CRSレポート 鎌田志保 小野永保子

5/2/2013

いつも参加してくださっている皆さんの他に、ニューヨークへ来て間もなくのお母さんとお子さん(8ヶ月)も初めて参加してくださいました。誘導瞑想後、駐在として住まわれている方、永住として住まわれている方々のお話で、ご主人や周りの方との交流等をシェアして頂きました。そして、先月からの一ヶ月をどのように過ごされていたのか、自己紹介を兼ねてお話して頂きました。

 

@夫以外の男性との距離感

 

(Aさん)

 先月お話した、ママ友のことは、やはり、何もなかったんだなという風に、穏やかな一ヶ月を過ごしました。自宅に来てもらった時に、趣味を色々とやってきて、今は絵を描いていることを話すと、一緒にやりたいと言って下さる方がいたり、教えてというお誘いを何度も頂いて、皆さんと分かち合うことが楽しいです。自宅でのお茶会が多かったのですが、近所の公園で、身体を動かしたりする会も考えています。今まではアイデアを考えているだけだったのですが、これからは、ぼちぼちと、声かけもしていきたいと思っています。日本語のクラス委員もやっていて、先生やクラスの方と、日本にいたとき以上に関わりを持てて、すごく有り難いと思っています。

 

 心が揺れることもありました。近所のお気に入りの書店で、男性にしつこく声をかけられる事があって、日本語なら、興味がなければさっと去れたと思うのですが、英語で話しかけられたので、何を言っているのか聞いていたら、結婚をしていることを話したのに、電話番号を聞かれたり、あなたのことを良く見ると言われたり、一緒にいたいと、しつこくされました。既婚女性に声をかけるのは、相手の文化ではタブーではないのかとか、私がアジア人だから言うのではないかとか、その人に対して攻撃的な考えが出てきたり、もやもやして、お友達に聞いたら、他にも同じように、声をかけられている人がいました。駐車場について来られるかもしれないと思ったので、メールアドレスだけ教えて、離れたのですが、メールも来ていて、それについては、安心して本屋さんを利用するためには、今度、機会があれば、本屋さん側にちゃんと言いたいと思います。

 

自分の中で必要以上にそういうことに対して、むかつく自分がいます。男性から声をかけられ、しつこくされることが定期的にあります。小さい頃から嫌だった事とか、諸々が出てくるので、これはちゃんと見ないといけないと思っています。

 

例えば、すごく奇麗だねと言われたり、褒め称えてくれて、好かれるのは良いけれど、私の都合のいい距離感でいて欲しいと思うのと、お互いに、こうあるべきとか、こうして欲しいというのがあるのは、どちらがいいとか悪いとかではなくて、公平だと思いました。

 

でも、嫌だという気持ちは、ちゃんと見たいなと思うと、嫉妬という言葉がでてきて、何に対しての嫉妬なのか、今でもはっきりわかっている訳ではありませんが、自分は、嫌だったということを認めたら、キッチンが、すごく奇麗になりました。自分が女性であることや、自分が自分らしくあることに対しての復讐みたいな、あるがままに対しての攻撃。もっと言うと、自分を生みだした存在に対する攻撃をして、こんなに嫌な気分になれるみたいな、そういう、本当の自分というものに対する抵抗みたいな、言葉にすると難しいのですが、そうだったんだなあと思ったら、すごく、キッチンをきれいにするとか、私の主観ですが、女性的なことを楽しむ事に、そちらにパンと開けて、ピカピカになって、それが自然にできる様になって、食器にはまっています。

 

アンティークやヴィンテージのお皿を集めたり、買ったりすることが、一部の人たちの間で流行っているのですが、お友達に声をかけてもらって、私は絶対にそういうのには興味がない、お皿とかには興味はないと思っていたのに、ああ、これかわいいなとか、使ってみたいなとか、思うようになりました。

 

いろいろあったのですが、この一ヶ月の中で良かったのは、自分の中で、嫌だ嫌だと思っていた、抵抗していた所がはずれて、楽しみが増えたことです。

 

(志保)

 Aさんが心を開いていらっしゃるから、色んな方が来て下さるんですね。

 

今まで自分が封印していた女性性というのを、解放していいんだよと、そういう時期にきていらっしゃるのでしょうね。今まではそう言う部分を無意識に、プロテクトして出さない様にしていたものを、こういうことをきっかけに、本当の自分らしい女性性を楽しんで良いんだよと、自分が解放されていく過程を経験していらっしゃるのではないでしょうか。

 

(Aさん)

 

 女性らしくあることは危険なこととと、何でもないことをすごく危険視してしまい、何もなかったのに、守らねばと思っていたのが、窮屈になっていたというのがわかってありがたいことでした。

 

(志保)

 その為に、その方はAさんの前に来て下さったのだから、ありがとうと受け取っていいのです。そして嫌なことは嫌だとはっきり言っても相手は傷つきません。私達が完全に平和で安全の中にいれば、その方が何を言ってこようと、平和であることには変わりないのですから、心が揺れてもそこに戻ればいいですね。

 

(永保子)

 Aさんは、男性からアプローチされて嫌な時に、言葉や態度にしないのはどうしてでしょう。

 

(Aさん)

 私に都合のいい距離感と場所で,たまたま合って話すのはいいのですが、約束して二人でとかになるのは拒否感が強いです。断るのも苦手で嫌なので、楽しくないのに楽しくして、フェードアウトしょうとするのだけど、楽しそうに自分が偽るゆえに、ややこしくなります。自分はその気はないのに勘違いされてしまいます。なので、人を拒否するのは嫌なのですが、自分自身は嫌なんだということを、認めてみました。そうしたら、キッチンがきれいになったり、お皿に関心を持てたりする、きっかけになったんだなと思いました。

 

(Bさん)

 私も昔、そういうことがよくありました。外国人が話しかけてきて、デートに誘ってきてしつこいので、うまく断れないのもすごく嫌でした。夫からは、君がそういうことにつけ込まれる部分があると言われることも嫌だったし、そういう事になる自分も嫌だなと思っていました。自分はそういう気持ちはなくて、話しているだけでも、相手はそういう気持ちになってきたみたいなこともありました。私が強く言うことが出来ないから、自信のなさや自分の弱い所、はっきりできない所に、相手がうまく入り込んでくる気がしました。自分はただの話し友達のつもりで、別に良いかなとも思うのですが、自分の思惑通りには絶対いかなくて、相手が更に盛り上がってきたりします。

 

(Eさん)

私もそういう経験があります。自分は友達になりたかったけれど、相手はそうではなかったです。 お二人は、ほんわか癒し系だから、わかります。女子力アップさせてくれてありがとうぐらいに、とらえたらどうでしょうか。それにキッチンが綺麗になったことは良いことですね。

 

(Aさん)

 日本で、町を歩いていて声をかけられたりはなかったのですが。でも、キッチンが綺麗になったのは、すごく 嬉しいです。自分に対する自信のなさというよりは、憎悪みたいなものがあると、自分を大事にしていない状況を、ここに見てしまったのかなと思います。それに対する激しい怒り、憤りもあります。

 

(永保子)

 そう思うと、わたしたちは、夫以外の男性と交流するのを苦手に感じていて、難しく思っていませんか。 

 

(Aさん)

 日本でも、女性も男性もいる集まりではそういうことがあったので、心をちゃんと見たいと思います。

 

(永保子)

 

本当は、わたしたちに、男も女もないし、夫と夫以外の男性という区別もないし、そこには愛しかなくて、お互いにスピリットなのに、夫以外の男性と交流するのに、自分でいきなり貞操観念に飛んだりすることで、自分の中の常識に照らしたりしていると、もう面倒くさくなってしまって、避けてしまいがちですよね。

 

何かいけないことをしているのではと、広がるものを止めようとするので、憎悪になって出てくるのですね。そこでちょっと見てみると、男性に好かれたいとか、お付き合いしたいとかを求めているのではないというのが、はっきりとわかるし、広がっていく愛を、せき止めていること自体がしんどさなのだから、広がっているのを受け入れると、楽にスムーズに感じるし、清々しいエネルギーが、さらに広がっていくでしょうね。

 

相手の男性が問題ではないんですよね。妙な男性という風に見て、相手のせいにしていたけれど、自分の内側から自然に広がるものが、せき止められているから、ものすごく苦しくて、それを見ていなかったけれど、Aさんが、むかつきとして感じたことを、しっかりと観察されたことで、気づきがあったのですね。

 

(Aさん)

 

 自分でも気がつかなくて、相手のせいにして、見ていなかったので、頭の中では、倫理的に間違っている、どうやって懲らしめてやろうと思ったりしたのですが、それは無駄な時間で、せき止められて見ていなかったもの、自分の中にそういうのがあったんだと認めないと、始まらないと思いました。

 

@夫とのこと
 

 

 

(Dさん)

 

 最近主人とは仲がいいです。私が変われば相手も変わる。なんとなく夫も変わってきた感じがあって、色んなことでイライラした時も、こっちが衝突しなくなれば、夫も衝突しなくなってくると感じました。

 

 子供と夫との仲が兄弟の様な感覚で、夫が兄で娘が妹で、妹がお兄ちゃんにちょっかいをだす様な、そうするとお兄ちゃんが怒って言うと、妹が泣いて私の所にくるという、そういう構図が出来上がっています。

 

 そこに対して、いつも大人なんだからとか、お父さんなんだからちゃんと対処してよという気持ちがあって、それがイライラに変わっていたのですが、二人でやっていることは、私から見たらうるさいし、用事をやっている私の邪魔をされると思っていたのですが、それは私の考えだから、それを辞めてみようと思いました。落ち着いた気持ちで見ていたら、喧嘩もするけど、最終的には自然に納まったりするので、そこに私が介入しない事で解決に導くので、私が入って混乱ですと認めてしまって、彼らにそれを押し付けてしまうと、本当にそれが混乱になって三人とも気分が悪くなって終わってしまうことがあります。そこを私が混乱じゃないと解っていると、兄弟喧嘩の後、仲直りをして終わったという風に心を揺らさずにすみます。

 

 先日すごく辛くって、疲れていて腹が立っていたんです。日曜日だったので私は休みたいと思っていたのですが、夫は勝手に寝てしまい、娘は私とずっと一緒にいて、夫が買い物に連れて行ってくれると言ったのですが、娘が『お母さんと一緒じゃないと嫌だ』と言い出し、結局三人で出かけました。夫に対して、娘と二人で行ってくれないことに腹を立てていて、怒ったんです。怒った後にふっと気付いて、言いたかったことはこれじゃなかったよねと思って、辛いから助けてちょうだいということを伝えれば良かったのに、夫が、私が辛いことをちゃんと汲んで、その通りにやって欲しいと願っていたから、わけのわからないことになってしまったんだと気付いて反省しました。頼む時も連れて行ってくれるのは当然でしょう、というような気持ちでいたんですね。あなたは先に寝ていた、だから次は私の番みたいな、あなたが子供を連れて行って、私を休ませるのが当然だという気持ちで接していたけれど、私が言いたかったことはこうして頂戴という命令ではなく、私は今辛いから助けて欲しいという事だけを伝えなくちゃいけなかったのに、自分の気持ちの違いで大騒ぎになるなと思いました。

 

(永保子)

 

 そのあと、ご主人はどうでしたか。

 

(Dさん)

 

 あなたが連れて行ってという頼み方は良くなかったねと言ったら、夫はふぅ~んと聞いていました。色んなことを付け足して、大喧嘩になりましたが、喧嘩して鍵とか投げつけた後に、冷静になって最後に悪かったね、ごめんねとなりました。

 

(志保)

 

 そういうことになっても、受け入れてくれるご主人がいるし、最後はちゃんと謝れて良かったですね。ご主人とお子さんにもありがとうですね。

 

 

 

@お姑さんとのこと

 

(Eさん)

 

前回、じゃない会に来て、自分の悩みをシェアさせてもらって、自分ではわからないことをこの場に投げ出して、皆さんが煮たり焼いたりして下さって、自分で抱えて大問題と思っていたことが、客間的に見ていただく事によって、実は皆も抱えていることであって、大したことではないとわかりました。

 

先輩ママさん達から、初々しいと言われたことにも、そんな感じなんだと思えて、気持ちが楽になりました。自分側から見るだけでなく、お姑さん側からの思いとかも、皆さんからの意見で気付くことができて、そこは新鮮でした。

 

この一ヶ月の間に、夫が実家に帰る時間があって、その時に夫が義母に話すという事で、私は、「じゃない会で話して受け止めてもらったからもう大丈夫だから、あなたを信頼しているからね」と言ったら、「すごいセラピーを受けているんだね。」と、彼も感動してくれました。私の両親に絶縁状を送ったのはどうしてかということは言わずに、「手紙を書いたのはどうして?」という風に聞いたら、全然違う答えが返ってきたらしいんですね。そこで、相手の言い分があると言うのが解って、結果的に、いつもは親子喧嘩で終わるのですが、夫はお姑さんと上手く話して、お互い喧嘩もせずに言いたい事を伝え合えたという事で、いつもと違う展開になりました。 

 

先ほどのDさんのお話のように、自分が入る事によって、それが大問題になって、夫とお姑さんとの間に入って、私がコントロールしようとしていたけど、前回コントロールはできないと言われたので、今ままではコントロールしようとしていたのだと思いました。私が中に入ることによって、大問題になるような事を作っていたのかなとも思いました。今回は夫とお姑さんとで収められたので、感動しました。

 

お姑さん側からの、私が全然見ていなかった側面というのがあって、お姑さんは嫁の実家の方がお金を持っていて、お金を持っているお嫁さんにコントロールされている息子を守りたかったというような、そういう風に考えていたみたいです。そんな考えは、私にも夫にも全くなくて、そういう風に息子を守りたい気持ちで手紙を書いたというのは、思ってもみない事でした。じゃない会で、お姑さんの本当の姿を見たいという事をお願いする、と言って頂いたので、そういう気持ちで見ると、彼女は息子を守りたいという思いで、私の両親に手紙を書いたのだと、冷静に受け止める事ができました。 

 

数日前にじゃない会のブログをあらためて読ませてもらって、印象に残っていた言葉を、繰り返し読めるのは、良いなと思いました。『何かが来ても、それをありがとうと言って受け止める』と聞いたことが心に残って、そういう気持ちが、今まではなかったと思いますが、この一ヶ月にあったできごとを通して、受け止められたかなと思いました。

 

(志保)

 

 一人で抱えてると深刻になってしまうんですが、こういう場に来て話してみると色んな方が受け止めて下さるし、他の方の話を聞いても、自分の中に気付きがあったり解ったりすることがあるので、とにかく心にあるものを溜め込まないというのが大事ですね。なるべくこういう場に参加して、分かち合う事で楽になると思います。

 

(Eさん)

 

 自分は大丈夫だと思って人の話を聞いてる時があるのですが、自分もそういうことがあるんだと気付いて、口に出してシェアするとその時点で離れていく様な気がします。

 

(Cさん)

Eさんが、今おっしゃった通りで、私は大丈夫だと思っていたのが、でも私の中にもこういう事があったなという事を話してみても、大丈夫なんだと思えました。今こちらに来て生活している事にすごく緊張していて、息子に緊張を伝えたくないという気持ちがあるので、散歩するのも方向音痴なのに、迷って不安でいるとこの子に影響があると思って、平気なふりをして、毎日過ごしている様なところがあります。それだけでも自分が緊張しているということをここで言って、緊張がほぐれたら良いなと思いました。

 

@夫の海外赴任への自分の思い

 

(Cさん)

 

息子が5月で8ヶ月になります。夫が昨年の12月に先に赴任していて、私達は4月にニューヨークに来たばかりです。ニューヨークには何でもあるし、日本人も多いのでそれ程心配することもないと言われて来ましが、生活はできるかもしれないけれど、だれか近くに話せる人がいたら良いなと思って参加しました。

 

 息子は、人がいる所が好きで、引っ越してから私と二人で過ごしていると何となく寂しそうに見受けられたので、息子も遊べる様な所にも行きたいと思います。

 

私自身が海外に住む事に興味があったので、いつか住んでみたいという気持ちがあったのは確かなんです。私の夫は海外自体が大嫌いなんです。日本が大好きで、英語を使って仕事をしたいと思っていない人なんです。ただ私が海外に住んでみたいというのがあるので、この会社にいるというのをたまに言われます。それがありがたいと言えばありがたいのですが、私が子育てをしながらいるのは大変だとは思ってくれているのですが、自分は帰りたいと思っているから楽しめなくてごめんね、と言われると私が無理にこちらにいさせて欲しいと頼んでいる訳でもないので、たまにプレッシャーだと感じています。でもなるべくそれを出さない様に、自分の中で普通に振る舞えたらいいなと思っているところがあります。

 

まだ来て三週間だし、子供の時差ぼけもあったので、しっかり眠れていない所があります。昼間は家事をやって散歩して、夜は授乳の為に何度も起きるので、睡眠不足でも普通に振る舞おうとしている所があります。

 

(永保子)

 

じゃない会の目的には、まず、ほっとしていただくということがあります。正しいとか、間違っているとか、完璧だとか、不十分だという事で、自分や周りを責めたり、ジャッジすることをやめて、本当に、ほっとしていいんだという事を、自分の中でちゃんと持っておくことが大事だと思います。Cさんが頑張っていらっしゃるとしたら、やはりご主人も頑張っていらっしゃると思うので、お家の中で、別々に頑張らないで、「○○だから、助けてくれるかな?」と具体的にお願いすると、「○○だったら出来るよ」となるかもしれないですよね。

 

 先程、お子さんは、ママと二人だけだと寂しそうな感じがするとおっしゃっていましたが、お子さんが寂しいというのは、こちらの勘違いや思い込みで、お子さんにとって、ママと一緒にいて、物足りないなんてことはないですよね。

 

 今も、1歳半のお子さんが、○君の前を歩いていたら、とても嬉しそうに笑っていましたよね。それは、繋がっている喜びを、一緒に経験したいという、とても自然な気持ちの表れで、私達みんなが、年齢に関係なく、心に持っていることだと思います。だから、お子さんが可哀想だとか、自分の状況によってお子さんが影響されるという事は全くないということを、じゃない会で、毎月毎月、繰り返し、お互いに確認しています。

 

 お母さんは、ほっとしていて良いし、何もしなくていいのですが、お子さんを連れて外に出かけたかったら、そうしてみれば、お子さんと経験できることは、どんなささやかな事も、宝物になって心に残るだろうし、どなたかに預けて、ご自分のやりたい事、趣味、お仕事をしたとして、その時に、お母さんの心に、言い訳やごまかしがなければ、お子さんは、常に変わらず安全だと、自分が安心していられること。そういう事を、妥協しないで、ひとつひとつ、丁寧に確認し合いながらしています。

 

(Dさん)

 

 私は夫の赴任の時に仕事を辞めてきました。夫は、結婚したのだし、仕事は辞めて僕についてくるのは当たり前と言われたのですが、それをやると、私の中で何かが残るかも知れないと思ったので、ちょっと考えさせて欲しいと言いました。自分の中でけりをつけて、ちゃんと行けるという状況になってから、行くという返事をしたいからと伝えました。夫からは行かないなら、離婚と言われて、逆切れされましたが、自分はそうやって決めてこちらにきたので、お互いに納得しています。

 

 夫婦関係の事で言うと、彼が会社で嫌な事があると、直ぐに私にぶつけてくるんですね。その度に私の気持ちがかなり揺らぐのを感じていて、日本に帰ったら僕のポストはないからとか、平社員に戻るとか言われると、その時に自分がショックを受けるんです。なんでそんなにショックを受けるんだと考えると、自分の生活の安全が崩されるのもあるし、彼が受けてる痛みだと思って、受け取ってしまう。それを彼が嫌な思いをしているという風に私が見て、自分が感じてしまう。それがすごく辛くて揺らぐと思っていました。最初は何で私にそういう事を言うのと、返していたんです。それは私の問題じゃないのだから、あなたの所で止めて頂戴と思っていました。最近そうやって自分の揺らぎの元が、こういう事で私は反応するんだ、ということが解っていると、それも受け取れる様になってきて、彼は言わなくちゃ、やっていられないのねと思える事と、言ってくれた方が内に溜めてノイローゼになるよりはいいかと思える様になりました。

 

 最近では新たな受け止め方ができるようになって、今は、任せておいたら何とかなるというのがあるので、いちいち目先の事に揺れずに、私達はちゃんとやっていけるというのが気持ちの中にあって、安心でいられるようになりました。

 

(永保子)

 

 ご主人の出世がどうであろうと、どういうポストにつこうと、お給料がどう変化しようと、私はあなたを愛しているし、全部引き受けて、一緒にいたいのですと、そういうお気持ちでいらっしゃるのですね。

 

(志保)

 

セパレーションではなく、ワンネスを経験しましょうというのが感じられますね。Dさんは、今は、ご主人に対して、感謝の気持ちでいらっしゃるのですね。

 

(Aさん)

 

昨年私も同じ時期に来て、すごく気を張っていました。でも自分で思ったよりも上手くやってきたと思うんですね。問題もあまりなくて、頑張っていたのに、夫にきつく言われる事が多くて、どうでもいい事を言ってきたり、すごく辛かった時期もあるのですが、その時に褒め日記というのを書いていたんです。一日の最後に自分で自分の事を褒めるんですね。どんな些細な事でも良くて、それをやってみたんです。最初はこういう事が出来たとか、初めての所に行けたとか書いていたんです。     

 

10個とか20個とかの数を書いていると、そのうち自分の心や気持ちの事も書く様になって、自分が在ることに対する感謝、更に賞賛するところまでいって、夫がどんなに不機嫌そうで、私に怒っているかも知れないと思っても、自分が自分に対して感謝できたり、幸せだという事を毎日確かめていると、No problemなんですね。  

 

最近、日本にいる友達に話をしたら、やり始めて、とても良いと言っていたので、私も辛い時だけじゃなくていいし、再開しようと思っています。

 

(志保)

 

 Cさんが、自分が幸せで喜びを感じていられたら、それを見ているご主人も嬉しいのだと思います。罪悪感を持たずに、今ここにいられるんだから、この時を思い切り楽しんで下さい。

 

(永保子)

 

共通して、私達が幸せであるために、相手に要求しているのが、自分が好かれたいとか、認めてもらいたいとか、愛されたいということで、そこが満たされると安心できるという風に思っています。ご主人に、かまってもらって、慰めてもらえたら、自分が幸せでいられるという風に思っていると、関係が孤立してさびしいものに見えてきます。じゃあ、どうするかというと、私達は、すでに愛し合っていて、愛されているし、愛しているというところを、わたしが見ていこうと思うしかないですよね。自分でそう決めて、依存から抜けていくしかないと思います。

 

自分と夫、自分と親、自分と子供、自分とママ友。例えば、夫の職場でのステータスとか給料等、そういう、役割と依存と束縛の関係に、自分の安心を探さない。そういうところで捜してみたところで、安心は絶対にないという事を、自分に繰り返し、優しく教えてあげて、何かをしなくても、何かがなくても、自分の中には、ちゃんと安心や強さがあるということを思い出す作業というのをしていかれるといいですよね。

 

自分の中に安心があるというのを思い出すには、目の前の人と心から繋がるという、日々の生活や仕事でのコミュニケーション、言葉かけや会話とか、ご飯を作るとかも含めて、心を使って表現することの機会は、何でもない所にも、たくさんあると思います。

 

香咲先生が書かれている記事(注http://ameblo.jp/crsny/entry-11513600581.html
)からですが、私たちは誰との間にも、常にコミュニーケーションはあるのですよね。だから、足りないところを埋めようとして頑張らなくていいし、罪悪感を持って、苦しまなくていいのですよね。それなのに私達は、相手を見るとすぐに役割を作って、傲慢さで、理想の姿とは違う自分や相手を責めています。Aさんが話してくださったように、まず、精一杯である自分を受け入れて、自分を信頼するということは、とても大事なことですね。 

 

 皆さんから、赴任の時の様々なお話がありましたが、ご主人も奥さんもベストな状況で来ましたという方でも、状況を自分の見方で見ている限り、そこには全く意味がありません。みなさん、来るべくして来られているし、奥様も、ご主人に引っ張られて来たのではないですし、不器用で不慣れなご両親に連れられて来た赤ちゃんは不憫だと思っても、赤ちゃんも来るべくして来ているし、やるべき事はちゃんと成されていくので、安心していて良いんです。不安を抱えていると、意味を探して走り回ってしまい、外側を見て、結果を出すことが大事だと思ってしまいます。

 

(Eさん)

 

 来るべき所に来ているというお話に、ジーンときました。私は結婚の時に、日本かアメリカに住むかの選択がありました。結局アメリカを選んで、私が来た時は冬だったし、ニューヨークを受け入れられるまでに、三年かかりました。自分を植物に例えると、木が新しい土に馴染むまで、根を張るまで時間がかかるじゃないですか。夫は早く働け、早く仕事を探せ、踊りの場を見つけろとプッシュするけれど、根っこを引き抜かれてこっちに来たけれど、根づくまでには、まだ時間がかかるし、自分の中でGOが出たら行動できるけど、そんなにプッシュされても困るという状況にありました。今はもう大丈夫ですが、最初は一年位、ひきこもりのようにしていたので、何もしなくてもいいというのと、来た意味があるというのを聞いてジーンときました。

 

(志保)

 

 根を張る時期をちゃんとやっていると、開花する時がすごいですよね。今まさに開かれている感じがします。更にどう開いていくかを楽しみたいですね。

 

(永保子)

 

 全ての事が、その人や周りの人にとって、一番良きことの為に起こっているというのは間違いないですね。そのことを信頼する心を育てていきたいですね。
 

 

 最後に、感想をお聞きしました。

 

@自分を伝えられないというお話しを聞いて、今、自分もその壁にいて、同じ悩みを持っていて、自分がやっていることを、姿から見せてもらった様な気がしました。

 

 @久し振りに、こういうお話しができる場に来れたことが楽しかったし、ほっとしました。また来たいと思います。

 

 @特にお話したいことはなかったのですが、来て本当に良かったです。お話を聞いて、色んな事がメイクセンスしました。

 

 @今日も、みなさんの話が全て自分の事の様に聞けて、そうすればいいんだなということも沢山学べたので、また一ヶ月、できるだけオープンになれるように、やっていきたいと思いました。

 

 @毎回、引き受けるということをシェアしてくれているお話に、本当に、エネルギーをもらっていると思います。

 

(志保)

 

みなさんの、心を開いてのシェアに感動し、経験を共有してくれる人達に支えられてここにいられる事に、安心と喜びを感じます。何も制限しなくていいんだよ、思いっきり自分の持っているものを出してみて!と、ホーリースピリットが囁いてくれているようでした。これからの一ヶ月、愛と光の中にいられる事を祈って、次回、6月6日(木)のじゃない会で、お会いできる事を楽しみにしています。

 

みなさん、ありがとうございました。

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