CRSレポート 鎌田志保 小野永保子

3/7/2013

今回は、3歳以下のお子さんをお持ちのお母さん(そのうちのお一人は、生後7週間の赤ちゃんとご一緒です)と、7歳以上のお子さんをお持ちのお母さんがお集り下さいました。

 

永保子さんの誘導瞑想でリラックスして頂きます。

 

全身の力を抜きます。普段、表情を作っている顔の筋肉や、口の中の力も抜きます。心の目で、はるか頭上から降りてくるラインが、背骨を通って尾てい骨から地球の中心にしっかりと繋がっているのを見ます。心の目は、ラインだけを見るのではなく、ラインを中心に360度全体をふんわりと眺めます。このラインを思い出すことによって、私たちは、常に適材適所にいることがわかります。(以下省略)

 

司会(志保)

 

自己紹介を兼ねて瞑想の感想と、近況等をシェアして頂きました。

 

(Aさん)

 

9歳の男の子がいます。夫が私の心ない言葉ですぐ具合が悪くなってしまって、それを見たとき、自分の心が脱線しているのを感じて、戻そう、戻ろうとすると、夫の具合が良くなります。

 

人と自分に違いはないと頭ではわかっているつもりでしたが、瞑想の時に、光の球体から、自分を閉め出そうとしている様にも思えたのですが、本当は居心地の良い所にいたいし、そこに居るんだという事が確認できました。パイプに貼られた紙が落ちていくという誘導に任せてみたら、ふわっとして、お風呂上りのような気持ちのよい感覚が、体に広がりました。

 

(Bさん)

 

7歳の女の子がいます。今、色んな事で、一杯になっていたので、瞑想でクリアーになって、ラインに繋がって落とす事ができたので良かったです。

 

(Cさん)

 

23歳の息子と21歳の娘がいます。自分を理解するのに、子供を見る事はとても貴重で、じゃない会に参加すると自分のコアー(心)を見せられる様な感じがします。若いお母さん達のエネルギーを頂くと共に、自分が子育てで習った事を、身近に感じて向き合いたいと思いました。

 

(Dさん)

 

2歳7ヶ月の男の子がいます。いつも、グラウンディングのラインに沿って、思いが落ちていくというのが浮かんでこなかったのですが、この1ヶ月、色々あったり、考えることもあって、瞑想中、初めて、滝が流れる様な感覚があって、スッキリしました。

 

(Eさん)

 

生後7週間の男の子と参加しました。瞑想が新鮮でした。子供が生まれてからベイビーブルーになっていたので、子供とベイビーヨガを始めたり、最近は外に出られる様になって、気持ちがだいぶ良くなってきました。

 

(Fさん)

 

1歳9か月の女の子がいます。仕事も忙しく、子供の事が心配で頭が一杯になっていたので、少しでも瞑想できて良かったです。

 

(志保)

 

小さいお子さんがいらっしゃると、なかなか瞑想する時間もとれないと思います。深い呼吸を意識して、2~3分ゆっくり呼吸してみるだけでもいいですね。お子さんが泣き止まなかったり、ぐずる時はまずお母さんが落ち着く事ですね。先ほどやったラインを思い出して、自分とお子さんにイメージすることをやってみて下さい。

 

 

(Dさん)

 

この1ヶ月では、昼間のおむつがとれた事が嬉しい事です。トレーニングを始める勇気がなくて、始めたら面倒くさいという思いもあって、先延ばしにしていたのですが、友達の子供が始めたのをきっかけに、「パンツをはく?」と聞いたら、「はく!」と言ってきたので始めました。本人は準備ができていて、私の心の準備ができてなかったのだと思いました。覚悟をしていたのが、あまりにもあっさりと出来たのでびっくりでした。

 

今までは全くなかったのですが、最近、毎日一回、10分ほど、ギャーッとわめくことがあって、慣れていない私は、どうしたらいいかわからず、一緒になってわーっとやってしまい、あとでそのことに気がつきます。反省してはまたやるという繰り返しです。

 

寝る前やお風呂に入る前の事が多いのですが、私が時間を気にしてやっていると、子供は子供のこだわりがあって、言う事を聞いてくれません。私としては、何とか時間内に納めないと、という思いや、そこまでこだわらなくても一緒でしょうという思いが出てしまって、喧嘩になってしまいます。子供がやりたい様にやらせた方が、時間的にも短くて、丸く収まる様に思います。

 

 

 

(永保子)

お母さんの考えと子供の考えがぶつかるので、子供の思い通りにさせた方が、時間的に早くすむということですが、私の思い通りにするとか、相手の思い通りにさせるというのは、ほんとうのコミュニケーションには、なっていないのではないでしょうか。目的達成までの時間を短くする為に、どっちの思い通りにした方が有効かという、そこを見ていますね。お子さんは、まだ言葉数は少ないけれど、僕はこうしてみたいとか、こういうふうに感じていると表現して、伝えてくれていると思うので、お子さんが伝えている思いに、心を使って関心を寄せていると、お願いすることで伝わったり、ダメなことはダメと、迷いのない毅然としたものも、自然と伝わるのではないでしょうか。

 

(Bさん)

 

うちもまだ7歳ですが、今も同じ事で毎日喧嘩をします。

子供の思い通りにすることをやっていると、余裕のある時は出来ますが、余裕がないと、いつも子供の言う事ばかり何で私が聞かなきゃいけないの、となってしまいます。最終的に時間はうまくいったとしても、自分にとっても子供にとっても、わだかまりが残ってしまいます。

 

永保子さんのお話を聞いて、子供が要求してくるものは、やりたいという気持ちよりは、お母さんとコミュニケートしたいだけで、言っている事は本当の欲求ではないと思いました。それをやるかやらないかではなく、子供が自分に訴えかけている事に気付く様にして、子供の欲求を聞いてあげたという事ではなく、子供の気持ちを受け取ってあげるということをしていけば、スムーズにいくのかなと思いました。

 

 

 

 

(Cさん)

 

子供ではなく、私の母の事なんです。最近ちょっと、忘れっぽくもなっていて、色々片付けをしている時に、お洋服が山ほどあって、スボンも20本もあるのに、母は、「スボンが無いのはまずいわ。」と言い出し、「ほらこんなにあるわよ。」というとその時は納得するのですが、また後になると同じ事を言い出して、ないと不安だわ、と繰り返し言うのです。私は滞在中に片付けなくては、という思いがあるので、気持ちに余裕がなくなって、お互いぶつかり合う様になってしまいました。

 

後で考えたら、母はこのスボンが欲しいとか、そう言う話をしている訳ではなく、不安なんだなという事に気がついて、自分の生活が変わる、自分の着ている物が減る事への抵抗があって、私の言い方にとげがあると取ってしまったんです。でもそうではなくて、絶対になくならないから、一緒にやっていこうね。

 

今回は片付けを横においといて、楽しい事をしてまたそこに戻ると、母が、「これは要らないかもね。」と言って、スムーズにいきました。見るべきものは、片付けをするとかではなく、彼女の気持ちをくんで、愛を送る事がしたいのに、ズボン一枚をどうするかに気持ちがいってしまっていたのですね。

子育ては終わってマスターした様な気になっていたけれど、母に見せて頂いてるんだな~という気持ちになりました。

 

(Eさん)

 

初めて参加しました。両親が来て以降、子供に抱き癖がついて、ずっと泣いています。置くと泣いて、抱くと泣き止んで、置いて何かやっていると大泣きして、涙が目に溜まっているのを見ると、可哀想になってまた抱っこして、そういうのって、抱き癖がつくから、抱いちゃいけないのかな?と思ってしまったりします。

 

(志保)

 

ご本人はどうしたいと思っていらっしゃいますか?

 

(Eさん)

抱いてあげたいと思います。

 

(志保)

 

自分の気持ちに正直に、思った通りにやってあげれば良いと思います。抱かない方が良いとか、抱き癖がつくというのは、一般的な話であって、それを自分もそうした方がいいと思う必要はないですね。

 

情報は溢れていますから、気にしていると一つ一つに心が揺れてしまうので、自分はどうしたいのかを、しっかりと持っているといいですね。ただずっと抱っこしていると、自分のやりたい事もあるし、腰も痛くなるし、でも抱っこもしてあげたいという気持ちをどのようにされていたか、聞いてみましょう。

 

(Aさん)

 

子供も、置くと泣いていましたので、私はずっと抱いていました。家には犬もいて、泣いたらどっちが先に行くかというくらい、犬も協力してくれていました。ただ、大きいお子さんのいるお母さん達と一緒になると、「たまには泣かせておいていいよ。」と言ってくれたので、その練習になって気持ちの部分で、支えてもらいました。

 

一人でいると泣かせておくのが辛いのですが、何人かお母さんが集まったとき、そういう時間を少しずつ持つ事によって、余裕ができた様に思います。

 

(永保子)

 

以前、香咲先生がお話されていましたが、お子さんは小さければ小さいほど、身体を通して、愛情を感じるのだと思います。泣くことで呼びかけている赤ちゃんを抱っこして泣き止むと、こちらも安心しますね。

 

正しさにとらわれて葛藤して、抱きたいのに抱けないというように、苦しむことはないと思いますし、赤ちゃんが泣くと、必ず抱いてあげなければと、自分を責めることもしなくていいですね。

 

自分一人で頑張らないで、ご主人にもお願いして協力して頂いて、お母さんが安心していると、赤ちゃんも安心すると思いますし、赤ちゃんが泣くことに対して深刻になるよりも、赤ちゃんは、泣くことで愛を伝えてくれていると受け止められるといいですね。赤ちゃんと一緒に、お母さんもリラックスできて、気持ちを話せる輪に参加するのもいいですね。

 

(志保)

 

以前、働くお母さんが、お子さんと一緒にいる時間が少なくて、不安に思うとおっしゃった方がいたのですが、私一人で育てるのではなくて、ナニーさんにもご主人にも、皆さんに協力して頂いて、私達の大事な子供をご一緒に育てて下さいね、という気持ちで周りの方にもお願いしていくというお話もありましたね。

 

お願いする時はお願いして、しんどい時には助けて頂いて、子育てもやっていく様にすると、気持ちが楽になるのではないでしょうか。

 

(Fさん)

 

子供がよく病気をするのですが、デイケアに週2日行く様になって、毎週病院に行ってます。今まで肺炎、ウイルス性の病気、中耳炎になりました。ここのところ、間をあけずに病気になってしまい、一番心配しているのは、病院で押さえつけられたり、投与される薬や、注射の影響が心配です。

 

痛い思いを沢山しているので、病院に行くと泣き出してしまいます。他の子に比べて、身体が弱い事が母親として胸が痛みます。怖い経験や、痛い経験が他の子供より多いので、それがストレスやトラウマになったりしないかが心配です。

 

(志保)

 

それがトラウマやストレスになったりする事は無いです。お母さんが、その痛みを抱えていると、子供はどうしても同じ痛みを感じたり、お母さんを心配させている私はダメな子だと思ってしまいます。お母さんがその痛みを手放せば、子供はその影響を受ける事はありません。お子さんは、お母さんのエネルギーを感じながら、大きくなっていきます。

 

お母さんが持っている、身体の弱い子に生んだという罪悪感や心配をまず手放してみて下さい。

 

それと、病院の先生に対する信頼はありますか?

 

(Fさん)

 

先生にも恵まれていて、信頼しています。ただ痛い思いや怖い思いがベースになって、大きくなるのは可哀想だと思ってしまいます。

 

(Cさん)

 

うちの子もすごく病気だったんです。私もかなり心配しましたが、本人のトラウマになっているとは感じないですね。親が大変だったと思ってしまうと、『ママ、大変だったでしょう』、『だって、ママ大変そうだったもの』とか言われるんです。子供が病気で辛かった時に『助けてくれてありがとう』というのは、今でもよく言われます。

 

自分が病気で大変だった事よりも、お母さんが大変だったという思いの方が、子供にはあるのですね。だからお母さんがおおらかでいるという事は、大切だなと思います。

 

 

(永保子) 

 

心配とは、信頼が無いという事だと思います。お母さんが子供の状態をコントロールできる、自分が正しく判断できると考えるのは、傲慢ではないでしょうか。

 

病気を繰り返す状態を見ている時に、どんな心で子供を預けているのかを見ていくこともできますね。

 

 

 

(志保)

 

デイケアに対しての信頼というのはどうですか?安心感を持って預けられているか、常に心配な気持ちでそこに行かせているのか、自分の心の状態はどうでしょうか?

 

(Fさん)

自分じゃなければ、パパでも心配です。デイケアも勿論心配ですが、ナニーさんでもパパでも心配です。

 

(志保)

 

この子を守れるのは私だけ、と思っていると、周りの方の愛を受け取る事ができません。私もこの方達も子供を思う気持ちは同じなのだと思って、心を開くと相手の方も心を開いて下さるので、こちらがお願いしますという気持ちで、お話をされると良いですね。

 

愛するという事は、コミュニケーションを取って、相手を受け入れる事だと思います。自分の思っている事を、周りの方に伝えていく事をやって、信頼を経験していかれるといいですね。

 



 

 

 

(永保子) 

 

母親という役割で、お子さんの事を心配するのは、攻撃していることになりますね。決めつけや束縛や妥協の経験の繰り返しになります。

 

自分が心配して守る事で、子供の人生を左右できると思っていますが、心配していると、心配している状況がやってくるので、信頼に変えていく心の作業をやってみられるといいですね。

 

 

 

(Fさん)

 

信頼というのは、子供がこの人に預けたら大丈夫なんだという事ですか?

 

 

(永保子) 

 

自分で心配して不安を見ることを繰り返していくのか、お子さんや、預かってくださる方を信頼して、お願いしますという心でいるのか、そのどちらを選ぶかだと思います。本当の意味でお子さんが大切にされますようにと願うとき、心配と病気を見ることを続けたいのか、辞めたいのか、どちらを選びたいですかということだと思います。信頼してお願いして、どういう経験をするかというと、喜びのレベルで経験できるし、そうやって少しづつ、安心を感じることに慣れていくのだと思います。

 

お子さんは、「お母さんは、私の間違ったところを見ていますよ。私を身体という制限の中で、弱いものとして見ているけれど、ほんとうの私は、強く完璧な存在だから、そこを見てください。そして、この身体を使ってそれを表現するものを持っていることを、一緒に目撃しあいたいから、そのことを支えてね。」と伝えてくれています。愛を伝えてくれています。何を受け取るのかを選ぶのは、お母さんご自身の心しだいなので、お子さんが、お母さんにほんとうに届けてくれているものを見ていきたいですね。

 



 

 

(Aさん)

 

一日一時間ずつ、この時間は信頼してみよう、と言って、没頭してみます。お母さんがそうしていると、お子さんもその信頼の中で、没頭できるんです。その時間は没頭できた事に、自分をほめてあげます。

 

 

 

(永保子)

 

そうですね、言ってくださったとおりですね。

 

 

 

(Aさん)

 

子供が2歳くらいの時、虫歯の治療に行って、はがいじめにされた事がありました。そういう事があったという記憶は残っていますが、昨年くらいからは、先生に対して、質問したり、納得するまで聞いたりしています。先生とのコミュニケーションを大事にすることで、本人も安心して治療ができるようです。

 

(Bさん)

 

夫が言ってくる事に、大人なのだから自分で解決してよと、面倒くさいと思ってしまうんですが、コミュニケーションというのは、子供だけではなく、大人も一緒なんだと思います。

 

言われたことを鵜呑みにして答えると、大体違う事になってるし、そう言う事って、夫の特質だと思っていたんですが、そうではなくて、耳で聞いてる言葉というのと、本当に聞いて欲しい言葉というのは、誰が言っても、本心のところを汲み取っていく事も大切だと感じました。

 

(永保子) 

 

ご主人のことや子供のことでも、先ほどのお母さんのお話でも、相手を動かすことはできないということですね。それなのに、気がつくと、こちらの都合でやっていて、相手の事は全く無視していますよね。でも、私たちは、たった今、ただ一つのことをしたいだけ。それは、今、ここで、喜びと愛を分かち合いたいだけなんですよね。

 

この世界の沢山の意見の違いを見ていくと、わかりあうことは不可能のように見えますが、それを超えたところにある愛の経験、喜びの経験を分かち合いましょうと言ってくださっていると受け止めると、相手の方は、必ず、こちらにもわかる様に伝えてくれます。赤ちゃんが泣くことも、小さなお子さんの言葉足らずに感じる表現や、大人から見ると妙なこだわりと感じるとことも、お母様やご主人が投げかけてくる言葉も、例外はないと思います。幼いお子さんを送り出すときにも、今日も元気でね、楽しい経験をしてきてねと、光で包んで送り出すと、お互いに、安心の経験を分かち合えると思います。

 

(Cさん)

 

ストームサンディーが来た時に、主人はドイツにいて、私も日本に行っていたので、自宅に息子が一人になったんです。息子は自分で判断して避難する様なタイプではないので、主人はすごく心配をしていました。自宅が強制避難区域に入っているんじゃないかと頭が一杯で、今、行かなきゃ、でも足止めをくって行かれない事に、どうするんだと言っていたのですが、私の中でピーンときたのは、うちのビルはきちんとしてるし、彼にとって丁度いいチャンスかもしれないと思ったんですね。

 

一見、チャレンジで、自分で段取りや避難はできないかもしれないけれど、もしかしたら彼はサバイブするから、丁度いいチャンスかもね ・・・親がいたら全部お膳立てをして避難もさせて、彼はついてくるだけだと思うんですが、私はこれは良いチャンスだと思って、毎日、祈ったんです。主人はカリカリして、空港に泊ってチケットを握りしめ、すぐにでも助けに行くと言っていたんです。

 

自宅は45階にあって、真っ暗な階段を45階まで登って行ったそうです。そしてドアを開けたら、“なんでここにいるの?”とビックリしたらしいです。お水も無かったのでバスタブに水を溜めて、それを飲んだり、彼は結構サバイブしていたんです。主人はとても心配していたけれど、私がそれに賛同してすごく心配していたら、もしかしたら何かあったかもしれないけれど、結果的には彼は、ハッピーに過ごしていたのです。そういうタイプでもないのに、ミッドタウンまで買い物に出かけて、階段を登り降りするときに皆で励まし合っていたそうです。

 

こんな大変なときでも、皆落ち込んでいなくて、おじいさん、おばあさんと一緒に登り降りしてたんだと話を聞いて、“あ~良かった、やっぱりそうでしょう。”と言ってハグしたら、“ひどい、お母さん、こんなに大変だったのに、心配してくれないの”と満面の笑みを浮かべていました。

 

親のいない時に、この様に丁度いいチャレンジを下さって、彼が一回り大きくなって、なんて有り難いんだろうと思いました。私にとってはすごく大きな出来事でした。端から見たら、病気も悲劇、怪我も悲劇、何かに巻き込まれれば悲劇だと思うけれど、でもそうじゃないかも知れない。そうなったときは光を送って、信頼する、きっとあなたなら、大丈夫よと信頼するといいですね。

 

 

(志保)

 

お子さんを信頼の目で見るか、ご主人のなさった様に、心配の目で見るか、どちらを自分が選びたいか、そこがポイントだと思うので、私達も子供もちゃんと守られていて、大丈夫なんだという事を信頼して、光を見ていくようにしましょう。

 

 

(Dさん)

 

子供が手が付けられなくなった時、子供の意見を聞いておけば収まるかと思っていたし、そのためには、自分が合わせなきゃいけないと思っていた部分もあるのですが、それは違うのではないかとお話があって、でも、時間のこともあるし、子供の思う様にもさせてあげたいけれど、その場になるとわからなくなる自分もいて、どこで私と子供が寄り添っていけるか、そこがまだ解らないです。

 

 

(永保子) 

 

素晴らしい質問をありがとうございます。行動に照準をあわせると、その場その場で、妥協の繰り返しになってしまいます。なので、自分が何をやっているかわからなくなっているその瞬間に、それ以上、行動や言動に訴えることをいったんやめて、心をスピリットに合わせ、わたしの心を観察します。役割を作って、わたしにはわかっているという傲慢さで、決めつけ、束縛して、妥協している、自分自身の思い込みを手放して、わたしは、何を経験しようとしているのかが、全くわかっていないのです、という謙虚さに戻ります。そして、子供と幸福な時間を分かち合いたいということをお願いします。

 

お子さんがワーとなっている時に、お母さんが平和な心に戻ると、お母さんの在りようが伝わって、お子さんも落ち着いてくるでしょうね。そこで、「どうしたいの?」「何か手伝えることはあるかな?」と聞いてあげることも出てくると思います。

 

(Dさん)

 

何回かそう言う事があって、このまま突き進んではいけないと思って戻って、自分が落ち着いたところで聞くと、ワーッとなっていた子供が、スッと戻る瞬間がたまにあります。

 

(永保子)

 

わたしたちは、子供とのコミュニケーションは、時々うまくいったり、時々ワーッとなっては、子供の寝顔を見ながら反省したりしていると思っています。

 

でも、自分の心を平和で落ち着いたところに戻すと、お子さんの賢さとか、平和な心を見る事ができて、それを信頼する経験を重ねる事ができます。お母さんや、誰かから、そんなまなざしを向けられるお子さんは、自分自身を受け入れられるし、自分が与えられている力を、お母さんの想像以上に発揮して、皆と手をつないでいくことをすると思います。先ほどのCさんの息子さんも、高齢の方々を支えて、45階まで登られたのではないでしょうか。それは、お母さん冥利に尽きることですね。少しづつ、やってみることができそうですか?

 

(Dさん)

 

はい、やってみたいと思います。

 

(永保子)

そうできない事があったとしても、一切深刻にならずに、また自分の心に戻るチャンスだなと思って、戻るために使えるといいですね。その繰り返しですね。

 

(Aさん)

 

私も一緒で、忘れてしまうんです。思い通りにしたいとは思ってないんだけど、9歳の子供をみた時に、上から目線で自分がみているなと思って、苦しくなってしまいます。宿題をなかなか始めないから聞くと、解らないと言うので、私は早く宿題を終わらせたいし、宿題だから終わらせなきゃいけないという、私のルールがあって、その思いを捨てても捨てても、帰ってくるんです。 私は、早くやんなきゃ、終わらせなきゃという気持があると、人の話を聞いてないんですね。

 

その気持ちが広がる前に、嫌だなと思って、子供にどうしたら解る様になるかな、と聞いてバトンを渡せた様な気がすると、パソコンにその宿題のやり方が解りやすい様に説明されていて、さっさと宿題の時間が終わって、別の事ができたいう経験をしました。

 

 

 

(永保子)

自分の都合を手放して、お子さんと心で繋がろうとして、お子さんの話に心を使って耳を傾ける事をなさった時に、パソコンにヒントがあって、宿題が、思ったよりもずっと楽にスムーズに終わったのですね!素晴らしいですね。

わたしたちは、心を使って、今、ここに居さえすれば良いのに、それ以外の事をやっては、七転八倒したり、自分で犠牲者になっては、トラブルを作って巻き込まれたような気になっていますよね。

 

 

(Aさん)

 

先日から子供がやりたいと言ってはじめた折り紙が上手になっていたのに、だんだん難しくなってできなくなってくると、どうして?と思いましたが、気がついて、こんな思いはいらないと思いました。そして、こうしてみようか?とヒントをあげたら、一緒に楽しくできました。

 

 

(永保子)

 

Aさんのように、お母さんが執着を手放して平和な心に戻ると、お子さんも、瞬間瞬間を生きるようになるし、自分自身で問いを持って、誰かに問いかける力を発揮することができますね。

 

さきほど、Aさんの9歳のお子さんが、歯医者さんに自分の治療計画を尋ねて、信頼を持って治療を受けているというお話も素晴らしかったですね。

 

 

(Eさん)

 

初参加です、赤ちゃんがなぜ泣くのかと考えることがあります。出産後しばらくは、外に出ると病気になってしまうのではないかと思って、出られなかったのですが、4週間位してから動ける様になったので、だいぶ楽になってきました。それまでは外に出られなくて、落ち込んでいるのが解ったんですが、それを瞑想でグラウディングに落とす事はしていませんでした。

 

でも今は二人で外に出られる様になって、夫とは、CRSのヒーリングクリニックで出会ったのですが、優しく、協力してくれるので助かっています。

 

 

 

(永保子)

 

お仕事で活躍されていた時のEさんも、しばらく家にいなくてはいけないと感じていたEさんも、同じ素晴らしいEさんですね。だから、行動で心を立て直そうとしたり、良いお母さんでいようと頑張る必要はないですね。Eさんの葛藤のない思いを、今に注ぐことで、Eさんの素晴らしさを発揮することはいくらでもあると気づいていかれると思います。フルタイムで働いていた時も家にいる現在も変わらない、ほんとうのEさんに戻ってそれをするならば、ご主人やお子さんを無視して、自分だけ一人で走るという事にはならないと思います。こういう形、スタイルじゃなきゃ私は輝けないのよ、と思ってしまうと自分を閉じ込めてしまうので、Eさんの素晴らしさは、常に変わらずにあるという事を、思い出せるといいですね。

 

(Eさん)

 

忘れていましたが、思い出せそうです。

 

(志保)

 

今日のじゃない会の感想をお聞きしました。

 

(Aさん)自分の心にある事を皆さんが教えてくれる事を、再確認しました。

 

(Bさん)

 

今日も色々気付けて、毎週来て勉強しているつもりなのに、その場に立つと全部忘れてしまって、夫と大喧嘩して、後で反省をしてを未だに繰り返しています。一番大事なのは、自分が何を選ぶかであって、いつもそこを忘れてしまうので、必ず平和と愛を選びたいと常に思い出す様にしたいです。

 

(永保子)

 

ご主人に勝とうとするのではなく、私の人生に現れて下さって、私をパートナーとして受け入れて下さってありがとうと、一度、明け渡してみるといいかもしれませんね。ご主人は、人間関係に勝ち負けはないということを教えてくださっていますね。

 

(Cさん)

 

子供を育てている時って、一番試されると思うんですね。今だと考える余裕もあるのですが、若いお母さんが初めて子供を産んで、毎日テストをされているように思うのですね。それって一番磨かれる時でもあるんだなと思うのです。過去には戻れないし、反省することもありますが、一生懸命やっている時は、間違いは一つもない気がするし、何を見ていたにしても、一生懸命はつまり、愛ではないかなと、思い出させてもらえました。

 

(Dさん)

 

今日私が話した事に、皆さんが まだ子供が大きくなってもあるよ、と言って下さった事に、安心していいのか?まだ続くのか?と思いつつ、どうやってそれに対応していくかについて、今日は学ぶ事ができました。そういうことがまた起きたら、思い出してポイントを置いてやってみます。

 

 

(永保子)

 

みなさんがシェアしてくださったのは、何歳になっても、子供に困らせられる事が続くという意味ではなくて、子供が、私自身を訂正する機会、自分自身が変わる機会を、根気よく与えてくれるという事だと思います。子供は、お母さんは何年たっても変わらないなんて言いませんし、限りのない無償の愛を伝えてくれているので、今それに気がついて、わたしが手放したら、過去の事は反転して癒されるはずですね。時間は今しかないので、実は未来もないですね。

 

(志保)

いつもお子さんと対話をする姿勢でいようと思っていれば、お互い伝え合うことでそこには愛しかないと思うんですね。一方的じゃなくていつも子供に聞いてみようと心を向けると、お子さんも受け取ってくれますね。

 

(Fさん)

 

心配はしてしまうんですが、ちょっとづつ心配を安心に変えていけるようにしたいです。

 

(志保)

 

先程もお子さんが転んだ時に、すぐ手を出されていましたね。そこでちょっと待って見ててあげる。そうすると、一人で起き上がれるんですね。本当にお子さんを信頼して、彼女の光を見ようというふうに思ってみて下さいね。

 

(Eさん)

 

良い経験になりました。自分の子供はすごく可愛いし、初めての感覚で、ずっと一緒にいるから感じるのかなと思います。こういう愛情というのは、子供ができないかぎりわからなかったと思います。

 

(永保子)

 

そういう事ではないんです。子供がいるとかいないとか、子供のそばにいるとか離れているとか、そういうことは一切関係がなく、愛は常に同じです。愛の経験を分かち合うということでも、愛を表現するということでも、全部同じです。ただ、Eさんに、今、赤ちゃんがその経験を分かち合ってくれているのですね。

 

(Eさん)

 

そうなんですか?旦那さんに対する愛も、子供に対しても、自分の親に対する愛も、同じなんですか?

 

(永保子)

一緒です。違うと思って、色分けしているだけなんです。お子さんは、Eさんの内側にある、相手や状況によって変化することのない愛を思い出させてくれていますね。そういうふうに、子育てを通して、心を深めていくことができるといいですね。

 

(Eさん)

そうですね、だれもがみんな、光なんですね。
 

 

最後にもう一度、みなさんでグラウディングをして、地球としっかりと繋がって、会を終えました。

 

皆様、みぞれ混じりのお天気の中、参加して頂きありがとうございました。

 

次回は、4月4日(木)正午からです。


 

 

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