CRS クラスレポート 鎌田志保

1/3/2013

*弥須子先生から新年のご挨拶

 

 あけましておめでとうございます。

 昨年は、みなさんにじゃない会引き立てて頂いて、ほんとうにたくさんの気づきを分かち合えて、心から感謝しています。ありがとうございました。

 みなさん、それぞれ、ご自分で、よくやってきた、と思っていらっしゃると思います。自分のことを、だめだなあ、と感じることがいくらあっても、「でも、よくやった」という思いが大きいでしょうし、そのことを、ご主人にも、ご主人のご両親にも、ご自分のご両親にも、どなたに対しても、認めてもらいたい、とも思っていらっしゃるでしょう。

 でも、まずは、誰よりも、何よりも、ご自分で、ご自分に、「よくやってきたね」と認めて、ほめてあげてください。

『本当にあなたはよくやってきた』『いつだってベストをつくしていた』ということを、ご自分に言ってあげて、新年を始めて頂ければと思います。

 

 それから、今までよくやってきてベストをつくした延長に、また大変な年が控えているのではないということをご一緒に確認したいと思います。

 これだけよくやってきたにも関わらず、実は、まだ、ご自分の本当の力を発揮しているかというと、答えはイエスではないんですね。

 私たちひとりひとりの心には、無尽蔵にあふれる泉がありますが、その泉の水を汲み上げて使うという術を身につけるには、まだまだ練習がいるのです。

  今までにも、その泉の存在には触れていらっしゃるはずです。「わたしにこんなことができた!」という経験や、「何もしていないのに奇跡のようなことが起きた」という経験などを通して。

 今年は、そんな、びっくりする力を、どんどん使えて、経験できるようにしたい、そんな思いを持ちたいと思います。朝起きたら、その泉の水で顔を洗って一日を始めるつもりで、日々を大事に過ごしていただけたらうれしいです。

 

 自分の中にある泉の部分というのは、忘れていると使えません。ただ思い出すだ、けで、ああ本当にあるんだなということが、わかるようになってきます。

 自分の中の泉に気づくと、その泉の水が周りの人を清めて清々しくして、周りの人の心の泉を湧かせることができます。

 お子さん方の一日は、お母さん次第ではありません。ぐずるにしても、おとなしくするにしても、それはお母さんがこれこれとしたから、しなかったから、ということでは決まりません。お母さんが 、ただ、泉に触れているということに意識を向けていると、お子さんも必ず泉に触れています。すると、お子さんは、その泉がさせてくれることだけをするようになります。その泉の叡智は、どんなに立派な両親の知恵や知識より勝るものなのです。ああ、きれいな泉がわいているわね、おいしいわね、みんなにも分けてあげましょうね、というように、親子で目撃していくことが、おそらく、育児の目標と言えるのではないかと思います。

 でも、日々の忙しさの渦中にいると、そんなこと忘れますよね。だから、この場で、ご一緒に思い出して、泉の美しさと豊かさに触れて、またそれを日常に生かしていく、ということをやっていきましょう。

 それから、もうひとつは、今年は、お子さんだけじゃなくて、ここにいらっしゃるみなさんには、他のお母さん方にとってのインスピレーション、つまり、泉を思い出すためのリーダー的存在になっていただければとも、思っているんです。

 

 

志保 (以下、☆印で表記)
今回は日本から、子田さんご夫妻が参加して下さいました。ご主人の明彦さんはACIM男性の会、奥様の江美さんはお日様会というACIMの勉強会を開かれています。今回は明彦さんに誘導瞑想をお願いしました。

 

 天から光のラインが降りてきて、私達の身体を突きぬけ地球の中心までしっかり繋がっているグラウンディングのラインをイメージします。そして心にある思いをラインに落として、心が軽くなった、空っぽになったイメージをします。そこに天から射し込んだ暖かい光が心に満たされ、さらにリラックスが深まります。皆さんの光が一つの大きな光となっているのを感じてみます。大きな光の中で私達が一つになって休んでいます、楽しんでいます、リラックスしています、平和な気持ちです。子供達もその中でくつろいでいます。発せられる言葉そのままに私の心にとけ込んでいく様でした。

 

 今回も始めて参加される方や、久しぶりに来て下さった方皆さんで、まず瞑想をして心を落ち着けて始める事ができました。その間に聞こえてきたお子さんの声を聞きながら、感想をいってくださったお母さんは、『はしご車カンカンカン』の子供さんの声が、瞑想中に引っ張ってくれる感覚と、自分の子供が小さいとき、こんなに遊ばせてあげたかなという感覚がわいてきたりとか、それは先ほどの泉なんだなとそういう思いがあるということに気付きました。

 

*今回でニューヨーを離れるおかあさんから

一年間じゃない会に支えて頂いて感謝しています。

今でも自分を責めたりする事もあるのですが、何度でもやり直せばいい、赦して戻ればいいという事をその度に思い出す事ができるようになりました。

静岡のレポートを読んで思ったのですが、信頼ということをキーワードに今年一年をやっていけたらと思っています。

この場を離れるのでちょっと寂しいのですが、ここで会との繋がりがなくなって自分がちゃんとフォーカスできるのか、信頼を実践していく為にもこれからもやっていきたいと思います。

 

☆信頼というのは私もキーワードだなと思っていたんですね。子供に対してだけではなく、夫、義父母、自分自身に対しても信頼を持って接していく事をやっていきたいなというのを昨年末に感じた思いだったので、ここで改めて言って下さってありがとうございます。

 

*今日初めて参加して、香咲先生のいわれた自分を認めてあげる、褒めてあげるという話を聞いて、この話を聞く為に今日来たんだと思いました。自分を責める事はあっても認める事はなくて、まだまだという気持ちも多くて、もちろん人にも認めてもらいたい、けれども自分の親や主人の親とか、私がいったい何をしているのかわからなくて、何でも中途半端で『あなたは、何をしているの?』とか年末にも言われて、自分でもまだまだという気持ちがあります。でもまずは自分が自分を認めてあげないと、人にも認めてもらえないし、今信頼関係という話も出て、本当にそうだなと思ったのが、自分自身自分を信じてなくて、いつも自分のやってる事に自信がないから、そういったものも娘に影響しているんじゃないかと思うんです。

うちの娘はパパのことが大好きでパパがいないと、パパと言うのですが、私がいない時に果たしてそこまで私を恋しがっているのかという思いがあります。娘にとってお父さんは信頼できる人だと思うんです。彼は自信を持ってやる人だと思うんです。でも私は自分のやる事に不安を持ちながらやっているし、娘に対してもこれでいいのか、これじゃないんじゃないかといつも思っています。そう言う私には娘はついてこないんじゃないかと思うのです。

自分に自信を持たなくては行けないというのが今年の目標です。去年もきたいと思いながら来られなくて、お友達はずっと参加されていて色々教えてもらっていたので、お友達がタイに行かれたらこれからは私が参加したいと思います。お友達はタイで頑張ってくれればと思っています。

 

☆自信のない自分を、私はこうなんですと、認めてもらおう、 証明しよう、とする必要はないんですね。お母さんが不安な気持ちでやっていると、娘さんも周りの方もあれで良いのかしら?と不安が伝わってしまいますが、お母さんがやりたい事を楽しんで喜びとともにやって下さっていると、周りの方にも喜びや楽しみが伝わるのではないでしょうか。楽しんでいる自分を経験すると自信のなさは問題ではありませんね。楽しんでやっていく事をやってみてくださいね。

 

*子供が夜泣きしたときにグラウンディングのラインを通して、泣き止むわけではないけれど、自分の中に焦りがなくて落ち着いて対処できる様になったのが、自分の中でこんなにも違うんだと思える様になりました。今日久しぶりに来て瞑想をした時も、家でやっている時は一人なので上手くはできないのですが、今日は言葉を聞きながらやってみるとアニメーションの様に光が通って、広がってというのが実感できて、来て良かったなと思いました。

信頼のお話で、自分に自信がないというお話がありましたが、ここにくる迄は自己肯定感が低かったのですが、皆平等で愛されているとお話をされているのを何度も聞いて、少しずつ自分が変わってきて、今まで人を羨ましく思ったりしていたのがなくなって、自分もそうなれる様に取り入れてみようと思ったり、考え方がすごく変わってきたので参加できる時は参加したいなと思いました。

 

☆自分が間違っているなということに気づくことができて、そしてそれを自分で正す事ができる様になると、すごく楽ですよね。それができるとき、実際、楽だなと感じますよね。

 

*主人ともギスギスした時もあったのですが、最近では『さすがお父さん、ありがとう』というようになったら、主人もどんどんやってくれる様になって、夫婦関係も良くなり、家族も明るくなる感じがしています。『さすがおとうさん』の一言でこんなにも変わるというのがあって、毎日使う様にしています。(大笑)

 

☆信頼を言葉に現しているからご主人も信頼に足る方になってくださっているんですね

 

*最初は思ってなくても、『さすがお父さん』と言ってるうちに気持ちがこもってきて、それが向こうにも伝わって主人も変わってきたなと思う様になりました。

 

*半年ぶりに、ここに にお邪魔しました。その間、帰省したりしたんですが、 日本から戻ってきた時、子どもが時差ぼけで寝てくれなくて、『何で寝てくれないの』と思いそうになった時に、ここで教えていただいたことを思い出して、子供の都合でこうなっているわけではないし、寝たくても眠れないんだよねと考え方を変えて、お互いのグラウンディングをイメージして落ち着くということができました。

 先ほどから信頼関係のお話がありますが、どんなに小さくても一人の人としてこの子をみるという事を心がけてきたので、大きくなっても子供もそういう気持ちでいてくれたら、それは信頼関係に繋がるしお互い良い関係が築けるかなと思っています。

 最近話ができる様になってくると、新たな悩みが出てきて、子供が自分の気持ちを言うんですね。『○○ちゃんは、ぼく好きじゃないの。遊ばないの』と否定の言葉が出てきた時に、大人だってそう言う事があるから気持ちは解るんだけど、でも親としては、皆と仲良く遊んでもらいたいという気持ちもあります。そんな時になんと説明していいのかが解りません。

 

弥須子先生

 信頼というのは、お子さんが「好きじゃない」と言ったときに、「どうして?」と問いかけることとも言えるかもしれませんね。「好きじゃない」という“否定的”な言葉を耳にしたときに、 どうしようと思ったり、好きになってほしいと思うのではなくて、真剣に対応してさしあげたらいいですね。 まだ2歳の子にそんなことを聞いても無理だ、と思わないことが信頼ですよね。

 それから、自分でも、 何か心に思いが浮かぶときにすぐ「どうしてこう思うのかしら」と尋ねられるように習慣づけておくといいのですよね。何で自分は仲良くして欲しいと思うんだろうという思いを自分に問いかけて、同時に、同じ質問を、お子さんにも問いかけられたら、親子の気持ちがひとつになりますね。

 

*帰ってきた答えに私がどう答えていいのかが解りません。

 

弥須子先生

 

 またそこで、問いかければいいんです。何を迷っているのだろう、と。何にこだわっているのかしら、と。そして、何度も問いかけることになる自分を受け入れて、正直になること、それをお子さんに隠そうとしないことですね。

「この子に言ってもまだわからない」「この子にわかるように言うにはどうしたらいいかしら」と考えるのではなく、自分は何をわかっていないのだろう。何をわかりたいと思っているのだろうと、心を向けるといいかもしれません。

 

 それから、先ほど、「さすがお父さん」と言うのが有効だと教えてくださいましたけど、なぜ有効か、それはおだてられているからではない、ということを知っておいてくださいね。 お母さんの気持ちに余裕がないと言えない言葉ですよね。つまり、余裕と心の穏やかさを示して差し上げている時に出てくる言葉なんですね。自分はどうなのかとか、自分を認めてとか、自分は自信がないというところから離れている言葉です。さすがおとうさんと言ってあげられる時の奥さんは、女神様みたいになっています。女神様のもとでは、みんな、安心できて、ベストな自分になれて、よく働きもするでしょう。

 

 奥様方は、みなさん、自分は女神様なんだと思われたらいいですね。女神様は、何かを言われて、それは困る、とか、どうしよう、とは考えないで、これはこういう事かしらね? と言葉を返してあげる存在でしょう。どうかしら?一緒に考えましょう、と心を開いてくれる存在です。

 そんな女神様のそばにいるお子さんは、よく考える人になるでしょう。こういう時にどうしたらいいかという知恵を身につけていく育ち方をするのではなくて、本当にものをみて考える事を既に学んでいるお子さんになりますね。

 

*パパが好き、というお子さんの話が出ましたが、うちは逆で、ママ、ママなんですね。3歳3ヶ月なんですが、何でもママママで、そうすると私の負担が大きくなって、パパにやって欲しいのですが、私が主人を信頼していないからなのかな?と話を聞いて思ったりしました。最近喧嘩もよくするので子供の前では出さない様にしているのですが、お互い信頼し合っていないのかなと今思いました。

 

*言葉は確かに大切だと思いますし、それ以前に心は直ぐ伝わるという感覚があります。自分が相手をジャッジしている時というのは、確実に瞬時に伝わっているなと思います。不快に思っている時というのは相手にも伝わっているし、信頼が持てないとやはりどうしても相手にも信頼されていない事になります。昨日散歩の途中で久しぶりに行ったレストランで、すごく楽しみにしていたのですが、以前とは内容が変わって、味も堕ちたかな、と感じて、そのことを何気なく口にしたら、主人が、「せっかくの食事のときにそんなネガティブなことを言うな」「店の人はみんながんばって働いているんだ」というような強い反応が返ってきて、びっくりしてしまいました。この人はなんでこんなに反応しているんだろう、と、わたしもむっときてしまって、気まずくなってしまいました。仲直りできたのは、帰宅途中で帽子がなくなったことに気づいたときで、気持ちが「帽子を探す」ことに向けてひとつになったら、コミュニケーションが再びとれるようになりました。心は直ぐ伝わりますね。やはり 自分の考えを相手に対してぶつけ合っているときは、コミュニケーションが成りたっていないんだと感じました。

 

弥須子先生

 

  喧嘩両成敗と言いますが、どちらが正しいというのはなくて、言ってみれば、心の穏やかさがあるときは、コミュニケーションの用意ができている、喧嘩する理由がない、ということになるし、理由がなんであれ、心が揺れているときは、目の前の相手に、「喧嘩をしかける心の態勢」が整っているということになります。しかけられて、反応したら、喧嘩になる。反応しなければ喧嘩は成立しません。

 

 

*気まずく二人で歩いている時に、自分で間違いをしたのが解ったので、ホーリースピリットに奇跡を見せて下さいとお願いしたんですね。そうしたらそのうち帽子がないと言い出して、さっきのお店に戻ったらそこに在って、良かったねという事で外に出たら、直ぐ隣にずっと探していたお店があって、帽子も見つかるし、探していた店も見つかるし、HSが奇跡をみせてくれたのだと思います。

 

☆ご主人に対して、この人に対して言っても無理だからとジャッジをせずに一言お願いをしてみるとか、助けて下さいと言ってみられたりはしていますか?(お互い信頼し合ってないと思われているお母さんに対して)

 

*しているつもりではあるのですが、伝え方がわるかったのかな? 私はあまり言えない方なので我慢して我慢して爆発する事が多いので、もうちょっと普段から気持ちを伝えられたらと思います。

 

☆まずは自分の気持ちを表現する、ということをやっていくと、相手を信頼する練習になるかもしれないですね。

 

*子供の学校が2週間休みになるので、日本から父と妹が来てくれる事になりました。すごく嬉しい反面、一人でいられる自由みたいなものがあるじゃないですか、子育てが間違っていても自分の中で訂正すればいいと思うのですが、人の目があると気になってしまいます。でも、自分のどんな思いもやり方も、隠さないで、無理に変えないで、自然にしていればいいかなと思ってそうしていました。思ったより穏やかで色々手伝ってもらってすごく助かりました。子供も久し振りだったけれど父や妹になついてくれました。 クリスマスの頃に(別居している夫との間に)ちょっと問題があったのですが、父と妹がサポートしてくれて、そういうことがあった時に自分一人だったらどうしたか分らないけれど、いてくれたお陰で自分もグラウンディングをしてふらふらしなくて済みました。なるべくみんなにオープンにして、サポートを受け取るようにしていました。よくやっていると 父に言ってもらえただけですごく嬉しかったです。

 

別居のこと、DV のこと、今まで父には何かあっても言ってこなかったので、ここに来て初めて色んな事を話したんです。母とは以前から話していたのですが、父は全く知らなかったので、来る一週間前に話して父も突然こんなことになって分らないけれど、とりあえず飛んで来てくれたんです。 
 

 志保 (以下、☆印で表記)

自分に正直に、何も隠さずにオープンにされているからこそ、お父さんも妹さんもそれを受け取って下さるし、向こう側も同じ様にオープンに心を開いて接して下さるのですね。これからも何一つ隠さず、自分の思った事を行動に移していかれると、どんどん良い事が集まってくると思うので、自分に嘘をつかないで正直にやって欲しいと思います。

 

*先月、義母と義妹が滞在していて、その後私が攻撃されていると思っていた事が『あぁ、そうじゃなかった』という事が何回もあって、今まで溜まりに溜まっていた物が『あ、そう思わなくて良かったんだ』と思う事が義母からあって、それは不思議な体験でした。自分が足りないから足りないところを一生懸命埋めようとして、そこを攻撃されていると勝手に思っていて、というのが気づきでした。その後子供を友達と遊ばせているときも、同じ様に攻撃されている様に思っている自分がいて、嫌われているんじゃないかな?とか同じ事の繰り返しで、まだ足りないと思っているんですね。

先ほど信頼というキーワードをおっしゃったじゃないですか、わたしも今年は子供に信頼を持ちたいです。

会が始まる前に、飲み物をこぼしたりしたので、私もあっとなったのですが、瞑想をして頂いて、またこの子を責めている、自分を責めていると感じて、自分と子供のグラウンディングを思いながらやってみました。

 

弥須子先生

 自信がない、というのは、自分のどこがどうあれば自信がある事になるのか解っていないからではないかしらと最近考えていたんです。私達はみんなそうですが、どこかに不安を感じていて、何か間違ったんじゃないか、何か自分が知らない事があるんじゃないか、何か自分の勘違いだったり独りよがりだったりすることがあるんじゃないかとか、いつも思っていますよね。でも、私達の自我、自意識というのは「欠けている」ことが基盤になってできているので、その思いの中で何とか完璧になろうと思っても無理なんですね。だから、じゃあ、どこに自分の心が向けば完璧な事になるのか、という問いかけが来るわけなんですね。その答えが、たとえば、今日、最初にお話した心の泉なんですね。

 泉の存在を思い出しているときだけ、自分を守らなくていいのだし、自分を守らなくてもいいと思っているときだけ、攻撃されている事を見なくてすむんですね。だからその泉さえ解っていれば、自分が知らない事があったり、間違ったりした事があっても、それが自信を揺るがせることにはならないのです 。

 自分が自信がないときというのは、自分の本当の力を忘れているからで、だから、何をやっても何を見ても、自信がないんだなと、はっきりすれば、 自信のない自分を発見した時に、ああまた泉を忘れてしまったなと思えばいいんです。余裕ができますよね。

 

みよ子さん

自信を持つにあたって、去年これもできたとか、今まで駄目だった事がこれだけ出来たとか、そういうハードルみたいなものをクリアーしていったことで、自信を持っていこうと思うと、それまでにプロセスがある感じだし、何かもっと先の事に感じます。その中でも進んでいるようだから、いいのかなと思えるときもあれば、まだまだ到着していないそっちの距離の方が長く感じてしまったりします。心が大丈夫と思えたり、まだまだだと思えたり、それを繰り返してしまうけど、自信というのは、こういう事ができるああいう事ができる、こういうことを知ってると、身体をつかって証明したり、身体をつかって感じる事ではなくて、自分の奥深くにあるもののことなんですね。 表面的なところに意識を向けていると、わけが解らなくなるけれど、もっと深いところを感じてみようと思うと、本当に涌き上がってくるようなものがあります。色んな事で私はまだまだだと思ってイライラする、そこにはできない事でイライラする反面、本当はもっとできるんじゃないかという思いが裏側にあると思うのです。たしかに、私達はもっとできるんですね。

 でも身体をつかって表面的なところに意識を向けていると、やっぱり解らない。その奥の方にある思いを大切にしたいですね。その思いを目の前にいるお子さんに向けたらいいですね。目の前にいるお子さんと自分の中にある奥の方を常にみるということですね。 

 

弥須子先生

 その泉を見ようとしていると、泉の力があふれてくるのを経験します。それはもう、驚くべき力で、地球の反対側のお天気がわかってしまったりすることさえあるんです。何故かというと、この泉の力は限りがないからなんです。なぜわかるか知らないけれど、解ってしまうという事が出てくるんですね。あるいは、なぜか解らないけれど出来てしまうということがあるんです。あるいは自分で何もしていないのに、自分が努力したかの様に、ここに出来上がった物がでてきたりします。

 これを経験したいじゃないですか。もっと経験したいじゃないですか。その本当の万能の力、人間にはこれだけしか出来ないとか、五感はここまでしか届かないと決めるよりも、もっと枠を外した力が自分にはあるんだという事を経験しない限り、自分に満足は出来ないんじゃないでしょうか。だったら満足いく道に向かうしかないです。そう覚悟を決めると、行動のいちいちに意識を向けて、回り道をしている暇がなくなります。そこそこのお母さん、まあまあのお母さんじゃなくて、本当に完璧なお母さんになる以外道はないです。そこそこのお子さん達を育てるのではなく、これこそ完璧というお子さんを見てあげないといけないですね。

 

*子供を信頼しようと常に思っているのですが、上の子が受験で、受験がゴールというわけではないのですが、周りのお子さんを見るとやっぱり自分の中に葛藤があります。周りのお子さん達は、どんどん学校が決まっていったりして、私はある程度本人に任せようと思ってやってきた事が、エンジンがかかるのが遅すぎて、申し込みに間に合わなかったり、そういうことがちょこちょこでてきて、自分の子供の姿をみていると、どっかで私は間違っていたんじゃないかと思ってしまいます。

 

 一回キレて色んな事を話しだしたら、彼は彼でプレッシャーも感じていて、競争が激しい学校だったから、そこにいるというだけでも、やっているんだという気持ちがあったみたいです。2日間位話もせずに、向こうが何か言ってくるまで待っていようと思っていたら、しばらくして、やっぱりここをトライしてみるから、全部自分でやるからと言ってそれをやり出したら、色んな事が解ってきて、たまたま主人の親戚の人達がでた大学でイタリアのほうまで繋がって、ちょっとした主人のほうのバックグラウンドが解って、自分のルーツみたいなものの発見があって、本気が少しづつ出てきた感じがします。どっかで彼の本気が見たいと言うのが、私の中にあるからだと思うんです。一生にうちに何回か本気になって欲しいみたいなところがあるんですけれど、それが表面に現れていない様に感じます。頑張っているというのが、すごくエネルギッシュに出る人がいるじゃないですか。するとその光を見ていて、一緒になってみせてもらっている様な感じがするんですけれど、息子は自分の持っているものが少しづつという感じです。

 

☆親はそれを見せてくれるとすごく嬉しいし、安心できるんですね。エネルギッシュにやっている子供の姿を見ていると、安心はできるんだけど、それが本当の子供の姿、本当の彼の心かどうかというのは、解らないです。お母さんが頑張り時だと思うポイントと子供の思うポイントがもしかしたら違うところかもしれないし、お母さんの中で、彼の本当の力が見たいんです、というその心が息子さんに通じて、息子さんに信頼として現れてくるのだと思います。

 

 

弥須子先生

 

 お子さんに対しても、ご主人に対しても、今が頑張り時よ!と思うことがあるでしょうね。もちろん、自分自身に対しても、ありますよね。

 それで、その人が本当に頑張っているか、頑張っていないかということの判断について考えてみましょう。まず、頑張っていないときというのは、自分のここだったら安全圏かなと、そこに居付いているときですね。チャレンジしなければ安全だと思っているとき。このテリトリーで、このままでいれば安全だ、と思おうとしている、でもこれは本当に自分を発揮していることにはならないので、心のなかに、自己批判や自信のなさがふくらんでいってしまいます。だから、安全圏にいなくていい、どこまでいっても安全なのだという事をお母さんが教えてあげれば良いんですね。

 どうやって教えるかというと、ご自分がそうなる以外ないです。そしてどこまでいっても安全だということを忘れないことです。お子さんはともかく、ご主人の場合は、家族を養っていくというミッションがあるから、チャレンジすることを躊躇することが、ままありますね。 奥さんは、やたらチャレンジされても困る、失敗することの怖さを忘れてもらいたくないと思っているし、同時に、その中に留まってもらっても困る、チャレンジして欲しい、行けるところまではいって欲しい、というのも心からの願いですね。

安全圏にいるというのは、ここにいれば安全だという勘違い、勘違いの中にいるわけだから、あなたは勘違いの中で安全圏にいるような事はしなくて良いのよ、というエネルギーを出してあげればいいですね。どうやってそのエネルギーを送るかというと、やっぱり自分に戻ってきますね。

自分が○○君がどこの大学に行っても、私は信頼していられるし、大丈夫だということを自分に毎日言う事です。そうすると彼は逆に頑張ります。それは面倒くさいと言ってやめるよりも頑張った方がいいですね。頑張るという事は、良い大学に入る事ではなくて、その時に自分で後悔がない自分であればいいんです。わたしたちは、あの時に自分が面倒くさい、怖い、と思ったから、こうなったという事に関して後悔するんです。この受験の期間を、後の言い訳につかわないように助けてさしあげる事です。

 年齢的にも、今までは学校生活が自分の全部だった様なところがあるけれど、青年になってきているから、世界が広がってきて、学業だけが自分の世界ではなくなってきています。価値観が今広がっているときなんですね。色んな事が、お母さんには見えなくても、起こっているのですよね。安全圏の中にいるってことがなければ良い、お母さんが「安全でいなければ」という思いのなかに留まっていなければ良いわけですね。

 

*伝え方を間違えると、夫が私の気持ちを聞くように努力しすぎて、頑張ろうとして具合が悪くなります。昨日もお店の事で自分が見込んでいた事がズレてしまい、人員の問題だったり、人を揃える為の労力であったり、そんなことを言っているうちに夫の具合が悪くなってきて、自分が違うものをぶつけ過ぎたんだと思いました。暖かくして寝かせてあげて、ヒーリングをやったんです。そしたら私がキュッとなっていただけで、夫も子供も大きく伸び伸びとしているのに、キュッというところで、針のむしろを自分でつくってしまったんだと解りました。

 今日のヒーリングクリニックで繋がっているという感覚を教えてもらったんですね。最初の繋がっているという感覚と、自分がそれを覚えていないと、それを忘れていると、違うものしか見えなくなっているなと思いました。言葉だけ聞いて自分の思いの中に入り込んで、色を変えたりしてしまう、自分の在り方が大事だと思いました。自分の心が変わると、見え方も変わってくると思います。

 

☆非難するのは自分の心でしかないんですよね。周りは誰も自分の事を非難していないので、私は駄目だと思っているのは自分だけなんですよね。

 

みよ子さん

 小さな子供と接していると自分が子供の時の事を思い出すんですね。大人から小さい子供を見ると、わけ解ってないとか、知らないからとか、そんな風にしか写らないけれど、子供は全部自分で解ってやっている、0歳のときの私ってこんなだったな、その時ああやったりこうやったりと言うのは、自分の中では理由があって解ってやっているというのを思い出される感じがします。かたやお父さんお母さんが、アワアワしたりするんだけれど、本当の意味で解ってないのは、解らなくなっているのは大人じゃないかと思えてしまうんです。それは何故かというと、この世の価値観だとか。こうあるべきだとか、周りがどう思うだろうかだとか、そういうところに意識がいってるから、色んな意味で見失っているのは大人の方じゃないかなと思います。子供がやる事というのは、解らない様に見えるけれども、道理にかなっている事をしているなと感じます。

 

*子供がいないので、大人だけで暮らしていると、どれくらい時が過ぎたのかが解らなくなって、去年も今年も大差はないという感じなんですけれども、親しくしているお子さんを見ると、こんなに時間が流れたんだとか、この子達はこんなに育っているんだとか感じます。自分たちは大人なので、自分の事ばかりですが、親の方はこれだけ親身に自分以外の子の事を考えていらっっしゃるんだなと思いました。あとは自分の親との関係において、こうあってほしいと思いすぎて受け入れられない自分を感じています。

 

☆自分の気持ちを観察してみて、なぜそう思うのか、心の中を観察してみて下さい。そうするとあれが原因だったのかなとか、もう忘れてしまっている事でも、ふと感じる事があったりすると思うので、その心をよく観察する事をやってみてくださいね。

 

*主人に対しては、うちは本当に鏡なので、私がきつい事を言うときつく返ってくるし、優しくすると優しく返ってくるし、ちょっと声を荒げただけなのに、向こうも同じ様に荒げてくるし、すごく鏡になっていてありがたいです。私が文句を言うとそれにも同調してくるんです。お互いにエスカレートしてくるので、そういうのはやめた方が良いなと思ったりします。先ほどの頑張ると言う話で、安全圏にいたら良いかなと思っていたんですけれど、頑張った方がいいのか、やっぱり奇跡をみたいんだなと思っています。

 

☆ここからは、じゃない会に参加して下さった感想を聞いてみました。

 

*皆さんのお話を聞いて、自分の中にもあったので気づきがあって、今日来て良かったと思いました。

 

*みなさん悩みがあるんだなという事を改めて知って、家にいると自分だけが悩んでいる様な気持ちになってしまうのですが、誰にでも悩みがあって、それを解決できるのは自分なのかな、自分の心の在り方でそれが解決したり、問題だったりするんだなと感じました。


*木曜日は子供の習い事を優先していましたが、第一木曜は私の時間にします。


*お母さん達は大変だなと思いながら見ていましたが、友達の家の猫ちゃんがいるので、子猫ちゃんを見ていると、失礼なんですが小さい子供と同じだなと思って、夕方外から帰ってくると待ちかねた様に、遊んで遊んでと寄ってくるんです。ちょっとだけお父さんの気分になって、会社から帰ってきたら、子供が遊んで遊んでとまとわりついてくるのが、こんな感じかなとそこで感じました。

 それで、遊んでと言ってくるので遊んでやるんですが、その時何かをしながら片手間でやっていると、相手に伝わるんですね。たぶんお子さんも一緒だと思うんですが、猫は、すごくつまらなさそうな態度をして、本当に面と向かって真剣に遊んであげると、すごく喜びます。その瞬間、相手ときちんと向き合うこと、それを教えてもらっていると感じました。


*じゃない会に参加するにあたって、日本でやってる<おひさま会>とどのように違っているのかと思っていたのですが、お子さんがいても同じだなと思いました。お子さんに対する対応と大人同士の対応は変わらないというのを改めて思ったこと、また、だから、子どもさんに対しても、大人の方々に対しても、大きな視点でコミュニケーションを取りたいなと改めて思いました。皆さんがここでシェアしたり感じたりした事は、離れている日本でも同じ様に自分に伝わってきて、それで自分が支えられたり励まされたりするという事が、すごく感じられたので、じゃない会の度にそこに参加している気持ちでいます。


*思っている事をシェアするだけで、他の周りの人みんなが得るところがあって、素晴らしいなと思っています。一人で思っているよりは、みんなでエネルギーを合わせると、スムーズに色んな事が進むんだなと感じるので、こういう会があってありがたいです。


*他の人を見た時にすごいなと感じていて、すごいなと思う時にここで壁をつくっていたのを感じて、今回これは本当に要らないと思いました。自分が壁をとりはらうと、色んな事をちゃんと感じられるのだと思いました。


*今月はホーリースピリットにアスクする月間にします。


みよ子さん

赤ちゃんであろうが、隣の人であろうが自分の旦那さんであろうが、目の前にいる人は自分の鏡なのですね。


弥須子先生

まず子供は、自分のお母さんと繋がるのに、身体で繋がろうとするのです。気を引いたり触ったり、何かをする事によって繋がろうとします。

でも、そういう時期に、心と心が繋がっているだけだという事をお母さんが解っていると、いずれ成長して、いつもスキンシップをしている時期が終わっても、親子とも、しっかりつながっている安心感を持てるのではないでしょうか。身体を追っかける事が愛じゃないという事と、お母さんとお子さんが離れていても、ちゃんと繋がっているという事を今からやっていくと素晴らしいと思います。お子さんたちが恋愛するとき、相手の何とどんなふうにつながれば幸せなのか、お母さんにほんとうの愛を教わっていれば、混乱がないでしょうね。

でも、そういうことを、みなさん、多忙な日常で思い出すのはむずかしいでしょう。だから時々こうして、みんなが集まるという事がすごく助けになるんだと思います。

 

 

☆皆様、今回も素晴らしいシェアをありがとうございました。

 

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