CRSクラスレポート 小野なおこ

2/8/2013

 

今回は、9歳以下のお子さんをお持ちのお母さま方が、乳幼児のお子さんとご一緒に、お集まりくださいました。

 

誘導瞑想(志保)

グラウンディングのラインをイメージして、地球の中心にしっかりと繋がります。そして、様々な思いをラインを通して落とします。次に、呼吸を意識してみます。大きな光のボールが、すっぽりと頭を包み、光が全身に浸透していきます。さらにもっと大きな光のボールが、全身を一度に包みます。光が大きく体の外に広がっていきます。最後に、光のボールが、胸の一点に集まって収まります。再度、グラウンディングのラインをしっかりと感じたら、目を開けて瞑想から出ます。

 

司会(永保子)

自己紹介を兼ねて、瞑想で感じたこと、前回からのこと等をシェアしていただきました。

 

@9歳の男の子がいます。瞑想が始まると、頭の中に、スケジュール帳のようなものがありましたが、自分のあり方を、これでいいんだと感じさせてもらえました。今朝、息子のダンスパフォーマンスがありました。「大丈夫かな?」というのを思わないようにしていたことに気がついて、不安をワークブックのレッスンに当てはめてから学校に行きました。息子の出番までに涙が出るほど感動して、見に来ている大人が、みんなで喜びを感じていることがわかって、これを感じていいんだなと思いました。息子のパフォーマンスを見る頃には、本当に安心して見ていられて、子供たちみんなをジャッジしないで、完璧さを受け取ることができました。息子に、「今日も良かったね!」と言うと、喜びながら、「もう帰っていいんだよ。」と、どこか照れていました。 

@3歳の女の子がいます。ナーサリーに行くようになってから、自分を見つめる時間ができてゆとりが出てきた分、ビザの関係で仕事ができないため、仕事をしているお母さんをうらやましく思う自分が嫌です。我が家のスタイルがあると思いつつも、モヤモヤしている気持ちを手放したいです。 

 

(香咲先生)子育てに喜びもあるし、でも、仕事をしていきたい、もっと広がっていきたいという思い、家庭からもっと出て行きたいという思いがあるのですね。そのパッションは手放さないでくださいね。それは大事にしてください。ここで手放さなければならないのは、ビザのステータスとか、就職条件とか、お子さんの年齢とか、いろいろな枠組みのなかでしか動けないという「決めつけ」です。自分のなかにあるパッションを生かしていく道はいくらでもあるということ、それが見えていないのは、自分が決めつけを持っているからなのだと受け入れてみてください。こうでなければ自分の能力を生かせない、発揮できないという思い込みを手放そうとなさってみてください。自分のパッションは大事したいし生かしたい、と改めて確認して、ならば、子供が何歳になってから、というのではなくて、今すぐにでも注ぎ込みたいということを願いましょう。人生の全ての経験は、自分を狭めるようなことには絶対にならないようにできているのです。あらゆる経験が、自分をもっと大きくするチャンスです。今それが何かはわからないし、どんな活動になるかわからないけれど、大きいものを受け取りたいと思っていると必ず来ますよ。

 

(永保子)お話していただいたように、私たちが、今、何を経験していても、それはすべて私たちを大きく広げていくものでしかないということに、私も救われます。

 

@8歳の男の子がいます。人と関わるのが恐くて、アイデアをシェアすることに葛藤がありました。最近、自宅でお茶会をしてみたところ、楽しく過ごせて嬉しかったです。今、補習校のクラスマザーを選ぶ時期なのですが、近所のお母さんから、「一緒にやりませんか?」と誘っていただいて、そんな風に思ってもらっていたことがとても嬉しかったです。私の心が緩んでくると、周りからも声をかけてもらえることが、美しい流れだなと思いました。 

 

@1歳の男の子がいて、二人目を妊娠中です。日々、子供と接している中で、なかなか集中できない面があるのですが、今はここ、というように、集中できるといいなと思います。 

 

@8歳の女の子がいます。瞑想で光を広げたあと、最後に「胸のところに置いて、収めてください。」というところが、とても嬉しかったです。ハワイからNYに来てまだ半年なので、娘がハワイに戻りたいと言うのは、友達がまだ十分にできないのが理由です。それでも、たくましく交友関係を広げているので、わたしもプレイデートなどのアレンジを積極的にしていければと思いますが、世代等のギャップを感じて、親同士のお付き合いが負担です。 

 

(香咲先生)お子さんが地域の中で友達を作りたかったら、お母さんもお友達にならなければいけませんね。地域のお母さん方のお姉さんになってください。

 

@4歳の男の子と1歳の女の子がいます。息子は、シュタイナー教育の学校に通っています。躾のことで疑問が出てきたので、自分のやり方を模索してきましたが、学校のやり方に戻ることにしました。 

 

(香咲先生)シュタイナーの学校に通っている場合、家庭で違う教育をするのは難しいですね。一つの方針に対して、別の考え方というのは必ず出てきますが、お母さんが、「ここの部分は違うやり方で」というのは難しいと思います。その学校に行っている間は、学校を信頼して「お任せしてみましょう」という気持ちを持つことが大切ですね。そうでないと、お子さんご本人が板ばさみになってしまいますから。

 

@2歳の男の子がいます。息子がストローラーに座ってご飯を食べてくれていたので、初めて瞑想に集中できて、いつになく強い光を感じました。グラウンディングのラインは硬めでシュッと貫かれる感じがして、暖かい光に包まれる感覚がありました。先月、息子が、一人のお友達と遊びたくないと言ったのですが、そのあと、何事もなく楽しく遊んでいるのを見て嬉しかったです。「そんなこと言わないでよ」と言うのではなくて、息子にもその時は理由があって、子供なりに解決するのだとわかって、大丈夫だと安心しました。前回、香咲先生から、「子供は、小さい時は、親に触れていることで愛を確かめます。」と言うお話を聞いて、寝かしつけに時間がかかる毎日を嫌だと思っていたのですが、その時間も嬉しいと思えるようになりました。 

 

(永保子)お母さんに、「あのお友達と遊びたくないんだよ」と言えたことが良かったですし、お母さんが、「そういうことを言うものではありません。」と怒って、お子さんに罪悪感を持たせるのではなく、心にゆとりを持ってお子さんの気持ちをただ受け止めると、一緒に安心を経験できますね。

 

@1歳の女の子の我が強くて困っています。スーパーマーケットで、カートにもストローラーにも乗らずに困っています。他のお子さんに噛みついたり、髪の毛を引っ張ったりしますし、夜中に、2、3時間おきに飲ませている母乳を、そろそろやめようとしたら、30分置きに泣いてしまい、平和な時間がありません。 

 

(志保)ご自分のラインに思いを落とすことと、お子さんにもグラウンディングのラインをイメージするといいですね。お母さんが落ち着くと、お子さんも落ち着いてきます。何かあるたびに、まずご自分が地球としっかり繋がって、落ち着かれるといいですね。

 

(永保子)お子さんは、溢れるような愛で繋がろうとしていると思います。(ここで、手をつねられたお子さんが泣き出します。二人のお子さんたちとお母さんたちを、みなさんが見守ります。小波のような優しいエネルギーが流れます。)

 

(香咲先生)加減がわからないほどのパッションがあるのだから、それをやめなさいと言ってもだめですね。あせらなくていいのよ、あなたのパッションはわかっているから、と思ってあげる余裕をもつ練習がいりますね。やめさせるのではなくて、逆に、お子さんがコミュニケーションの仕方やスキンシップの仕方を学べるように。お友達になりたい時に、噛むかわりに、やさしく触れるしかた、気持ちを急がず表すしかたを、教えてあげていきたいですね。それには、お母さん、お父さんが、同じことをできるだけしてあげることではないでしょうか。お子さんは、とっても愛を感じたがっていますから。

 

・遠ざかっている子も、おとなしい子も、私たちが同じように見てあげていればいいですね。

 

(香咲先生)わたしたち大人は、夫の家族、もちろん、自分の家族、そして人生で出会ってしまったすべての人たちと、その人たちとの間に何があろうと、結局は、愛するしかない、受け入れるしかないのです。ゴールはそこにしかありませんから。子どもたちも同じで、出会った友だちとは、仲直りするしかない、ということを学ばなければなりません。というか、いつか学ぶことになるのです。親が出て来て相手の子を叱ってくれるとか、自分を抱きしめてくれるということを身につけてしまうと、遠回りになってしまうのでは? 最後は仲直りするというのは、私たちの人生の全てのゴールです。そのゴールへの最短距離を示してあげられる子育てができたらすばらしいですね。

 

・うちの子も、夜中は寝ないし、スーパーマーケットでひっくり返って泣いていますが、まだ1歳の子供に教えようとなると、自分が辛くなるだけので、例えば、子供が他の子を噛むのであれば、子供をそばで見ていて、さっと離したり、「痛いよね」と繰り返し教えることが必要だと思います。ある時期が来るまでは、すぐに変わることではないので、お母さんがその度にリアクションをしても仕方がないし、その間、自分が楽にいられる方法をとるしかないと思います。そういう点で、人から、躾のできていない子供と見られることを気にしないようにすることも必要ですね。叱って、「あっちに行っていなさい。」とするのではなくて、小さくても語りかけて、学ぶ機会にしていくことが大切だと思います。 

 

・本当に危ない時以外は、大人は手を出さず、物の貸し借りも、大人が間に入って手を出すのではなくて、子供たち自身で解決することを見守れるようにと、そういう思いを話せるような輪を持つようにしています。子供はその場で言ってあげないとわからないですが、もっと幼い時は、そういう時だと受け止めることも必要だと思います。

 

・沐浴をしている赤ちゃんが笑っているTVのCMを見て、そういうものだと思い込んでいました。ところが、生まれたばかりの自分の子供を沐浴させると、笑わないので驚愕しました。(笑)子どもに対する、がちがちな思い込みが崩れていきましたが、こどもが生まれてからしばらくしても、おとなと子どもは違うということを理解できませんでした。違うということを、単純に頭でわかっていたつもりでいたので、大の大人がしたら信じられないという感覚で、子どもに「こんなことをして」と怒っていました。そのことに対して、今、昔の自分に言いたいのは、子どものすることを別の角度から見ると、ものすごく素晴らしい成長をしているということです。日本の常識、大人の常識を、子どもの天真爛漫で自由な発想に当てはめて見ていましたが、あとでちゃんと、ほんとうに素晴らしい子ども、ということ再確認する機会があれば、「ああ言ってあげれば良かったのに、こうしてあげれば良かったのに、」という思いが、なくなると思いますし、子どもの様子も違ってくると思います。これから、家でもいろいろなことをすると思います。でも、大人がやったらとんでもないことでも、子どもが初めてやったり、繰り返しやることは、素晴らしいことというのが必ずあります。だから、今、○○ちゃんの素晴らしい可能性が滲み出ていると思うので、それを心で思っていてあげるといいと思います。そちらにフォーカスしているほうが、いいと思います。自分の子どもが幼い時に、私自身ができていたかというとわかりませんが、今は、そう、自分に言い聞かせています。

 

(永保子)子供がいくつになってもそうですね。子供は大丈夫なんだと、繰り返し自分に言い続けています。

 

(志保)親が、子供が何か困ったことをするのではないかと思っていると、期待に答えてそのとおりに行動してくれます。だから、この子はこうだと決めないで、どのようにしても自由でいていいんだと、お母さんがわかっていれば、だんだんと、やらなくなります。大人は、子供を加害者と被害者として見てしまうのですが、やられた子は、心が傷つくわけでがありません。子供同士は何の傷もないのに、大人が、「あんなことをして」と、痛みを持ってしまいます。大人が、加害者になったり被害者になったりすることをやめて、子供はみんな同じだということを見ていくと大丈夫ですね。

 

@私は、いらいらすると、夫に過去のことまで持ち出して、ねちねちと文句を言ってしまいます。夫は寛大なので、「ごめん、そうだよね」と言うので、私が図に乗って、発散して終わります。ところが、先日、とうとう、夫が椅子をガッと蹴りました。ここまでするのは相当我慢していると感じて、危機感を持ち、夫がやってくれることに感謝がなかったのと、思いやりを持った言葉をかけるのを忘れていたことを反省して、就寝前に手紙を書きました。翌朝、あらためて「ごめんなさい」と謝ったら、「わかった」と言ってくれました。

 

@1歳の女の子がいます。遅れて来ましたが、電車の中で瞑想をしたら、車内の人々がとても美しく見えて、ちょうど、クラスでも瞑想をしている時間だと思って、嬉しかったです。子供を通して新しく出会った一人ひとりから、今まで気づきもしなかった素晴らしさや、お母さんたちの頑張りに、気がつくようになりました。昨年はてんてこ舞いで、子育てに犠牲を払っているように感じていましたが、子育てを通して成長していることがわかってきました。新しいテーマは、赤ちゃんなのに、もう学校のことを考えなくてはいけないということです。最近、じゃない会がじわじわと効いています。夫が、バスルームの真ん中に置いてあるトイレットペーパーの写真を撮って、わざわざ見せに来ました。「いつも、君は物を真ん中に置く」と言ってきたので、カチンときました。子供の伝い歩きの為と、いくら片付けても片付かない年齢の子育てをしているのに、と思いましたが、夫の好みで改装したバスルームが、彼のお気に入りの空間だということを思い返して、心の中で「ご苦労さま」と伝えました。そう思い直せたのも、じゃない会のブログで読んだ記事の一節を思い出したからでした。思い出すまでの時間差を縮めたいと思います。 

 

(香咲先生)ご主人は、時間もお金もかけたお宅を、一緒に大事にしようねということを分かち合いたいのですよね。わたしたちは、わかっているつもりでも、人の心に気持ちが及ばないことが多々ありますよね。だから、人がカチンと来ることを言ってきても、自分の気持ちが及ばなかったというのを、素直に反省したいですね。相手だって自分と同じように精一杯やっているのですものね。「ご苦労様」と心のなかでおっしゃったのは、すぐにご主人に伝わったでしょうね。

 

(永保子)いつも私たちに、女神であってください、と言っていただきますが、ここに、女神がいらっしゃいましたね。

 

@もうすぐ1歳を迎える男の子がいます。お蔭様で元気に育っています。息子は、ストローラーもハイチェアもカーシートも嫌いなので、抱っこ紐で出かけますし、料理をする時も抱っこしながらなので、体重が増えてきて大変です。(皆さんの注目に対して、お子さんが、最高の笑顔で返してくれます。)夫は仕事を変えることがしょっちゅうあって、まあ、それはいいのですが、仕事に就いていない日に、わたしが長い時間をかけて子供を寝かしつけている間に、夫が何もせずにテレビを見ていたりすると、カチンと来てしまいます。それで喧嘩になるのが問題です。それに、お義母さんは、週に一度、息子である夫に会わずにはいられません。夫の誕生日にもお祝いが繰り返しありましたし、訪問の度に、食料品や家庭用品を大量に持って来てくれるのが負担です。香咲先生が言ってくださったように、一生のことだと思ってイライラしないでいたいと思います。 ・夫は、手伝ってくれるのですが、おもちゃの片付け方も違いますし、分娩の時もワインを飲んでいました。感覚が違うので喧嘩が絶えません。子育てにおいて、どのようにバランスをとれば良いでしょうか。・出産後、こちらは3日で退院しますが、夫は喜びのあまり、揺れが強くクッションのないジープで迎えに来て、私は痛い思いをしましたし、家に着くとすぐに、お祝いにお酒を飲もうと言いました。家事にしても、初めは、どうしてやってくれないの、という気持ちからでしたし、無理やりの時もありましたが、それでも、できないから手伝ってと少しづつお願いしてきて、今は、洗濯物を畳むのは素晴らしく上手ですし、掃除も料理も楽しそうにしています。

 

(永保子)今、お話してくださったように、そのつど、お願いしていくことだと思います。夫がお父さんになっていく途中で、家事や子育てのことがわからないのであれば、特に、子供が生まれたての時、お母さんは神経が逆立つようなところがありますが、お願いして、一緒にやって、少しでもやってくれたことに感謝して、待つ。そうして、お互いをお父さんとお母さんにしていくしかないと思います。

 

(香咲先生)E子さんが、夫はお母さんになった自分を、また恋人時代の自分として見ていて、しばらくしてようやく父親になってくれたと話されていたことがありましたね。でも、なによりも、夫や男の人が気がつかないというより、奥さんが夫を締め出しているのじゃないでしょうか。夫にかまっている暇はない、と奥様が思っていて、「手伝ってよ」「もっと上手くやってよ」「役に立たないわね!」と、どんどんエスカレートしていきます。(ここで、お母さんたちが、深く頷いている最中、ほっぺを噛まれたお子さんが泣いて、すぐにみなさんでお子さんたちのグラウンディングのラインをイメージします。)あなたのここが役立たず、と思うと、とめどがなくなりますね。役に立たないところがいくらでも出てきます。収入の面においても、おもちゃの片付けにおいても、やることなすこと気に食わないわけですね。そして、この息子を育てたあのお義母さんも、となるわけです。それで傷ついているのは自分です。全てのお母さんは、夫のご家族と出会って、お子さんを大事に育てていくと受け入れた限りは、どうしたって愛して受け入れていかなくてはならないのですね。愛して受け入れるというのはどういうことかというと、相手が変わってくれることを期待しないで、自分の気持ちを変えること。全てのお母さんは、観音菩薩になるしかないのですよ。女神、または観音菩薩になるには、「わたしはどうなの?わたしの努力はどうなの?わたしのキャリアはどうなの?」というのを一切、捨てなければなりません。でも、それをやってみると、観音菩薩になること、そうなることだけが、自分を成長させることになるし、そうなることだけを、自分は望んでいたんだなということがわかってきますよ。そのために、ご主人に助けてもらって、応援してもらってください。「ごめんなさい、わたしはまだ怒ってしまうし、イライラしてしまうけれど、助けてね。」と、お願いしてください。そうすることで、ご主人も、女神にふさわしい「男」になっていくのでは。「わたしは大丈夫なのに、あなたが悪い」というのではなくて、「わたしは足りないけれど、でもこうしたいの」というのを自分で受け止めて、助けが要ることを正直に認めて表現できるようにしたいですね。とても基本的なことですが、それしかありません。結局そこにたどり着くのです。おばあちゃんになってたどり着いてもいいですけれども、今、たどり着くこともできます。

 

・人を、自分の思い込みで閉じ込めてしまうのは、やっても仕方がないと思いました。クラスの最初に、お母さんたちを見て、落ち着いていて輝いているな、と感じたことを、私も見続けることだと思いました。

 

(香咲先生)「わたしはどうなの?」というのは、お母さんになる前のことであって、お母さんになったら、みなさんが、メトロポリタンミュージアムのマリア像になったつもりでいてください。そのように心を決めると、揺れることはあっても、戻るところがわかりますし、それが周りの人を成長させる、唯一の方法です。・私が働いて夫が家事と子育てをしていた数年間、休日になると、わたしは家事もきちっとしなくてはといら立って、あてつけのようにしていました。夫は、私が怒るのであれば、食事は外に行き、掃除もほどほどに、家族が気持ちよく過ごすことを優先しようと言ってくれました。今は、立場が逆転して、わたしが主婦業をしていますが、夫は、女性が家事をやるものとは全く思っていないので、家事について何も要求しません。夫が、わたしの思い込みや決め付けを開放して、楽にすればいいんだということを教えてくれて救われました。

 

(志保)自分が、家事も子育てもきちんとしなくてはと決めているんですね。だから、赤ちゃんを、ご主人に10分でも、お義母さんにも全面的にお願いして、感謝の言葉を伝えていくといいですね。お義母さんも、お嫁さんに受け入れてもらいたいのだと思うので、素直な感謝の言葉を伝えていけば、周りの方も、素直に答えてくださると思います。

 

(香咲先生)お義母さんにお電話をして、明日いらっしゃいませんか?○○が欲しいんです。とお伝えしたらどうですか。(笑)お義母さま、きっと変わられますよ。最後に、今日の感想をお聞きしました。

 

(志保)今日も、お母さん方が入ってこられた時に、お疲れだと思いますが、本当に輝いていらっしゃるなあと思いました。子供さんと一緒に、そのエネルギーを味わっているという美しさを感じました。

 

@目の前の事を見た時に、必ず「これをどうしよう」と考えますが、自分の心を戻そうと思うと、「どうしよう」が違って見えてきます。夫から、今日の子供の行事に来れないと聞いて、心が揺れましたが、終わって夫に連絡した時、私が喜ぶと、夫も喜んでくれるのだとわかりました。

 

@二回目ですが、皆さんのいろいろなお話を聞けて、自分の思いもここに出せて良かったです。夫のせいで自分の可能性が狭まっていると思っていましたが、そうではないとわかって、とても楽になりました。

 

@子育ての話から、家族とのやり取りまでお聞きして、自分の駄目なところを日ごろ鬱々と思ったりしますが、こっちが気持ちがいいよというのを教えてもらって、わたしもそういう瞬間があったなあ、そちらの方でやっていこうと、またあらためて思いました。@初めて参加しましたが、こんな風に、何を言ってもいいという場があって嬉しいです。出産前に、私はこれでやっていけると思っていましたが、出産してみると全く違う世界で、思い込みや決めつけが出てきているんだなと再確認して、気づいていけたらいいなと思いました。

 

@じゃない会で、いつも引き上げてもらうというか、押してもらうというか、とても感謝しています。

 

@ふらふらしていた気持ちが元に戻りました。考え込ますに、素直に気持ちを見つめていると、行き過ぎずに、元に戻れるんだなと思いました。○○さんが、素直に何でも話してくれるのが嬉しいなあと思いました。

 

@この中で、知らぬ間に息子が最年長になっていたのに驚いたのと、よちよち歩きの赤ちゃんの悩みを聞いて、すでに懐かしさを感じている私がいました。先月のお話の「心の泉」と、今日の「女神」のお話を今年のテーマにして、夫にも子供にも接していくことで、穏やかに過ごしたいと、心に留めています。

 

@ご縁があって参加できてありがとうございます。今日は気づいただけで、まだ何かをやっていくと言う段階ではないのですが、これからもよろしくお願いいたします。@皆さんのお話がとても良くて、○○さんのお話がとても説得力がありました。みなさんの経験をシェアしていただけて、思い出させてもらったり、知らないことを教わったりしました。△△さんのことは、とても好きなダンサーさんですが、いつの間にかお母さんになっていて、子供の月例も近いと知って、とても親近感が沸きました。

 

@観音菩薩ということを忘れないようにしたいと思います。さきほど、子供が噛まれた時に、わたしが、涙まで出て来ました。でも、子供は傷ついていないんですよね。そのことを心に留めていたいと思います。

 

(香咲先生)意地悪を言ってしまう観音菩薩なんていないわね、と思わないで、思いが出てしまったり、吐き出しても構わないけれど、それを受け止めてくれる相手に、ありがとうという気持ちを持ちましょうね。自分自身、言っているそばから、言わなくていいことを言っていると、わかっている、ということが多々あるでしょう。そのとき、「言わせてね、それを聞いてくれてありがとう。受けてくれてありがとう。」そのありがとうという気持ちを、思い出すことですね。この会は、子育ての会ですが、両親や祖父母など、普通は自分より先に天国に行く方たちに対して後悔することがあるとすれば、もっとちゃんと感謝の気持ちを伝えたかったということに尽きるのではないでしょうか。「いろいろあったけれど、ありがとう。」というのを、誰に対しても伝えたいのがわたしたちです。感謝の気持ちを、ご主人にも、お義母さんにも、お子さんにも、伝えられるといいですね。最後に短い誘導瞑想をして、終了しました。

 

誘導瞑想(志保) グラウンディングのラインをイメージして、地球の中心にしっかりと繋がります。お子さんにもラインをイメージします。お子さんがむずかる時、泣き止まない時にもラインをイメージします。様々な思いを、ラインに沿って、全て落とします。

 

涙と笑い一杯の2時間でした。みなさま、ありがとうございました。今夜は大雪ですが、暖かくしてお過ごしください。寒さの緩む、来月、3月7日(木)に、またお目にかかれますよう、ご参加をお待ちしております。 

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