。普段とは違って、丁寧に心を向けていたのだと思います。
 


・自分の気持ちが晴れるかなと思ってきたのと、夫がどう感じるかと思って参加しましたが、抵抗なく受け入れてくれてとても嬉しかったです。


・子供に聞いてみると、浮かんだのがクッキーだったそうですが(笑)子供はすごく楽しんでいました。


・子供が、グラウンディングのラインを感じることができたと言っていました。さらに翌日、大きな鯨が見えて、天からまっすぐな白いラインが降りていたと教えてくれました。私が瞑想をしている時に、横で一緒に目をつぶっていることがあるのですが、受け取ってくれていたのがわかって、わたしも癒されました。


・私は初めてで、一生懸命やったつもりでしたが、夫の方がリーディングに思いがけずはまっていました。わたしも、その夜とても爽やかな気持ちになって、もう新年を迎えたような気持ちになりました。わたしは、初めての方とペアになったのに、ダンスのミラーリングのように、何かを共有できた感じがして嬉しかったです。


・12歳の女の子とペアになってリーディングをしました。女の子は初めてでしたが、お互いに同じものを見ていたことに驚きました。お父さんは、何も知らずに参加されたのですが、私の中に、夕焼けを見てくださいました。お二人がわたしのリーディングをしてくださったことで、とてもあたたかい気持ちになりました。知らなかったのですが、お父さんのお仕事の情景が見えて、初めてお会いした方と、そうやって共有できたことが嬉しかったです。


・3人でリーディングをしたら、まるでトライアングルのようにつながっていて、グラウンディングのラインがおりていました。初対面でも、こうして繋がることを望んでいるんだなと思いました。香咲先生が、「子供とつながることは世界とつながることですよ。」と言ってくださったように、お子さんに、地球の中心に太い幹のような、ゴールドのラインがしっかりと降りていて、地球やすべてのものと繋がっているのだと感じました。

 

            
 CRSのギャラリーには、Mamiさんの絵日記が展示されました。
 

Mamiさんは、「じゃない!会」のお仲間で、5歳と1歳のお子さんのお母様です。お子さんの一日の様子を、帰りの遅いご主人にお伝えするために、夜、お子さんが寝静まった後に書いてこられた絵日記は、数年間で、ノートに何十冊にもなっています。今では、5歳になったお子さんとパパの交換日記の役割もしているそうです。夫婦喧嘩や、子育ての悩みなども正直に書かれていて、ご覧になったみなさんから、共感が寄せられています。

詳細はこちらからご覧ください! http://www.crsny.org/ja/blog/2621 

 

 

次に、皆さんからお話を伺いました。
 

☆ クラスで「だれも攻撃していない」とお聞きしたことと、ワークのレッスンをしていて、ここ数日、舞台から一歩引いて見ているのを感じています。舞台をホーリースピリットが一緒に見ていてくれるので、ちょっとやわらかく見ていられます。違った世界を見ているような感じがして、昨日は久々に、子供に対して「いい加減にして」とか、「早くして」という思いには、全くなりませんでした。昨日は、夫や、シッターさんの助けがあったし、「この状況をどうにかしたい」と思った時に、ホーリースピリットやコースのことを思い出すことができて、その喜びを夫にも話しました。

 

志保 自分の心を常に見直していかれると、楽になっていくことができますね。

 

☆ 義理の母と義理の妹が来ています。わたしが子供を囲いこんでいるようなところがあって、人懐こい性格の子供が、夫や義理の家族に懐くと、以前は、嫉妬心から、「私の立場はどうなるの」と思っていましたが、子供は私のものではないと考え直すようになりました。義理の家族が、息子をかわいがってくれるのですが、まだ赤ちゃんなのに、国外にある義理の家族の家に、わたし抜きで連れて行くと言われたのが、とてもつらかったです。愛してくれるのは有難いし、自分のものではないと思いますが、わたしの中に、根本的な劣等感があるのが原因だと思います。

 

永保子 義理の母は孫をとてもかわいがってくれますし、子どもの相手をするのも上手で、優しくてすべてを受け入れてくれます。なので、子供たちはおばあちゃんに会って遊んでもらうと、目が丸くなったように見えるほどでした。ところが、何かの拍子に、お姑さんから「あなたは、いなくてもいいのよ」という無言のメッセージを感じて、それが辛かったです。(爆笑)それでも、子どもたちと祖父母の関係は大切にしたいという思いだけは持ち続けてきたところ、嫁姑の関係で、今でも私の気持ちが揺れることは少なからずありますが、それが子供たちに影響することはなく、今でも、お姑さんと孫たちとの関係は素晴らしく良い関係なので、有難いなと思います。

 

香咲先生 生物学的な観点で言えば、お姑さんにはお嫁さんはいらないんですね。直系の孫だけに意味があるわけですから。お嫁さんにとっては、生物学的には、義理のお舅、お姑さんは関係がないし、どちらかというと、夫も関係ないということになります。それが子孫を残すという生き物としての本能ですが、わたしたち人間は、新しく生まれた者の身体を守るだけではなく、心を育てていく、一緒に心を鍛えていく、ということをするので、あらゆる立場の人間の存在が、とても大切なのですね。そこのところをはっきりさせておくと納得しやすいかもしれませんね。

 

・自分が足りないというのがベースにあって、子育てに限らず、ひどい劣等感があります。子育てを通じてそれを見せられるのが一番辛いです。

 

香咲先生 どのような一対一の関係であっても、それぞれ足りないわけですね。夫と妻の関係でも、親子の間でも足りないのです。でも、足りないから一歩引くのではなくて、足りないからこそ、助けてと言える、足りないけれど、これだけはできました、という正直さを自分のなかに育てたいですね。すると、こんなに正直であっても、こんなに足りなくても、自分は受け入れられているのだということがわかってきます。それはほんとうに幸せなことです。
 

志保 子育てを通じて、自分の内面を見ることになるので辛くなることもありますが、その経験を繰り返すことによって、わたしはこれでいいんだと思えるようになるので、この機会を使って、繰り返しやってみてくださいね。

 

☆ 義理の母は遠方にいるので、普段交流はありませんし、自分のやることに忙しくて、実の母のことも普段、あまり思うことはありませんが、自分が子供や夫に反応していることを観察して、エゴでないほう、スピリットを選びたいと繰り返しお願いしています。全部わたしがやっていることは、恐れの裏返しだと気づいたので、そうではないものを見たいとお願いしていますが、幸せや愛や幸福な家庭を望んでいなくて、怖がっているから、そこから逃げるためにいろいろなことをしているというのに気づいて、それを手放していきたいと思っています。エゴでまたやっていると思うと、崩れるような気持ちになりますが、そこにフォーカスせずに、とにかく手放せるように、お願いし続けています。

 

☆ 出産前にお姑さんといろいろとあり、まさか自分にそういうことが起こるとは思ってもいませんでした。お姑さんが、態度が一変した原因もわからずに、わたしも傷ついたのですが、臨月でしたし、おばあちゃんになる人と、人間関係を良くしたいと思って、自分なりに考えてやってみたことがありました、わたしの何気ない言葉に傷ついたことがわかって、わたしもオープンになれたと思いますし、お姑さんにも思いがあるので、こちらが思いやりを持つことが大事だと思いました。昨日までの数日間、子供と二人で、夫の実家を訪ねてみました。わたしが、こどものおばあちゃんということで歩み寄ってみたところ、お姑さんも歩み寄って良くしてくださって、頑張ってくださっているのがわかって、自分が前よりも謙虚になれたと思います。

 

志保 心を開いて一歩踏み込んで自分からコミュニケーションすると、相手の方は待っていてくれるんですね。相手に対する思い込みがあると、相手はそういう人を演じてくれるのですが、自分の思い込みを手放すことで、相手にそれを演じさせないですむということですね。もう一歩踏み込んで尋ねてみることで、誤解を手放すことができるのですね。

                              

☆ 子供が生まれてから、自分のことを見つめなおす余裕は全くありませんでした。あらためて、出産前の自由だった自分に戻れるような考え方を見つけたいと思って参加しました。最近の私の生活は、ママ友と一日を過ごすことが多く、ママ友の子供に対するきつい言葉を聞いて、心に余裕があることの大切さを感じて、日々の生活に不満はあっても、子供には当たりたくないと思っています。ただ、今ここでわたしの不満を話し始めたらたくさんあると思います。海外生活が長くなると、一人の女性として、人間として、NYで働いてきて、やりたいことができていると思っていましたが、子供ができてそれを幸せと思いつつも、時間も自由もないと感じ始めているのが、大きな悩みです。

 

志保 自由は自分しだいで、自由なわたしを選ぶことができますし、自分を縛り付けてわたしはこの子を見ないといけないんだということを見ることもできます。仕事をしていても、子育てをしていても、自由は自分で選んで経験することができます。わたしが子供の面倒をみないといけないと思うのをちょっとやめて、子供がいても自由な時間を持ちたいというのを選んでいかれたらどうかなと思います。

 

永保子 自由は心の中のことだと思うので、赤ちゃんとずっと一緒にいても自由を感じることはできると思いますが、実際のところ、24時間ずっと赤ちゃんと接していると、一人になりたいという気持ちはすごくあると思うので、その時に誰かにお願いして、まずは家族、それから家族以外のところでも助けを求めていくことも、自由のひとつだと思います。私の周りの現地のお母さんたちで、毎日ずっと赤ちゃんと一緒にいるお母さんはあまり見かけませんし、ご主人は、夕方の4時や5時には家に戻って手伝っているのをよく見ます。

 

・助けを求めるのが下手で、自分で全部できるのが自信のあるいいママだという間違った映像を描いているので、バランスを取る必要があると思います。

 

志保 働いているお母さんは、今まで全部自分でできてきたので、子育ても全部コントロールしたいという自信と自負がありますが、子供に対しても同じようにしていくと辛くなってきますので、それをやめて、自分に優しくして、誰かに頼むことをされるといいですね。

 

・自分に優しくなれないと、他人にも夫にも優しくなれないなと思います。

 

香咲先生 今までやってきたことがフェードアウトして、子育てにかかりっきりにならなければいけない中で、自分の完璧さを証明したいと思うと辛くなりますね。それまでご自分のキャリアを追求して活躍なさっていた方ならなおのこと、そういうことが起こると思います。でも、まず、子育ててあれ、仕事であれ、自分を証明するために何かをするということは一切必要ないということをはっきりさせておきましょう。わたしたちは放っておくとそれをしてしまいますけれども、それが一番自分の首を絞めてしまうのですね。自分を証明するためにしなくてはいけないことは何一つないということです。

それから次に、人それぞれだと思いますが、子育ては、形而上的なことは一切なくて、すべては生きとしいけるものとしてのあれこれなので、今まで使ってきた心や頭の使い方、形而上のことがどこかにいってしまって、心に空洞ができたように感じることもあるでしょうね。それでも大丈夫な方もいるし、それではさびしいし辛いという方もいらっしゃいます。その時には、形而上的なことをすることを自分にゆるしてあげることですね。食べさせる、寝かせる、その他、延々と続くリストからちょっと離れて、したいことをしてみる自由を自分に与えてあげてください。そのために助けを求めてください。

 

・NYに情報がたくさん飛び交っていて、母親になったということで、新しいことがたくさん増えて、それをうまくハンドルしたいし、自分も輝く時間が欲しいと思うし、この子にもアメリカに生まれてここで育っているという特別なものを味わって欲しいと思っています。そんな風に欲しいとばかり思う自分に疲れているのだと思います。

 

香咲先生 何もかも見逃したくないのですね。1歳のお子さんにも、せっかくNYにいるのだから世界のすべてを与えたいのですね。でも、何が一番大事かということがわかってくると、何をやるか、どんな情報を取り込むかが大事なのではなくて、どんな気持ちでなにかに対処することの方が大事だということがわかってきます。体を使って与えるのではなくて、心を使って与えるということを少しづつやっていくことだと思います。全部見逃したくないと思うと、時間は足りるはずはありません。以前の自分はできていたとのにということではなくて、以前の自分は、驚きに目を見張っていることが生きることだったのですが、今、お母さんとしての○さんご自身の心模様が、人生において何でも珍しいことをやっていればいいというのとは違ってきているのですね、心の深さに対して視線を向けるようになってきたという風に思われたらいいかもしれませんね。

 

香咲先生

形而下でいえば、人間関係なんかどうでもいい、自分に属するものを守っていくということだけが大事になります。この世界は、敵だらけで、何が起こるかわからないので、子どものそばにいて子どもの安全だけを守るということを、すべての動物のお母さんがやっていますね。でも、人には、そうやってキョロキョロしながら、いつも自分の子供を敵からを守るという生き方から抜けることができます。どうするとできるかというと、自分は弱いし、足りないし、敵が来ればやられてしまう存在だけれども、自分が足りないと思うときは、誰かに対して、この人も足りない存在だと思うのでなくて、この人に頼む、相手を信頼に足る存在にするしか、自分が信頼にたる存在になる方法はないのですね。自分が一人でがんばって、信頼に足る存在になることはぜは絶対になれません。

さきほど、お姑さんとコミュニケートされた素晴らしいお話がありましたが、みんな自分の見方があって、みんな自分の足りなさを見ているので、自分のことばかり考えていたら、到底相手の思いには気づけません。全員が自分のことを足りないと思っているんです。だから、「お母さん、お願いします」とお願いすることは、信頼を示すことになるし、信頼されると、人は信頼に足る方になってくださるんです。そうすると、自分も、自分の子どもも、信頼できる人たちに囲まれて、助けられて、生きているね、幸せだね、となります。自分ひとりで育てているつもりになっていると、いつかは子供が勝手なことをすれば、「誰のおかげで育ったのよ」と言いたくなりますが、そんなことは言わなくていいのですね。

 

☆ 初めて参加しました。おかげさまで夫とは仲がよいのですが、娘が夫のことを好きでなくなってきました。週末も疲れていて、夫が遊ぶときに心が入っていないくて、わたしが助けを求めても、おざなりに遊んでいるので、娘が、「パパなんかいらない」というようなところが見えます。あくまでもわたしからの見方なので、夫がどう見ているかわかりませんが、お互いにそこを放置しているようなところがあるので、もう少しコミュニケーションをとろうと思います。

 

☆ 6歳の娘が、夫と顔を会わすと喧嘩をするようになっています。わたしが夫をみくびっていて、夫に対して「いなくていいよ」と思っているのがかなり伝わっています。お父さんと娘がしっかり遊ぶ時間を持つのが大事だと思っていましたが、そうでなくて、夫に対するわたしの信頼関係が大事で、娘はそこを見ていて真似をしているので、信頼関係を作り直すことをしています。

娘とは良い関係になっていて、以前は、娘がストレスを発散する様子に慌てたりどうしようかと思っていろいろな対処をしていましたが、、最近ではわたしが落ち着いて、「大丈夫だ」と思えるようになってきたので、安心が伝わるのか、何もしなくても、すっと収まるようになってきました。娘には愛情と信頼があるのですが、常に夫にも注意を向けていないと、娘と夫が喧嘩をし始めて、先日は、夫が不機嫌になって出て行き、でも、またすぐに何事もなかったかのように戻ってきました。(笑)そういう時、わたしの心が夫には向いていなくて、「夫は一人で自由にしていたのだからいいじゃない。」と思っていましたが、それは私の思いで、夫は寂しい思いをしていたのかなと思うようになりました。

 

☆私は今、事情があって夫と離れているので、やりたいことをやっていますが、子供はシッターさんに預けられるのを嫌がります。でも、学校の用事や自分のやりたいことをするために、シッターさんと子供を信頼して預けています。子供たちを見てくださるサポートグループのみなさんにとても感謝しています。先日、子供たちを連れてセドナに旅行に行き、そこでも、子供を預けて自分の時間を持ちました。子供は預けられるのを嫌がりますが、わかってくれているのが伝わってくるし、信頼してお願いして、自分のしたいことをしています。

夫とのコンフォートゾーンは、誰に相談しても、馴れ合いになっているので、そこから出たほうがいいと言われます。そのことは自分でもわかっているのですが、それでもこの一月、感情のジェットコースターに3回くらい乗ったような感じで、気持ちがころころ変わりました。弁護士さんに包み隠さず話しましたし、自分ではもっとしっかりとしていると思っていましたが、気持ちがグラグラとして、子供も、親が揺れるとすごく感じて、それに合わせて揺れました。どうにもできないと思ったので、助けてくれる人全部に、まるでノックして手をつないでもらうようにしてお願いしました。瞑想や、グラウンディングのラインを自分や家族にイメージすることもしましたが、助けてくれる人がいてくれたことが、まず、心の支えとなりました。

 

永保子  さまざまなことで気持ちが揺れても、助けを求めることをされているので、お子さんたちも、しっかりとそれを見ていると思います。ご自分のやりたいこと、喜びに繋がるということを言い訳をせずにされていて、それが、これからのプロセスに向き合う心を作っていかれていると思いました。

 

香咲先生  わたしはこんなに弱かったのだと思えるというのは本当に素晴らしいことですね。自分でできていると思っているうちは、人の心もわからないし、人のものの見方にも思いが及ばないですね。でも、わたしは何でもできると思っていたけれど、できなかったんだなあとか、自分の思いなんて、こんなにころころ変わってわからないものだなと思った時に、何か大いなる力に頭を下げるということができるのです。天に助けてというのと、皆さん助けてというのとは同じことですね。そういうお母さんを見ているお子さんは、「助けて」と言っていいのだということを感じます。お子さんは、みなさんがお母さんを守ってくれているように、自分たちのことも守ってくれているということがわかるのですね。だから、心の力というのは自分の力ではなくて、自分の心は、自分が信頼していたほど強くはないけれども、自分には助けを呼ぶことはできるし、助けを呼べば、絶対助けてくれるということですね。
 

・嬉しいです。いつもここにくると励まされますし、みなさんにわたしの気持ちを整理していただいています。
 

香咲先生  それはお互い様ですし、こちらも励まされていますよ。

志保 ゲームを買っただけで、それだけ見事に心を観察されて素晴らしいですね。 ☆ お話を聞いていて、わたしは冷たいのかなと思ったりもしましたが、わたしは、子供にどんどん離れて行って欲しいと思いますし、自分も世界の反対にでも行きたいと思っています。そう思っているのですが、子供たちはくっついてきます。上の息子は冒険するタイプではなかったのですが、大学には、家から遠いところに行きたいと言うようになりました。すると、普段は子供をあまり見ていない夫のほうが寂しそうで、下の子のこともとてもかわいがります。わたしは、子供と離れても、気持ちが通じていると、心は繋がっていると思います。 香咲先生 だんなさんもお子さんも、奥さんやお母さんのことをよくわかっているので、都合が悪い時は聞こえていないふりをするし、急に怒鳴ってきたりしますが、それは全部、こちらにあわせてコミュニケーションをしてくれているのですね。 香咲先生 コミュニケーションをもっとスムースに済ませようと思うのであれば、自由自在に変えられますね。 ☆ わたしは叔母の立場なので母の気持ちもわかるし、それはすべて愛なんですよね。でも今、お嫁さんの気持ちも、子供を取られるようで、囲いたくなるんだなとわかりました。NYに遊びに来て、親友たちの子供たちと過ごして、やはり愛がいっぱいで、私は子供はいませんが、一緒に子育てさせて欲しいと思うし、ここにこれてとてもよい機会だったと思います。 志保さん おばさんの存在は大きくて、親には話せないことを話せたりするし、目線が母親とは違うので、子どもたちもすぐにうちとけるのですね。 ったです。1歳になるのですが、この会に月に1度来れて、みんなに成長を見守ってもらっているというのが、楽しみになっています。参加して良かったなと思います。いろいろとみなさんと共有できたり、先輩から宇宙的視線から言ってもらうと、参考になったり、もう一度気づかされたりします。 10年間の愛が終わって、一人ぼっちだと思っていましたが、お子さんたちの様子を見ていると、今、我慢しているのですが、涙があふれそうです。 永保子 劣等感と言ってくださった方に感謝しています。劣等感はわたしにもあるし、でも、そのことに気がつかなかったり、それを隠すためにいろいろなことをしていますが、また別の方が、「わたしにはできない」というところから、お願いすることを経験されているというお話を聞いて、わたしは、完璧な母ではないけれど、お願いをしていこうと確認させていただきました。そのことを皆さんと一緒にやっていきたいと思います。 Mamiさんの絵日記で一番受けているのが、「今日は早く食べなさいと言わすにすんだ」というところですが、早くすることが人生の目標ではないということですね。大人も自分をせきたてるところがありますが、そこは考える価値があります。日本でも「じゃない会」ができ始めていますが、皆さんには、ここに集まる時だけが「じゃない会」ではなくて、日常でも、お子さんたちを見守る大人の一人として、「じゃない会」の一員でいていただきたいと思います。

 

 

 

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