CRSレポート 小野永保子 坂本悦子

9/5/2013

(瞑想)

 

悦子

 

今回からファシリテーターのお役をいただいた坂本悦子です。クラスにはこれまでひとりのお母さんとして参加してきました。これからも色々なことを皆さんのお話を聞きながら、一緒にシェアしていけたらと思います、よろしくお願いします。

 

Aさん

 

今日は、高校生の子供たちがマンハッタンに遊びに行きたいというので、子供たちを信頼して、私はこちらのクラスに出させていただこうと来ました。
 

 

香咲先生

 

どこで遊んでいらっしゃるの?

 

Aさん

 

セントラルパークです。娘はあと二日で十六歳になります。女の子二人で遊びに行きたいというので、私の時間が出来て、こちらにきました。普段、「奇跡のコース」のクラスは出ていますが、「じゃない会」は初めてです。

 

Bさん

 

瞑想中に子供たちのすごく力強い声が響いて、生命力を感じました。とてもそれが心地よかったのと、いくら子供たちが叫ぼうと瞑想には関係がないということがよく分かりました。自分が集中出来るとか出来ないとかは関係ないのですね。だから、どんどんお母さん方がお子さんを連れてきてくれるといいし、遠慮してしまったりするお母さんがいるかもしれないけど、逆にそれでいいのだと分かって欲しいと思います。

 

Cさん

 

ニューヨークに3ヶ月滞在しています。来週の日曜日に日本に戻ります。子供はいませんが、「じゃない会」がどういうものか興味があったので、いろいろ経験してみたいと思い参加しました。よろしくお願いします。

 

Dさん

 

息子はこの前1才になりました。今回で3回目のクラスです。1回目2回目よりは瞑想も出来たような気がしました。うちの息子とK君が瞑想中に掛け合っていて、いつもなら騒いじゃうのかなと心配になりますが、今日はお互いが会話しているように感じられて、とても嬉しかったです。

 

香咲先生

 

ウッ、ウッ、と掛け合っていたのね。それでもうすぐ3歳のK君が「げろげろ」とちょっと高度なことを言ったら、おっぱいの方にいっちゃったのね。(笑)

 

Dさん

 

息子も刺激を受けたのだなあと感じられて、とても良かったです。

 

K記者

 

週刊ニューヨーク生活の記者をしています。「じゃない会」の取材をかねて参加しました。瞑想は、なかなかゆっくりする機会がないので、貴重な時間でした。

 

Eさん

 

3歳の誕生日を目前にして、息子が少し落ち着いて来たので連れてきました。この夏、実家の母が滞在している時、母にマッサージをしながら、グランディングをしてみました。そうしたら、いままであった彼女に対しての罪悪感がすっとなくなり楽になって、なぜ今まで彼女のことを不完全だと思っていたのか、それが不思議と消えました。日本で会うたびに、母は体が不自由な中で一生懸命やっているのに、不完全だと思っていたのは私だったのです。今までは、教えて頂いていたのに自分のエゴが邪魔していたようで、ちょっと今回やってみようかなという気持ちになれて、グランディングをやってみると、母が温かいものに包まれているのを感じたと言ってくれました。ああ、感じるのだな、繋がっているのだなとすごく思いました。

 

永保子

 

グラウンディングのラインをイメージされて、Eさんが楽な気持ちになられて、お母様も温かいものに包まれているという風に感じてくださったのは、素晴らしい経験でしたね。

 

Bさん

 

夏休みに日本に帰って、いままで母とのことは問題ではないと思っていたのが、最終的に自分がクリアしていかなくてはならないのは、母との関係だったということがよく分かりました。息子と母がかなりの大喧嘩を何度かしたのですが、息子は「ママ、よくこんなことに耐えられてきたね」と、私が小さい時のことを聞かれました。二人の喧嘩を通して客観的に母のことがみられて、私はよく耐えて来たと、子供の頃に封印して来た感情がでてきたのです。私は子供の時、顔面麻痺をやっているのです。私の記憶の中ではたいしたことではなかったのですが、今回、ホメオパシーを始める機会があり、問診票を書くために出生時のことから子供の時の病気を母に聞いていたら、「はっ」と思わされる事がいっぱい出てきました。まず驚いたのが、出生する時の様子が、私が子供を産んだ時とほぼ同じ。使った薬とか、かかった時間とか。次に驚いたのが自分の記憶の中でごっそり抜けている部分がある。それは実は私が忘れたいから空白になっていたのかもしれない。それをホメオパシーの先生に話したら、やはり顔面麻痺というのは、自分の感情を隠すことが最大の要因で、私がいかに気を使って生きてきたかと、気づきました。母はすごくまじめなので「ああしなくてはいけない、こうしろ」という指示が多いのです。それに対して息子は言いたい放題言い返していて、そうすると人からそんな風に言われたことがない母は馬鹿にされたと思ってしまうのですね。小さい子といっても中学生ですが。息子と言い合う母を見ていて、自分の機嫌が悪くなるとシャットダウンして無視するという母の一部分が見えてきたのです。息子が「無視しないで話を聞いて」って言うと、どっか行っちゃうのです。私もそれは少し話を聞いた方がいいよね、っていうとわざと他の場所に行ってしまう。おそらく私が小さい時も、そういうことをされていた。そしておそらく私は無視をされないよう、いい子でいようとしていたのです。小さいときの自分の写真を見てみると、幼児期の顔はほとんど無表情なのです。それで今、向き合う時が来たのだなと思っています。

 

面白かったのは、空港で最後に母に電話を入れた時に、息子が母に対して、「おばあちゃん、もうちょっと人に頼った方がいいよ、人に助けてもらうことも大切だよ」って言ったのです。その後息子は私に「何でも1人でやろうとしてそれが苦しそうに見える」って言うのです。ああ、すごいなって。やっぱりそういうことを私に見せてくれるために彼はいるのだな、それは、私に対しても言ってくれている言葉だなと。少し救われたというか。日本に居る時には、やはりそれをどうにかしてあげたいという自分がいたので、すごく健康なのに心拍数が高くなって、心臓が痛くなりました。でもいっさい母をどうにかすることは止めて、自分が自分らしく生きる姿を見せることしかないと思いました。

 

又、母が祖母にもすごく怒るのです。おそらく彼女は今祖母との関係を取り戻しているのかなと。たぶん何人も兄弟がいて、ほとんど構われないで育ってきた状況で、96歳のおばあちゃんに対して、八つ当たりのようにするのです。それを見て母は母なりにやり直しているのかなと。

 

香咲先生

 

4代にわたる繋がりね。

 

Bさん

 

自分の体にも母と同じような関節炎が出始めて、でもそういうことは変えられると思うし、ここできちんと見ていけば、そういうものは断ち切れるのだと思っています。

 

Eさん

 

母と子の関係ってすごいですね。ということは、私と息子との関係もすごく強い絆があるのだと感じました。

 

永保子

 

子供を育てるというのは、自分の親との関係を見直すことでもあると「じゃない会」がスタートした時に教えていただいていますが、本当にそれを日々感じますね。Bさんが、ご家族に対して心を使って向き合って、全員が本当に大きな愛に包まれている、そういう景色を見たいと思ってご覧になった経験だと思いました。息子さんの言葉も、本当に素晴らしいですね。

 

Bさん

これはもう暫く続くかなと思いますが、やっとここにきたのかなという気がします。今までいろいろなテーマを見てきましたが、ここを超えたら何かが開けるような気がします。子供たちは、お母さんを救うために来ている。何かを知らせるために来ているという事が多々あると実感します。それがいつ来るかは、お母さんがちゃんと子供を見る気があれば、毎日発している事だと思います。ついついああしなさい、こうしないさいと押さえつけてしまうので、それだけはやめようと、今さらながら思いました。「こうしなきゃいけない」と押し付けるのだけはやめようと思います。

 

永保子

 

そういう経験を通して、子供をコントロールすることには意味はないと実感されて、お子さんに対して見るところはそこではないと気がついたということですね。

 

Bさん

 

甘くなるというのではなくて、息子とはほとんど喧嘩をしなくなりました。彼はティーンエイジャーに入ってきて、かなりだらしなくなっているけど、それに対してイライラすることもなくなってきています。見なくてはいけないところはそこじゃないのだなと。すると、余分なイライラはなくなりました。

 

永保子

 

それも全部、お母様がくださっていることでもありますね。

 

Bさん

 

そうですね。今になればそうだと思います。

 

Eさん

 

自分と母との関係が、子供との関係に関わるというのは、今も感じるところがあります。自分の気持ちが忙しくなっている時でも、心で見るということをできるように試してはいますけれど。私は、母が好き放題していると勝手に思って責めていたし、それに対して父親がしかたなくやっていると感じていました。でも以前「じゃない会」で、奥様が外に出られることで、奥様を通して旦那さまが外を見られるというお話を聞いてから、父は、母を通じて色々な世界を見ているのだと、見方が変わりました。

 

Aさん

 

私の娘はすごく精神的にも人間的にも大きい子なのですが、生活面ではなっていないし、友達との人間関係もなっていないと見えてしまいます。自分がどうしても出来なかったことを、娘に押し付ける自分がいて、それを反省するのですが、やはり目にしてしまうと、口に出してしまいます。根底では娘を信用しているのだけど、娘が人に対してやっていることについて、どうしても相手の気持ちを考えてしまいます。その相手というのはいつも私なのですが。外ではちゃんと色々な事をきちんとやっているのだけど、家の中ではだらしないのです。それをどこかで私もそうだったからと言い聞かせている自分がいます。社会に出れば彼女はちゃんとやっていけると分かっているのだけど、自分に対して少しずつ訓練して、言っても良いけどイライラという気持ちを乗せないこと、それが出来ないのですね。もうちょっと一緒にやっていこうとか、注意するにしても大人の目線で言いたいのですが。でも心のどこかで分かっていればいいと思います。その時は色々な感情があるのだけど、ふと考えた時に変な方向にいかないという根底があるから。

 

そして、この夏休みはあまりにも深い気づきがあって、すべてが愛おしいと思ったので、本当にそれはすごかったです。犬がいて、ペットは口答えしない分簡単というか、愛情もあって、日々本当に可愛がっていたら、自分の娘もそうだっていうのを忘れてしまっていたと気がつきました。娘は口が立つから、犬ばかりに幸せを感じてしまっていました。でも、幸せの度合いが増えてきているので、そういうエネルギーをもっともっと皆が体で感じたらいいなと本当に思っていて、夜、娘が犬とソファで寝そべって携帯をやっているのを見るだけでも幸せを感じて、気がついたらその幸せ感が自然に増えていっています。

 

永保子

 

今、母親としてということを話してくださった中で、Aさんが幸せを感じて、それが日々大きくなっているということを、私たちひとりひとりが感じていくことが、私たちのやることなのではと思います。お母さんがどこを向いているか、どうあるか、先ほどのBさんのどこを見るかというお話にも繋がっていくと思いました。イライラという点で、悦子さん、お話していただけますか?

 

悦子

 

そうですね、イライラというか、お母さんのイライラ、小言というのは、感情から来るというより癖になっているところもあると思うのです。イライラも少しずつ少しずつ出していったら、爆発もしないし、ちょっとしたツールと思って使っていけばいいかなと。子供たちもお母さんがイライラしているときの状態で、お母さんが言っていることは自分たちを攻撃するものではないと分かっていて、そのことによって傷つくことはないようです。本質でないことは、耳からすーっと抜けていってしまうようです。

 

永保子

 

イライラしている自分自身を、責めたり罪悪感を持ったりすることに時間を使うことはしなくていいということですね。

 

香咲先生

 

いろいろなお話を伺って、ああ、と思ったことがいくつかあるのですけれど、私たちは育った環境や、親の影響で出来ているわけではないのですね。私たちの人生と人格は、親から受けた影響、あるいは子供時代の環境で出来ているのではなくて、育った環境プラス、自分がそれにどう反応しているかによって決まってくると思うのですね。だから同じ親でも、二人の兄弟がいると二人とも同じような反応をするわけではない。つまり二人とも同じ人格にはならない。親がこうだったから私がこうなった、だから私がその親の影響がこの子に伝わってしまう、と考えると間違いです。それは何にもしないで何にも考えないで親の影響を受けて、その受けた傷とかをそのまま子供にぶつければそれは繋がるだろうけれど。自分がこう反応したから、自分がこう感じるようになっているのだ、と自分の責任として受けるということが大事だと思います。親が厳しい親だったから自分がこうだったのじゃなくて、厳しい親に対して自分がこういう風に反応してきて、こういう反応が自分の癖になっていて、その自分のやり方がこの子にこういう影響を与えているっていう風に考えていくといいのです。自分がどんな性格であっても自分の子供を自分の性格の中に閉じ込める必要がないということも分かってくるでしょう。すると自分がイライラしている親だから自分の子供がこうなったとか、気が散る子供になってしまったとか、集中力がない子供になったとか、そんなことはなくて、自分がイライラしがちな自分であっても、自分の子供をこのようにしたい、自分はこのようにやりたいということさえあれば、それを超越できます。

 

例えば、リュウマチの気があるという、これは遺伝的な体質だと片づけたり、母親もこういう性格の傾向があって、自分が継いでしまったのだと、自分の体も似たようなのだなと受け止める必要はなくて、これはBさんが言ってくれたように、超越出来る。超越するというのはどういうことかというと、やはり、日々幸せになるとか、日々平和になるとか、そういう本当の目的をはっきりさせることが大切だと思ういます。子育てをしていると当然つい目先のことで終わってしまうということがあるかもしれないけれど、目先のことで忙しくしていても、自分の人生の目的とこの子の目的、この子を育てる目的を忘れたくないですね。それが分かっていれば目先のことをしていても伝わり方も違ってくるし、子供たちはそれを受け取ってくれると思うのです。

 

それからひとつ、こうしてお子さんたちを拝見していても思うけれど、お子さんたちはこうしなきゃいけないとか、成長しなくちゃいけないとか誰も思っていませんね。成長しなくちゃいけない動機なんてどこにもない。だけど子供たちは常に一つの動機というのを持っているのではないかな、と。強いもの揺るぎないものを親に求めていると。私たちが、強いもの揺るぎないものをどこかで欲しいと思う、神というものを欲しいと思うのと同じで、子供はやはり、親が強く揺るぎないものであって欲しいと常に願っているようです。そうすると子供は親をテストするはず。親がなにか失敗した時に、子供が突っいてくる、その時に親が言い訳すると,子供は親のまねして言い訳する子になるでしょう。それから、親が言い訳をすると、子供は無意識の中でがっかりすると思う。やはり親が一回駄目って言ったら、駄目を通す親であって欲しいと思っているはず。それと言ったことを覆さない親でいて欲しいと、子供は絶対思っています。日和身であって欲しくないと。その時親が、何をしなさい、何をするのじゃない、とうるさく言っても、揺るぎがないと、子供たちにとって一番の平和のもとになるのではないかなという風に感じます。

 

Bさん 

 

子供に集中力を試されているような気がします。

 

Aさん 

 

自分の親と出来なかったことを今やっていると思います。私は親と向き合えないと思ってしまっていました。娘はそれができる子供だから、ああ、私イライラして、何をこんなにとなっても、この子だから受け止められる力があると感心したことがありました。わたしのイライラは、この子に対してのイライラじゃなく、材料を探してイライラをぶつけているとわからされます。私は兄弟が多かったので、見てもらえなかったと思って、長いこと、自分1人でやってきたと思っていたけど、それは間違いで、繋がっているのです。そうして考える時、お母さんすごいって、湧き上がるものが出てきて、それですべての今までのことがひっくり返りました。

 

永保子

 

話してくださったように、親子がお互いに嫌な思いをしながら、絆を確かめ合う必要はないのだと思いました。つながりは、確認しなくても試さなくてもあるもので、もしお母さまに繋がりを感じないのなら、ご主人やお子さんにも感じられないと思います。繋がりがあるのに、感じられないというのは、まず自分の心がどこを向いているのかということをはっきりとさせないといけなくて、じゃあ、どこを見ればいいのかと言うと、先ほど香咲先生がおっしゃってくださったように、平和な心で生きる、幸せを感じて生きるという目的を持って、そこに心を戻していくということだと思います。人との繋がりって一体どこを見ることなのか、それを自分自身ではっきりさせていくことが大事で、それは、日々の経験を通して、また、今日のみなさんのシェアから見つけていただけるといいですね。Dさん、6月に先生から一時間ごとに新しい気持ちでという風に言っていただきましたが、いかがでしたか。

 

Dさん 

 

とても助けられました。その頃イライラして上手くいかないと思うことが多かったのですが、先生がおしゃってくださったのは、それは過去のことであって、これから未来はくる。私が見なくてはいけないのはこれからで、この子が育つのもこれからで、夫もそうですし、終わったことではなくて、私が見たいのはその先だと、それを常に心の中で考えながら、毎日生活していたらすごく楽になって、お友達も増えて、子育ても順調になり、毎日が早く過ぎていく感じがします。来た当時悩んでいたことが軽くなって、楽しいなと思えるようになりました。4月に来て12月に帰るのですが、帰るのが寂しいなと思うようになって、こちらの生活で友達が出来て、もっとここにいたいと思うようになったので、一日一日、いろいろな経験をして楽しんでいこうと思っています。

 

香咲先生

 

ご主人はいかがですか?

 

Dさん 

 

私がこういう気持ちになっていると、主人も変わってきているように感じます。前はニューヨークが嫌いで、早く日本に帰りたいし、こちらの人が好きになれなかったようですが、郷に入っては郷に従えという気持ちで接していたら、夫も変わってきて、休みの日もここ行ってみようか、とか積極的になってきてくれました。主人が私に話してくれたのですが、NYがそんなに大変だと思わなくなったのは、息子が元気でいてくれることが大きい。彼が大きな病気や怪我もなく元気でいてくれるので、それによって私たちが助けてもらっていること、息子がいてくれたお陰で友達が増えていっていること。日本人だけでなくて、街を歩いているだけでも、息子に気づいて話しかけてくれる人がいるので、ぜんぜん寂しいという気持ちがなくなりました。この子ありきで、ここに生かされているのだなと感じました。この子が産まれてくる前、義理の両親と上手く行っていなくて、なかなか結婚出来ませんでした。結婚はしても、色々なことを話せるような関係ではなかったのですが、極力勤めて絆が強くなるよう、息子の名前もそんな意味も込めてつけたのですが、この子が産まれてから、向こうのご両親とも話せるようになりました。この前もニューヨークに来てくれて、義理の両親と息子と私だけで一緒に観光をしたり、関係がすごく改善したように思います。この子がいてくれるから、自分がこうなって欲しいと思うような今の生活になってきています。 

 

永保子

 

他に、今課題になっていることがあったらどうぞ。

 

Dさん

 

悩んでいるというか、成長の一部だと思うのですが、今息子が何でも噛んでしまうのですね。言葉が出てこないということもあると思うのですが、自分の歯が出てきていて、噛み付く癖がでてきている。とてもヒヤヒヤしてしまうのです。今プレイデートをする機会も増えてきて、もっとこの子を子供同士で思い切り遊ばせたいのですが、髪の毛を引っ張ったり、噛み付いてしまうので、私が他のお子さんから離してしまっているところがあります。それは息子が危害を加えたらとか、小さい事ならまだしも、もし取り返しのつかない事になったらどうしようと思って離してしまう。本人は近づきたいのに離してしまいます。もう少しすれば分かると思うのだけど、今一番触れたい時に触れられないのが可哀想かな、と思います。大きなお兄さんやお姉さんなら余り心配しないのですが、小さい子には、手が出やすくなっているし、目に触ったりします。そういう時に上手く遊ばせられたらいいなと思います。お友達のおもちゃを壊してしまったり、大事になったらどうしようと、ヒヤヒヤしています。

 

Eさん 

 

息子も、歯が痒いときは何でも噛んでいましたよ。今は、遊んでいて、小さい子に怪我をさせるのではないかという心配があります。

 

Dさん 

 

私も自分の子が怪我させられるという心配より、怪我させちゃうんじゃないかという心配の方が大きいです。

 

Bさん 

 

うちは余り気にしたことはないです。やってしまってから謝ってもいいと思います。怖がっているとよくないので、目を離さないで見ていればいいと思います。大人になるチャンスでもあるし、頃合いを計っているのかもしれないし、それが今のコミュニケーションかもしれません。これをやったら彼女が泣くんだとか、一度見ればそういうことが分かってくるだろうし。

 

Dさん 

 

そうですね、まさに9ヶ月の子の手を噛んでその子がびっくりして「わっ」となって、でも息子はニヤって笑っていて、楽しんでいるというか。だからまだ怒っても分からないかなと思っていたのですが、やはりやってはいけないことは駄目だというようにしています。イライラをぶつけるのではなく、そこを私も上手く出来るようになれたらいいなと思います。

 

永保子

 

限界を示してあげることも大事だと思います。また、今までの「じゃない会」で、噛んだり叩いたりするお子さんに、お母さんが、優しく触れることをしたり、年齢で見下さないで、子供の心に伝えることを繰り返しやっていくというお話がありました。それから、すべてのお母さんが、子供たちに、愛のコミュニケーションの中で生きて欲しいと思う気持ちは同じだということを信じていくということでした。罪悪感を持ったり、この子はお友達がいなくなっちゃうのではないかという心配に時間を使わないで、信頼に心を戻していくという練習ですね。プレイデートをする時に、場所の四隅と、お母さん方やお子さんたちにグラウンディングのラインをイメージすると、慌てないでいられると思います。

 

Cさん 

 

私は逆に母親のことを子供の頃から可哀想だという風に見てきて、それを見ないようにしていました。母親と向き会うことをしていなかったし、早く働いて自立したかったし、それは、親に迷惑をかけたくないからそう思っていたのですが、その場所から離れたかったので、あまり連絡を取っていませんでした。でも今度日本に帰った時、そこから始めなければいけないのかなと思います。

 

永保子

 

働いてみたいという思いや情熱もあったのではないですか。お母様は、Cさんに幸せでいて欲しいと思っていらっしゃると思います。ありがとうという思いをお母様に見せてさしあげられるといいかもしれませんね。

 

Fさん 

 

夏は、旅行を思い切り楽しみました。それと先ほどDさんがおっしゃっていたように、子供ができると旅も変わって、本当に色々な国で、声をかけていただきました。日本は逆に声をかけてくれる人がありがたいというか、子供をこんなところに連れてきちゃってと言う感じで見られることが多く、カルチャーショックがありました。日本に初めて子供を連れて行って、自分の国の新しい発見をした思いです。ニューヨークに戻ってきたら、素晴らしいコミュニティーが日本人のママの中にあって、夏の間に森の学校というのを、セントラルパークでやっているのです。子供同士が自然の中で、走り回っても泥んこになってもいいところで遊んでやり取りをする。ひっぱりあってもいいし、3、4歳の少し大きい子供たちが娘の手を引いてくれたりもして、子供の成長を見て親も一緒に癒されました。素晴らしい体験ができました。運動会を計画しようとか、その団体としての地域の活動がニューヨークで生活する上で根ざしてきているし、人ごとじゃない生活になってきていると感じました。

 

香咲先生

 

お仕事のことはいつも気にかけていらっしゃったけれど、今はどんな風に思ってますか。

 

Fさん 

 

子供を通した活動を中心に頭の中が回っていて、いただいたダンスパフォーマンスのオファーを今のところ断っていて、以前だったら、喉から手が出るほど欲しかったオファーを選んでいる自分がいて不思議です。夫にはもったいないとか、逃げていると言われるのですが、出産したあとに、同じことでなくて違うことをやりたいという気持ちがあります。日本に帰った時に、奉納の舞をしました。それは本当に自分からやりたくて、お願いしてやらせてもらいました。普通のベリーダンスではなくて、奉納の舞を納めて、とてもいい経験で、ダンスは自分の中では終わらないのだとわかったので、自分なりにやっていこうかと思っています。今は、夫が仕事に集中できる空間を作るのが日々の目標です。夫は家で仕事をしているので、家は絶対きれいじゃないと仕事に集中できないのですが、私がいたらないので、片付けてもこうして外出してしまうと、やりっ放しのところもあるというところで、それが日々の課題です。家を常にきれいにするというのを、日々どうやって怠けないかということが課題です。

 

香咲先生

 

ご主人が求めているのは、お仕事に協力して欲しい、関わって欲しい、一緒にやろう、今までもそうやって来たのだからということでしょう。ご主人が「部屋が散らかっていると集中でないよ!」と悲鳴をあげるときは、君は子育てばかりに目がいって、僕の仕事はどうなのと思っていらっしゃるのでしょう。私は、子育てしている中でも、あなたの仕事に寄り添っているし、一緒のプロジェクトをやっているし、あなたの仕事を私も考えているし尊重しているのよということを、お掃除によって見せてあげられますよね。彼にちゃんと仕事をさせてあげたい、それがわたしの彼に対する協力、できる協力と言う気持ちになれば、あとはお掃除の仕方や工夫は、自然についてくるはずと思います。

 

Fさん お掃除を通して、夫の心に寄り添うということをやってみます。

 

皆様ありがとうございました。次回は10月3日(木)です。

 

 

 

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