目黒レポート 小泉晴美 渡邉美智恵

2/28/2013

前回もご参加くださった方も含めて、7名で「じゃない会」がスタートしました。

 

瞑想のあと、各々の自己紹介とお話から、今回は、子どものケンカが主題となっていきました。「ケンカは良くない!仲良くすることがいいこと、戦いはよくない!」と言いながらそれらと戦っている自分の心に気づき、イライラする自分の心や子どもの心に向き合いながら、「やっぱり、ちゃんと平和を選んでいる私たち」を目撃しあいました。

 

瞑想

 

今回は、ハローのご挨拶を送る瞑想をしました。

 

グラウンディングをして、お子さん、パートナーの方、両親、友達、何か葛藤のある方に、ご自分の前におこしいただいて、同じようにグラウンディングラインを通していきます。そのグラウンディングラインに、光の粒子が燦々と流れ込み、身体いっぱいに満たされていくのを感じます。身体いっぱいに満たされた光は、ご自分の身体をすっぽり包み込む球体となって広がり、目の前におこしいただいた方、今、この部屋でお隣に座っている方、お互いを包み込んで、お部屋にもいっぱいに広がります。

 

その状態で、目に前にいらした方に「ハロー」とご挨拶をします。お返事をいただく必要はなく、ご挨拶だけ送ります。そして、光は、愛、調和、平安、喜び、そのものなので、私たちは見守られ、助けられ、愛されています。違いを見ず、平和であり、お互いに奇跡をさしだし、受け取り、分かち合うことができます。その感覚を味わってから、大きく広がった光の球体を小さく胸に収めて、グラウンディングラインに意識を戻して、ゆっくりと瞑想からでました。

 

*自己紹介

 

Aさん

 

(前回の「じゃない会」で、発達がゆっくりで学校に馴染めず、「学校に行きたくない」と漏らすお子さんがちょっと気になる・・とシェアしてくださいました。)

 

前回、「じゃない会」に参加して、いろんな方のお話と、晴美さんの「どちらでもいいのよね」という一言が気づきになって、子どもが学校に行きたくないと言っても落ち着いて動揺せずに対応する経験ができた。こういうことを繰り返していくことが大事なんだなと思って、2回目に参加させていただきました。

 

子どもが「学校に行きたくない」と言うことや発達の心配ごととかを、とにかく完璧にうまくやりこなそう、どうやればうまく乗り越えられるかと頭で考えすぎていて、見える現況をうまくきれいに完璧にしたいと頑張っていた。

 

でもよく考えたらそんなことはどちらでもよくって、目の前に居る子どもに対してどう接していくかということのほうが大事。頭で考えすぎていた自分に気づき、肩の荷が下りて落ち着いた。それで最近わかったことがある。子どもが学校に行きたくないと言っているときは、時間割の長いときや疲れているときだということ。でも帰ってくると「楽しかった」と帰ってくるので、あぁ、やっぱり自分の問題なんだな、とすごく腑に落ちた気がしたので、これからもいろいろなことを、そうやって乗り越えていけたらいいな、と思う。

 

Bさん

 

小学1年と3年の男の子がいます。

 

子育ては悩みが尽きず、エゴをすごく見ちゃうし、エゴを手放せない、コントロールできないことが多かったりして、どうしたらいいんろう・・と思うとき、こういう場があると、参加して、シェアして、皆の話を聞くとホッとしたり、そうだな・・と思うような気づきがあって参加したいという思いできました。

 

Cさん

 

前回も参加しました(男性の方です)

 

母親の気持ちというのを皆さんがシェアしてくださることで自分もそれを感じて、何かそれで、いろんな思いというのを統合していければいいな、と思って参加させていただきました。

 

Dさん

 

前回も話したけど(男性の治療師さんです)夫婦とか子どもとか、家族の悩みなどが積もって体にでることもある。皆さんの話を聞いて、自分の治療に生かせればいいかな、と思っています。

 

Tさん

 

小学1年双子の男の子、4歳の男の子、お腹に4人目がいます。仕事をやりながら子育てやって、という感じで日常を過ごし、埼玉の久喜での「じゃない会」では、やりながら自分が学んでます。
 

Bさん

 

男の子二人で、ケンカがすごくて・・。わかっているんだけど、つい怒っちゃう。それも罪悪感を与えるような怒り方とかして反省してます。「これは幻想、本当の彼らは違う」と、慰めるようなかたちで自分の心を正す、戻す、ということをやっているのですが・・。自分の心が荒れてるから、そうなってんのかな・・って思う。

 

兄弟仲はいいのに、仲がよすぎるからケンカするのか、本気モードで部屋を追い掛け回して物が落ちて壊れたりする。

 

自分の心が落ち着いているとき、余裕があるときは放っておけることもあるけど、時間がないとき、出かける間際などは、私の怒りをどう手放そう・・と、手放すことをすごく難しく感じたりすると攻撃しちゃう。それが一番困っていて、そんなときに、自分の心を平和にさせるいい方法はないかな・・と思っています。私は光を見ることができないんじゃないか、イライラがどうしても強くなっちゃって、子どもたちに対してはホントに手強いというか、無理なんじゃないか、そこだけはクリアできないんじゃないか、と、ACIMをやっていてもそこがすごくひっかかる。

 

晴美

 

「時間がない」と焦ったりしていると、逆に自分で仕事を増やしてしまったりすることがあって悪循環なことが多くなることありますよね。だからその思い込みを手放すことを、私も意識的にやっています。以前、香咲さんから伝えていてだいたことがあります。「やることが多すぎて、時間がないという私の思い込みを手放すことを助けてください」そして「時間はたっぷりある」ということをマントラにしているといいわよ。と教えていただきました。自分の心が正されるし、自分の心の静けさを思い出すのが早くなります。

 

Tさん

 

男の子3人の兄弟ゲンカは、以前は頻繁にあって、それに対してイライラしたり、ケンカをやめさせようと攻撃してしまう自分もあったけど、今はケンカが少なくなってきた。

 

なんでか・・と考えると、さっきの瞑想でやった光のラインを子どもに落としているからかも。朝から落として、自分も光で包んでもらっている。

 

ケンカするのがいけないこと、騒がしくするのがいけないこと、って思っているから、だから相手はやって見せてくれますよね。ケンカっていうのはお互いの思いがあって、それがぶつかるわけだから。言葉がまだうまく使いこなせない分、たまたま持っていた物を投げたら、それがテレビに当たってしまって、液晶画面が虹色になったりして(笑)

 

この子は怒りのコントロールがまだできないんだな・・と、イライラする自分をまずやめて、常に向き合っていたら、随分減ってきたかな。
 

 

Aさん

 

向き合うとは?
 

 

Tさん

 

心で話をする。お互いの言い分を、一個一個聞くということ、二人はケンカしている、私は何が嫌なんだ、ということにすごく向き合いました。

 

子どもは、自分達はなんで争っているんだ?争いは嫌だ、平和でいたい、ということを朝晩やっていた。

 

ケンカはいけない、平和はいいもの、穏やかでいたい、と思うけれども、たまにはぶち切れることだってあるし、「あ~、またやっちゃった」って、その自分すらも許せるようになって穏やかでいれる方が多くなった。子どもたちに向き合うことを面倒くさがらなくなった自分もいて。一日のことは一日で終わりにする、ということが最近の私のテーマでもあって、お風呂や、布団の中で向き合う。最近、子どもであっても仕事であっても、結局見ている世界は全部一緒なんだな・・、彼らが問題を起こしているわけじゃない、というのがいろいろやってきてわかったこと。「一日一掃」がいい。じつは常に平和なんだから、練習だと思う。深刻にならなくていいと思いますね。変わっていくから大丈夫です。あとはイライラする自分を責めない。ダメだと思わない。常にホーリースピリットと繫がっていれば大丈夫かな。

 

Bさん

 

ありがとうございました。すごい参考になりました。そのことを考えるとどんよりしてたんで、明るい未来が・・(笑)
 

 

美智恵

 

今お話してくれた「私は光を見れない」というエゴの部分を、ホーリースピリットに渡して、持って行ってもらって、スピリットだけの部分だけで感じていくと、実は、Aさんは怒ってないし、子どもたちを許している、そういう穏やかさを感じられると思う。相手や自分を責めたり、許せなくても、スピリットは許している、ということを思い出していくといいかも。

 

罪悪感を与える叱り方というのは、私もよくやってしまいますね(笑)

 

反省してほしいという思いが出てしまって、悪いところをあげつらって、引っこ抜いてあげてるつもりでいるけど、でもそれって、なんの役にも立たない。

 

去年11月のセミナーで、「人に敬意を払うため」にお願いする、というお話がありましたよね。「皆が気持ちよく居るために、部屋は散らかしたら片付けてね。静かにしてね。」とか、お願いするようにできたらいいですよね。
 

 

Cさん

 

自分の問題として母親が捉えてくれたら、子どもはすごく安心するのかな・・と思います。問題の一つ一つに焦点を当てて、それをどうしよう・・とすると、子どもとの信頼関係よりも不安が出てしまうので、そのへんのところを、違ったところから向き合っていったらいいんじゃないかな。
 

 

晴美

子どもとコミュニケーションを取っているつもりで注意をしていたら、子どもに「ママ、何か面白くないことでもあった?」とハッキリ言われ(笑)勝ち負けではないんだけれども、子どもはいっぱい、いろんなこと見せてくれますよね。

 

 

Dさん

 

母親って、コミュニケーションとりたいんですよね。引いちゃうくらいすごい怒り方してるけど。息子は僕の前だと素直だけど、奥さんの前では反抗的。奥さんは、男から見れば細かいことを言うし、「今こんなこと、言わなくてもいいよね」と思う場面がある。

 

息子がうっかりしている事を、その都度注意していくのは仕方ないけど、言われてる方にしてみれば「もうわかったから!」ってなる。ため息をつく息子に「何今のっ!」って突っ込むけど「お母さんだってため息つくことあるでしょ」と。すると「立場が違う、私は親で、あんたは子どもよ」となる。

 

男の子にもホルモンバランスがあってそれが崩れるときがある。大人へと変化する過程で妙にイライラする。その発散が一つの取っ組み合いだったりするけど、動物もそうで、じゃれ合っている中でいろいろ学ぶ。やり方、学び方、というのはいろいろある、と説明する。けど、子どもからしたら、反抗期だとかそんなのは関係ないんですよ。「同じ人」として見てる。それを、上からやっちゃうと子どもも素直になれない、余計に反発しますよね。それで奥さんはまた悩む。母親のイライラですれ違うことがあって、息子は辛い思いはしながらも母親を受け入れてる。そういう意味では、子どものほうが大人です。

 

僕が今意識しているのは、「今、解決しよう」と思わないこと。子どもなりにちゃんと考えているんでミスしたっていいじゃないですか。時間はたっぷりあるんですよ。

 

Aさん

 

うちは一人っ子。兄弟ゲンカは無いけど、そのかわり、一人の仲良しのお友達とすごいケンカをしてひどいことを言ってしまう。

 

「もうあなたとは遊べない、親友をやめる!」などと言うので「それはおかしい」と伝えるけどカーッとなっていて伝わらない。落ち着くと反省して、電話で友達に謝るということを、もう何万回もやっている。口に出す前に考えるように、お友達がいなくなるよ、と話すけど、結局やってしまう。ケンカや争いごとはよくないという思いから、いつも止めに入ってたけど、それは自分の思い込みで、子どもたちが見せてくれてたんだなってことに今気づいた。相手やお友達に敬意を払いましょう、というのは、子どもにわかりやすく教えるには、どう伝えるか難しいですよね。どういうふうに伝えていますか?

 

 

美智恵

 

そう、難しいですよね。

 

うちは娘二人なので、取っ組み合いではなく、言葉の罵り合いがひどいです。傍で聞いている私の胸が痛くなるほど、キツイ言葉が出ます。敬意ということではないかもしれないけど、言葉は相手の心に残ること、自分の言葉で相手がどう思うかということを感じるように、逆に、相手にぶつけられた言葉に対しても、相手が何を思って言ってしまった言葉なのかを考える、それをどう変換して、感謝して自分のものにするかを考えてみて・・と投げかけたりしてますね。

 

私はすぐに結果を見たくなるので、返事ばかりで出来てないところを見ると「またやってる!」ってなりますが、そこは先ほどから皆さんが言うように、焦らず信頼して繰り返し・・ですね。

 



 

 

晴美

 

ケンカができる相手がいるってことがいいですよね。

 

Aさん

 

でも心配なのが、相手は「嫌だな」って思って離れて行っちゃうんじゃないかと、親からしたら思う。せっかくの友達がいなくなっちゃう。去られちゃう、と思っちゃう。

 

晴美

 

でも、やっぱり、そこをゆっくりとママがサポートしてコミュニケーションをとって行くのが先かな。娘が入園して間もなく、男勝りな女の子にちょっかいをだされて、うちの子がやり返した。先生はそのありのままの出来事を両方の家に同じお手紙を書いて渡してくれた。それを見て「え?この子があの子とケンカができるんだ」この子はお友達とセパレートしないでコミュニケーションをとれて、ちゃんと向き合ったんだと嬉しかった。「うちの子は積極的なタイプじゃない」と、私が思っていることを覆してくれたので「やる~!でかした!」かも・・と嬉しかった(笑)○○ちゃんも、そういうお友達がいるんだと思ったらすごく嬉しい。

 

美智恵

 

コミュニケーションのひとつですよね。ケンカも。○○ちゃんは正直だけど、気持ちの出し方が不器用なだけであって・・。

 

私は悲しい、怒っている、という感情は出してもいいけど、私たちは傷つく存在じゃないよね、ってことを教えてあげられたらいいですよね。

 

でもその言葉の思いはどこから?と発信元はやっぱり愛の部分からだから。

 

Aさん

 

そう、だからその子と仲良くしたいのにうまく言えない。ケンカのあと風船バレーで遊ばせたら、「私は仲良くしたいのよ~っ!!」「私だって~っ!!」と風船を投げ合っていて、大丈夫なの!?この子たち!!と(笑)

 

一同

 

面白~い(笑)

 

晴美

 

ケンカは相手をある意味信頼しているからできる。

 

どうしても、私たちは強さを見れないんですよね。弱さを見ちゃう。子どもだから守りたいと思っちゃうのよね。

 

美智恵

 

風船と一緒に素直な気持ちを出せたんですね。

 

ACIMの「正直さ」これが最近の私のテーマなのだけど、ガイドブック5を読んでみますね。「どんな状況下でも、たとえ心の中だけでも、要求もしない期待もしない。責めないし裁かない。主張しないし隠さない。なぜなら、わたしを脅かすものはどこにもないのだということを、在るのは神だけなのだということを忘れてないから」このような視線で誰かを見たら、そこには信頼があるし、子どもにはこういうことを教えていきたいなと、私は思っています。

 

晴美

 

最近、子どもとのコミュニケーションがなんだか楽しくて。子どもに「ママ、怒ってるかもしれないけど、全然恐くないよ。ママは私と漫才がやりたいんでしょ」と言われる。子どもは、ありのままを受け取ってくれていると思って、私はまた投げかける。それが楽しい。外ではしないような言動も。みんな引いちゃいますからね~(笑)

 

ひどい態度をとったとしても、「ママ大好き」という気持ちを表してくれて、本当にありがたい。

 

Cさん

 

ケンカして、より仲良くなる、というのは経験のひとつ。すごくいい友達が去ってしまってもそれはそれでいいんじゃないかな。大人、親から見れば勿体無いなと思うのはいっぱいあるけど、その経験をさせないように安全なほうに、親が無理やり違うほうへ行こうっていうのも、無理があるのかな・・って思いました。

 

Tさん

 

全て幻想って思うようになってからあまり気にならなくなった。

 

今までの帝王切開の痛みすらも幻想で、今回の妊娠でいろいろなものを手放した。

 

私も妹も好き放題やってきたけど、それでもうちの母親は信頼してくれた。周りが自分達のことを非難しても、母親だけはずっと味方だったから、友達よりも信頼関係があって、なんでも話した。だから私も子どもが何をしようとなんとも思わない。教えることはあるけど、子どもに指図する前に私はACIMを生きようと思うだけかな。最近、エゴが虫歯菌のように飴を持ってアニメ化してる(笑)
 

智恵

 

そうなるとエゴも可愛く愛しい、「おかげさまで」って気持ちになって戦わないで済みますね。帝王切開の痛みも幻想だった・・と、記憶が癒されていくと、肉体的な痛みを恐がらなくなりますよね。

 

Tさん

 

そうそう、結局今の思いって過去の経験したことがふっと出てくるわけで。永保子さんが「子どもを生むたびに手放してる」って言ってたのが「あぁ、こういうことだな・・」って。

 

晴美

 

私、子どもを信頼していると思っていたのに、実は期待だったってことがよくある。

 

高校受験の娘が、家で受験生らしく計画的に頑張って勉強している。「よしよし、頑張っているな~」と思った翌日、携帯いじって、漫画読んで、TV観て、制服のまま寝ていると「信じられない!受験生でしょ!」と言ってしまう。大どんでん返し!って感じ。受験生になってからも増えていく漫画を整理してあげるけど、次から次へと買ってきて、整理した私がバカみたいと思ってみたり。あるときは、勉強しているかと思えば絵を描いていて、よく見たら、香咲さんが描くエゴとスピリットの絵だったりして、私が「ごめんなさい」って気にさせられました(笑)

 

子どもとお風呂に入ってたときに、「友達と仲がいいのにケンカもするし、思っていることを言えない」そんな葛藤を話してくれたことがあって、「それは本当じゃないのよ」「真実はここよ」って鏡に書いて話したのを受け取ってくれていたのよね。とっても嬉しかったです。

Tさん

 

勉強よりもそこの部分を知ってるのは幸せ。100点取るより、そこをちゃんと分かってくれてるって。

 

子どもが小さいからわからないだろうということはまったくなくて、「常に心だから」というのを私も教えている。神様がいること、見ていること、でも神様はなにもしない、常に心を見ようねと。心で感じることを、やっぱりお風呂で教えている(笑)

 

どこの高校行こうが行くまいが、どんな人生歩もうが、実は決まっているんじゃないかしら。親はいい学校、安心したいと思うけど、決まってるんだと思うと、自分の心を見せてもらっているだけで、面白いなって。

 

 

晴美

 

その通り!「手放しなさいね」って教えてくれているのよね。

 

子どもはスピリットそのものよね。

 

高校受験の学校見学で私が気に入ったと思える学校があったのだけれど、子どもは、案内してくれた先生が気に入らないから嫌だと言っていた。「あなた、そこで選ぶの?」と思ったけれど、ただ言いたいだけなんだなと、直ぐに気づいた。結局、いくつも見た学校の中で最終的に収まったのが印象の悪かったその学校だった。娘は、面接で志望動機を聞かれたら「インスピレーションで選んだからうまく言えない」と言っていた。私もインスピレーションだから、理屈じゃないのよね。子どもに信頼して任せていればいい。

 

Tさん

親がいろいろレールを敷いている家の子は、大人になって選択の仕方がわからなくて苦労している子が、私の周りには多い。ニートが多いのもそのためかなと思う。レールにちょこんと乗っかっていればいいから、ある意味幸せかもしれないけどね。
 

 

美智恵

 

選択って大事だと私も思う。

 

うちも受験に関してはエピソードがあって、志望校を二つとも落ちて、滑り止めで受けた学校に通っているのだけど、志望校は、合格したらちょっと鼻が高いぞっていうレベルの学校だったけど、滑り止めの学校見学に行ったときに、妙にホッとして学校全体の温かさを親子ともに感じた。娘は「でも私はここじゃない」と言ってた。不本意だけどその学校に通うことになった今、素晴らしい出会いと環境に恵まれて、ものすごく楽しく自分を発揮している。

 

選択範囲が広がると、子どもにとって迷いも出たりするけど、周りの価値観に押されずに、インスピレーションや心で感じることから選び取っていくということも、私も子どもと一緒にしていきたいし、選択するってどういうことかを学んでいきたいな・・って思いますね。
 

 

晴美

 

子どもが助けを求めることもあるわけよね。「ママはどう思う?」ってそれは、わたしたちは自分の訂正で、もしかしたら、ホーリースピリットの声なのかなって思うのよね。

 

何か伝えたいと感じたときは、自分の伝えたいをジャッジしないで伝えてってあげればいいと思う。聞いてくれる時、求めてくれるときに答えていってあげればいいのよね。

 

Dさん

 

娘は習っているバレエを続けるためだけで、スタジオから近い学校を選んで中学受験をした。中2の頃なんとなく様子がおかしいことに気づいたけれど、娘が「お父さんに言わないで」と口止めしていたから、奥さんも何も言わなかったが、普段仕事中には電話のない奥さんから突然「学校を辞めさせる、公立に行かせる手続きしている」と電話があった。

 

娘が学校の雰囲気がなじめない、非常に強いいじめっ子がいいて、親ばかかもしれないけど、一通りなんでもこなせる娘が、一生懸命がんばってもできない気の強い子を中心に、無視されていたことを、あとから知った。

 

何が言いたいかというと、一生懸命受験して入った学校を辞めるってのも、本人の選択で覚悟があって、中3から公立に行くことに、大丈夫か心配になるけど、娘なりに考えがあったから、「じゃ、大丈夫だね」ってなって、結局は今すごい中学生ライフをエンジョイしてる。結局、行くところに決まってるんですよ。

 

その過程を、こっちが落ち着いて見られるかですよね。

 

受験も落ちたら落ちたで、そこに行くべきじゃなかった。難しいけど、安心すること。

 

Aさん

 

最近は、安心すること、っていうのはわかるんだけど、そこに持っていこうとする自分がいる。「安心したらいい結果になるんだから」と結果を目的としちゃいけないじゃないですか。無事にしたいから、安心しようみたいな。逆になっちゃってる自分が見える。私こういうふうにしたいから、こういう心の状態に持っていけばこうなるから、こういうふうにしようとしている心の状態なんかも見える。それすらも手放さないといけないのかな。
 

 

晴美

 

でもそれでいいのよね。安心のほうに行きたいわけだし。

 

Aさん

 

正直に「そっちに行きたい」でいいんですよね。
 

 

美智恵

 

それだって選択のひとつで、安心、平和、穏やかさを選んでいい。愛か恐れか。
 

 

Tさん

 

そうですよね。攻撃か平和か・・だったら私は穏やかなほうがいいな・・って、常にそういう選択って大事。だってちょっと間違えれば、自分は鎧兜を着て立ってる(笑)
 

 

晴美

 

気が付いたら私たちは不安や焦りに居るほうが多い。ちょっと心配してみたりとか怒ったりリ悲しくなったり、ただ、そこに気づいたら、イヤイヤこっちに行きたいんです。ってことよね。

 

美智恵

 

自分の思ったことが結果として現れるのがわかっているなら、常に愛を選択していく、愛しかないということを選んでいくっていうだけでオッケーだと思いますけどね。

 



 

 

晴美

 

自分のその葛藤とか、いろいろな思いに気づいたら、「手放します」って言う、思い出すを繰り返しゆっくりやっていけばいい。

 



 

 

たつえ

 

結果や目的を求めちゃうと、間違ってきちゃうから、ゆっくりでいいかなって。

 

私はやじろべぇみたいみたいに、あっち行って、こっち行ってってやっていて、エゴに囚われる自分もいるけどまた戻ればいいかな。で、行っちゃた自分を、「あぁ、行っちゃったんだ・・」って見れたらそれで素敵かな。

 

参加された感想
 

 

ACIMをやっているのにコントロールしようとしている。信頼をしないで変えようとしているのに気づいた。自分は親で偉いんだっていうような立ち位置にいたかもしれないけど、対等でたほうが穏やかに家族が一つにまとまっていく、そういう感じなのかなと思った。自信がなかったけど、たつえさんのゆるい感じがいいというか、どうしても一人になると深刻になっちゃったりとかして、ゆるくていいんだとも思えてよかった。
 

 

深刻になってるかなってないかで、自分の心ってわかるのかな。深刻になってるときって、多分エゴのほういに行ってる。楽しんで見てるときって、何をやっててもちゃんとしたとこに居ると思うんで、それは全て、他のことにも生かしていければな・・って気がしています。
 

 

仕事、夫婦、親子、自分なりの期待だったりとか思いがあるけど、その通り、計算どおりにいかない、それは当たり前でその間の過程を見れるか、その奥にはちゃんといいように、幸せになるようにできているんだな、というの今すごく感じてる。冷静に見れるようになった。
 

 

結果を急がないってこと、皆さんの宝石のような言葉の数々を胸に、また一ヶ月頑張りたい。

 

もともと、そんなにいろいろ考えたり、深刻になるタイプではなかったけど、ACIMを始めてから、逆にいろいろ考えるようになっちゃたかな・・ってとこがあって、そんな自分がきつく感じることもあったので、私もゆるさをプラスしていきたい。

 

 

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