目黒レポート 小泉晴美 渡辺美智恵

3回目のじゃない会では、初参加の方を3名お迎えして始まりました。不登校のお子さんを心配する父親とのコミュニケーション、離婚という選択などについてシェアしました。そこで、1回目から参加してくださっている方の、どんな状況でも、ご自分の心の平和に向き合う姿勢を分かち合ってくださったことに、とても有難く感動しました。

いつものように瞑想から始め、自己紹介のあと、近況、今抱えている問題などをシェアしました。

*瞑想

グラウンディングをし、心の静けさを感じ、体中に満たされた光の粒子が互いをふんわりと包み込み、そして部屋いっぱいに広がっていくのを感じます。

愛、調和、平安、喜び、安心して受け取り、分かち合うことを心地よく感じたら、大きく広がった光の球体を胸の中心におさめて瞑想から出ます。

*自己紹介

Aさん

学校に行きたくないという娘がいて、第1回目から参加しています。娘はだんだん落ち着いてきて、わりと今はいい感じで学校に行ってくれてます。

Bさん

3回目の参加です。母親と子どもの真剣な関係を通して、そこから見えてくるものがたくさんあると思い参加させていただいております。

Cさん

高校生・中学生の男の子が3人います。不登校児と、今はおさまっていますが、家庭内暴力などいろいろあったので、積極的に勉強したいなと思ってきました。

Dさん

社会人の娘と大学生の息子がいます。ACIMの勉強会には参加したことがあるのですが、じゃない会は初めてで楽しみにしています。

Eさん

高校生の娘がいます。娘との会話が難しくなってきました。これからお互いの道をどう歩んでいこうか、そういうところを考えながら来ています。

Aさん

1回目の参加では、瞑想もよくわからず、恐くなったりしたけど、今日は、光ってこれかな?みたいな、きらきら光るものが見えてきて、安心してやれました。瞑想中のこの光のラインを子どもにも通すというのを意識するようになってからは、娘も落ち着いてきた。最近は私もあたふたしなくなり、「学校いきたくない」という子どもを「まぁまぁ、まぁまぁ、まぁ」と(笑)落ち着いて送り出せた。意地悪されたと泣きながら帰ってくることが多かったのが、最近は「こんなことがあった」と事後報告というカタチになり、ちょっと強くなった。自分の見方が変わると相手も変わるんだなというのを実感しています。

ACIMは家でひとりで実践していても、よくわからないんだけど、こういう場で発言していくと、これでいいんだと思えるし、いろんな方の話もすごく参考になります。

Cさん

私の子ども時代が親とぐちゃぐちゃしてたんですね。それで私が子どもを育てるときは、そういうことは絶対やらない、理想的な家庭を作ろうと思ったんですが、やっぱり染み付いてしまったのがあって、無意識に出てくる。気が付くとやっぱり子どもが荒れてたり、不登校になったり、でも、学校に行かないっていう選択もあるのかなと、最近思ったり。「もう行かなくていい」と子どもに言ったら、子どもも私もラクになった。これが自然な流れなのかなと思うのだけど、主人は、2番目の子の不登校には「なんとかなる」みたいな感じで、ほぼノータッチだったのに、3番目も学校に行かなくなってからすごく慌ててしまって、なんとか学校に行かせようと今1週間くらい会社を休んでいて、そんな主人のほうが心配。

Dさん

自分の子の学校のケースを見てきて、学校をやめた子たちは皆それぞれ自分に合った道をみつけているので、縛られずに選択肢を見つけたらいいかな・・って思います。

この前の、香咲弥須子さんの東京セミナーで、心配は攻撃って言ってましたけど、親って心配するのが当たり前で、そこからなかなか抜けられないけれど、信用してあげることが大事かなと。私の娘も年頃で難しいんですけど、もう心配というより信用しようって。するとやっぱり、強さが出てくる。それなりに自分で葛藤してどんどん方向を模索しながらやってる姿を見て、「あ、子どもを信用してれば強いんだ」って、そういう考えにすると自分がラクだし、子どももラクかもしれない。

晴美

心配することが愛なんだっていうふうに勘違いしていた私達がいるかもしれないし、でも子どものことをやっぱり信頼できてない。

不安や心配していることに気づいたら、信頼のほうに戻ろうと繰り返しゆっくりやっていけばいいですよね。

Aさん

信頼するというのが難しくて、上辺だけで信頼してるフリをして、信頼しきれてないんですけど、とにかく光を通して、自分の心を平和に平和にするように意識して、自分の心は平和、娘も平和、と全部を光で包むようにすることで、とりあえずそう思うようにしている。信頼はしきれていない。難しいですよね。

美智恵

お子さんが落ち着いてきたり、ちょっと強くなったりするのをみて、「あ、やっぱりこれでいいんだ」っていうふうな、自分に答えが返ってきてるので、そこから信頼になっていくんでしょうね。

晴美

私達の不安や心配している心に気づいたら、それはもう手放したい、居心地が悪いから、安心してたい、信頼のほうにいきたい、という私達の意志が大事ですよね。

Cさん

今日も主人がすごく心配して、なんとか学校に行かせようと目が吊り上がっちゃって。私は子どもが可哀想になっちゃって、「かばん持って、ママと出かけるフリをして、どっか行きな」って言ったら、息子は「プチ家出する」って。(笑)

主人のほうが本当にノイローゼになりそうで、鬱になっちゃうんじゃないかなと、体調も悪いし。。

晴美

お母さんがそうしていれば、本当に大丈夫だと思います。

Bさん

自分も中学1年で不登校、2年間行かなかったんですよね。だからお母さんが行かなくていいよ、って言ってあげたことは、子どもにとってもすごく安心感にはつながってると思うんですね。

でも男性は社会に出て働くので、そのときに、不登校で本当に行かなくなってしまうと、まっとうの会社員になる道からは外れてしまう、という心配はあるかもしれないですね。だから将来どうするか、本人が考える時期っていうのはあるのかもしれないしね。

Aさん

職業は2万種くらいあって、まっとうなサラリーマンはその中の1割程度。いろんな職業があるので、そこの中で見つけていくことを幸せなんだ、っていうことをご主人がわかってくださるといいですよね。

うちの主人も娘の問題などで鬱っぽいときがあった。バリバリのサラリーマンがカウンセリングに行き、自分の生い立ちから全部見直したらいい方向に行って、娘のこともいいふうに見られるようになった。私は主人のことも光で包むようにしたりして、落ち着いてきて。。

自分の主人に対しての心持ち、見方を、何がいやだったとか全部書いて、私の見方を変えていくと主人も変わっていった。そうやるといいのかも。でもももしかしたら、そのお子さんがご主人を変えるきっかけになっているのかもしれないし。

Cさん

自分は癖で感情を押し殺しちゃう、「今これを言うと不和だな・・」とか、つい我慢をずっとしてきた。振り返るとそれがいけなかったなと思って、今度は言うようにしたら、やっぱり、うわぁ~とかなったんですけど、これは通過しなきゃいけないことだと思って、ここのとこ家の中ぐちゃぐちゃだけど、でもなんか必要なことなんだろうなって。

Aさん

私は問題ととらずに、練習と思うようにしている。問題が起こると、練習だから乗り越えようと。

Eさん

娘は身体も小さく、心配だったのだけど、小さな少人数の幼稚園を卒園し、遠距離の大きな小学校に入学した当時は、学校に着いて席に座ってるだけで泣いた。なので、先生の許可もあり、一緒に学校に行って教室の後ろにいたり、読み聞かせに参加したりした。

私は先生に「育て方が悪い」とか怒られる、と、そういう覚悟をしていた。けど、先生はそのようことは一切言わなかったので一緒に通いました。

他の子は楽しそうに通っているのに、どうしてうちの子だけ?と思ったりしました。あるとき先生が「ママ居て」とう言う娘に「みんなも我慢してるよね。お母さんは帰ろうね」と言ってくださって、そのときから離れることができた。本当に周りに助けられたかな。中学になって、環境が変わるとまた部活に行きたくないなどがあって、うちの主人も、あたふたしていた。私は学校に行きながら、「私の勉強のために来てるんだな・・」と。実は、私自身が学校に行かなくて、親にすごく言われたので、「行かなくていい」と親に言われるとすごく自由なんだ・・というのが感じられます。

晴美

子どもの事を話しながら、自分の小さい頃を思い出したりもしますね。自分の見直しというか、「あ、そうよね。私たち、いいのよね」って、同時に自分がラクになるという経験もできますよね。

美智恵

学校としては、子どもの「馴染めない」に少なからず動揺しますね。でも、少し落ち着いて考えて「行かないっていう選択もあり」なのかな、と思えて、「行かなくてもいいよ」と言ってみる。行ってほしいという気持ちも大きくあるけど、「行かなくてもいい」って言ってみると、子どもの、肩と一緒に表情がホッと緩むのを見て、こちらもホッとしているのを感じますね。そして、休んでもいいから、意気込まなくてもいいから、やってみよう、少しずつ馴染んでみよう、という意思を確認できたとき、自由とか強さを感じますよね。

父親は社会に出て、多方面に気を配って、生き残り競争みたいなことをして、本当に疲れていると思う。だからこそ、子どもには自分のような苦労はさせたくない、という思いから、あたふたすることもたくさんあるのかもしれないですよね。

Dさん

Bさんの登校拒否というのは復活されたんですか?

Bさん

昔はフリースクールもないし、行くのが当然、行かない人間は完全に社会の落後者のように言われてた時代だったので、そこで結構脅されたというか、行かないと絶対ダメだ、って言われてたことがあった。担任の先生が毎日家に迎えにきてくれて、そこまでやってくれて学校へ行き出したんですけど、学校が嫌っていうのではなく、親の締め付けとかが合わなかった、というのがあって、また行けなくなって。そこで、親から離れて一人暮らしをして、新聞配達をしながら学校に行ってました。

今思えば親も、子どもを一人出してどうこうとか、世間で言われ大変だったろうな・・って。そのおかげで学校は卒業したんですけど、ただ、登校拒否というようなものは今もあんまり、なおってなくて。。高校は計算してギリギリまで休んだ。毎日決まった時間にそこに行くのが嫌、自由に生きたい。

だから普通の会社員にはなれなかった。親は公務員だったので暗黙の期待があったんですけど。今自分はこれでよかったと思っているので、どっちでもいいのかな・・って気がしますよね。

Cさん

3人とも違う性格で、1番目はマイペース、喋りたいときに一方的に喋り、偉そうな感じの態度もあり、「これじゃいけないんじゃないかな。親はもっと威厳を持たなきゃいけない」みたいにずっと思って、子どもに威圧的にすると火に油で「わぁ~」と怒るから、とにかく受け容れてあげようと思って。すごい事もいっぱい言われてきたけど、すべて受け容れて。私は子どもを信頼してなかった、心配の塊として見てたから、私に反発してきたんだろう。それを反省して、浄化の意味で、わぁっと出てるんだから、浄化しよう、というふうに対応してたら結構おさまってきて、最近はようやく、「おかん」とか「お母さん」って呼んでくれるようになった。2番目は、すごく周りを気にしちゃって喋らない。こっちから話しかけないとずっとゲームをしてて。大人しい子なんで、気をかけてあげたい。もうバランスを取るのが大変。学びだらけ(笑)

Eさん

お母さんが好きなことをやればいい。子どもばかり見ていなくていいと思うの。

Dさん

私もそう思う!

Aさん

問題を解決しなきゃならないと思うと辛くなるけど、やっぱり問題は自然に解決するんですよね。だからあんまり自分の力でなんとかしようと思わないで、心だけをみているほうがうまくいく気がします。お母さんの心が楽しければ、多分楽しいお家になる。

Cさん

子どもたちを連れて旅行に行ったんですけど、3番目がすごい楽しんじゃって、表情も変わって、仲良くできたし、私もリラックスできた。

3番目は主人の心配の思いがすごく重いんです。私にしりとりを持ち掛けてきて、私が「しりとり」と言うと「りこん」とか言って(笑)

Dさん

子どもは親を心配してるんですよね。

美智恵

ユーモアがあって頭の回転がよさそうなお子さんで。癒されてますよね(笑)

Cさん

そうなんです。明るい子なので、それを絶やさないように守っていきたいんですよね。

晴美

子どもが癒してくれてるな・・ってすごく感じる瞬間て、いっぱいあるわよね。

男の子3人だと、エネルギッシュだし、それをどうまた抜けていったらいいかとかあるのかもしれないけど、お母さんがこうやって、逞しくいらっしゃるわけだから。

Aさん

みんな心配のあまりにのことだから、「あぁ心配してるんだな」と思ってあげて、安心させてあげられるといいですよね。

美智恵

安心というものを分かち合うためのコミュニケーションですね。

Cさん

結婚して15年経って、コミュニケーションを自然と取らざるを得ない状況になってます。

Eさん

男の人は、理論的に最悪なことを想定して動く。「あ、そういう考えなんだ、そういう考えでいくのね」って思うと腑に落ちますよね。

Dさん

コースでの考え方というか、心配するのが攻撃ですっていうのがあったんですけど、心配してる人に対してどう思えばいいんだろう。

心配されてる人は逆に、攻撃されてることになるのかと思ったりなんかもしたんですけど、でもそれは、愛があるから心配してるんだなと思って、じゃあこの人、私を愛で見てるんだから・・とそういうふうな考え方をすればいいのかな・・って、それでいいんですか?

晴美

「ありがとう」っていうだけなのよね。本当は。

Aさん

相手が心配している状況は、自分の中にもそれがあるから出てるってこと?投影して出てることになるんですか?

美智恵

たいていの人が、例えば、自分の中にある恐れや弱さを目の前の人に投影して「心配だ心配だ」と言うけれども、目の前の人は本当は弱いわけじゃないですね。だから、心配は攻撃っていうのも、自分の中にある弱さや恐れを投影して、事件、事故などの妄想で、無事の帰宅を祈って、「私は心配してたのよ」って言うけれども、「あなたのその行動で、私の弱さが刺激されて、私はこんな気持ちにあなたにさせられてるのよ」という怒りのようなものだと思うんですよね。そういう意味では、ほんとに攻撃しちゃってるなって。「心配」というのは相手を縛ってることになっちゃって、どんどん窮屈にさせていくっていうのも攻撃的かなって思います。愛のようで愛ではない。本当の愛は、あなたも私も強い、お互い大丈夫だよね、って見ていくことかなって思いますね。

Aさん

相手が心配していろんなことを言うときは、相手を弱くて心配している存在だって見ないで、もっと大きな愛の光の存在だって見ることによって、その人も強くなっていく、というか思い出していくんですね。

晴美

心配するエネルギーは、その人を逆に弱めてしまう。相手を弱い存在だと思っているから、心配してしまう。相手を変えたいと言っても無茶な話よね。相手をコントロールしたいと思ってしまうこちらの訂正ですよね・・。

Dさん

自分が心配しているときはそうできるんですよ。私の訂正って。でも周りが私を心配してるときに、私そんなに弱くないよ、全然大丈夫だよって、すごい弱く見られてるのかなって思って、そんな心配はいらないわよ、と思っちゃう。その存在に対して、なんか時々どう考えていいのかわからなくなる。なんで、そういう見方をするんだろうって、つい、思ってしまう。

晴美

心配されると嫌な感じがされるのは、その瞬間にきっと、「私とあなたは違うわ」って思ってるような気がするのよね。てことは、やっぱり、私の訂正よね。ただ、もしかしたら、本当に優しく声をかけてくれているだけなのよね。心配して。ただ「ありがとう」で終了なのよね。

安心して、ありがとう、と受け止められれば、自分が強いっていうのも受け取れてるのよね。

一昨年くらいに仲の良かったママ友が亡くなって、葬儀の連絡をもらったとき「ハンカチを忘れないでね」って言ってくれた言葉になぜかざわついてる自分が居て。「これはなんだろう」と思ったときに、死は悲しくて恐いもの、死イコール涙、という一くくりが嫌だったのかもしれないと、一瞬にして感じたんです。お勉強会のときに、そのことをシェアしたら、若い男の子が「素敵じゃないですか」って言ってくれて。彼は、「ハンカチを持ってきてください」というのを美しい表現として捉えた。人によって、受け取り方が違っていて、彼の爽やかな見方を受けて、ハンカチを持ってお通夜に行きました。そこには、泣きはらした人もいれば、明るく受付をこなしている人もいて、いろんな人を私の目はとらえたけど、みんな美しかった。

「ハンカチを持って、ママのお別れを分かち合いましょ」ということだけなんですね。それを勝手に反応している私が居たんだ、と思いました。

「ハンカチ」を通して自分のエゴを見る機会をもらいました。訂正して、ただただ、美しさを見ることができて、「完璧なのね」・・と思ったできごとでした。

Dさん

この前のセミナーで、「山あり谷ありは、もう死ぬまで続きますよ」って、でもその一言ですごく救われて、なんか一つクリアになったら、もう平和なんだと、思ってたんです、どこかで。でも、また来るじゃない!って思うんですね。何でかな・・って思ってたけど、山あり谷ありは一生続くんだってわかっていて、それでも自分の心がどれだけブレないで平和で居られるかってことなんだな・・って思ったら、いろんな出来事はもうしょうがない、どうしても生きてる以上はあって、でもそのとき私が、そこで落ち込むか、別に何も思わないで生きていけるかは、このコースのワークするだけで全然違うんだと、すごい救われるかなってのはありますね。

Aさん

ジャッジしないで、心が平和だと、喋ることがなくなりますよね。

Dさん

楽しいことも感じなくなっちゃうんですか?

セミナーでペアを組んだ方が、「辛いことも感じないけど、楽しいことも感じなくなるんですよね」って言われたとき、それはちょっと寂しいなって思っちゃったんですけど、楽しいことは感じていたいというのは、それもエゴになっちゃうのかな・・とかちょっと考えちゃったんですけど・・。なんにもなくなるってことは、なんにも感じなくなっちゃうのかな?

美智恵

楽しいことの裏側の辛いこと、いいことの裏側の悪いこと、ACIMではそういう二元論はありませんよね。区別が無くなるってことですね。

楽しいことも辛いことも本当は一緒なのに、全部自分が区別している。意味のないものを見ているってことですよね。

Dさん

あぁ、そういうことなんですね。

Cさん

離婚が頭をよぎるのですが、離婚が今まで悪いことだと思っていたけど、自由な人生を歩みたい、そういうのもありなのかなと思ったり。想像するとすごくラクになるんですよね。自分が。大変だけどとにかく、にこにこラクでいたいので。

美智恵

留まって我慢するか、留まってハッピーになるか、離れて悲しい、寂しい・・か、離れてハッピーか、この4つの状況しかなくて、どんな状況に留まっても、ハッピーでいること。それを願うことだと、香咲先生から教えていただいたことがあります。

離婚も、学校に行く行かないも、どんな状況でも4つのうちのどれかを自分で選択して幸せや喜び、心の平和を願うことですよね。

Cさん

主人が変わってくれれば一番いいんですけど。

美智恵

それは期待しない。ですね(笑)

晴美

誰かを変えるってことはできないですよね。

Aさん

でも、変わるかもしれない。うちの主人は変わったので。

晴美

それは、ゆうこさんが自分の心を見るということをされて、ご自分のものの見方を変えられたからですね。

Cさん

私は、私の行動を見せれば見せるほど、主人が荒れてくるんです。

Dさん

でも一つのチャンス、きっかけ、正直に生きてみて、それでどうか・・ってことだと思うんですよ。今まで我慢してらっしゃったから、ほんとのことが見えてないじゃないですか。全てにおいて。でも自分を正直に出し始めて、そこでどうなるか。今すぐ決めることじゃないと思うし。自分でどうこうするんじゃなくて、聖霊に委ねるってことをいつもやって。委ねちゃうと、自然になっていく。せざるを得ないっていうのかな。むしろ自分に正直に生きていて、ハッピーになってるな・・って私は思うので。私、離婚してるんです。離婚の選択も、いろんなことあって悩んだんです。なかなか自分から離婚を言えなかったんですけど、主人から言ってくれて、なんか、私の気持ちわかったのかな・・と思うくらいキレイに別れて、お互いにとって、すごくいい選択ができた。スムーズに、自然だったんですね。だから、委ねててよかったなぁって。

Cさん

今日、「私なんか居ないほうがいいと思ってんでしょ」とちょっと言ったら「そうかもしれない」って言われて・・。別居てのもありなんですよね。

Dさん

でも相手の本心はわからないので、永い目で見て、委ねてみたらどうでしょうか。慌てて無理に何かをすると子どもが傷つくかもしれないし。私の場合は、委ねて、子ども達もスムーズに離婚を受け容れたので。それで息子は、自分がしっかりしなきゃと思ったのか、すごく優しくなったし。家庭内暴力みたいに荒れてた時期もあったけど、愛が欲しかったんだな・・と思うんですよ。でもそれを経て、今があるから。

受験勉強も一切せず、結果全部落ちたりして、「もうどうぞご自由に!」としたら、自分から予備校を見つけてきて、勉強するようになって、行きたい大学に受かったのですごく落ち着いたし、だから何も心配しなくていいんだな・・って経験させられました(笑)

*感想

・毎回来るたびに、自分が思ってるタイムリーな話題が・・今回は主人とのことで思うことがあって。でももう解決された。訂正です。楽しかったです。

・これからも山あり谷あり、いろんなエゴの声聞いて訂正ですね。ここでいろんな方の話を聞いて、話して、すごく幸せだな・・って、また宜しくお願いします。

・神様が用意してくれた場に感謝しています。子どもだけのことじゃなく、今自分が抱えていることが見えますよね。介護もしてるんですけど、一生懸命やっても認めてもらえない。4つの状況の話を聞いて、自分がここに居て光を与えてハッピーになろうと思っていたけど、疲れてきたなと。環境を変えるのも選択だし、4つの選択を自分の中で見ていこうかなって思います。

自分ひとりで出来る経験て限られているけれど、その経験を誰かから聞くことで自分の心をみていく機会になった。すごく有難いと思いました。

晴美

これが分かち合いなんですよね。誰かの経験が自分の経験。それを受け取っていきたいです。

美智恵

幸せであれば人は何をしていても自由。そういうふうに心からの幸せを願って、コミュニケーションしていきたいと思いました。

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