CRSレポート 坂本悦子 小野永保子

Aさん  10歳の息子が、クリスマスプレゼントに、日本のゲームソフトが欲しいということで、日本の友達がNYに来る時にお願いして届けてもらったのですね。息子は「絶対、大丈夫だから。」と言いましたが、私は、実は心の中で、日本の物はアメリカのゲーム機では使えないのでは?と思っていたのです。そして待ちに待ったソフトが届いて、その日の宿題も終わり、さぁ、ゲームタイム!となったら、あんのじょう、作動しないのです。息子が「何で、使えないの?」と、涙ぐんでいるのを見ると可哀想になって、だからあの時、私が確かめておけば・・・と、自分の心がうわーっと動揺しているのです。自分で何とかしなきゃと、対策ばかりを考え始めてしまいました。そこで、ああ、また心が間違ったところを見ているなと思い、心を正そうと思って、夫に聞いてみました。 悦子  最初からちゃんと調べてあげれば良かったという後悔ですね。 Aさん  夫が、「それなら日本のゲーム機を買おう。」と言って、日系のお店に電話しましたが、ありませんでした。それなのに私は、もしかしたらあるかも、とお店に行ってみたりしました。どうしたらいい、どうしたらいい、って焦って、気持ちがジェットコースターのようになりました。繕おうとしている心のあり方を見せてもらっていると思いました。結局、見つからなくて、「だったら、もう止めよう。」と、自分が一番駄目なパターンが出て来て、子供と押し問答になったり・・。いつも自分で何とかしようとしてしているなと思いながらも、子どもに、「どうすればいい?」と聞かれると、「自分で考えれば?」と投げやりに言ってみたりして、自分に対してすごく腹がたったんです。それで少し息子に任せてみようと思って、わたしは瞑想したんです。そうしたら、息子がコンピューターで調べてアイデアを見つけて、そこに頼んでみると言いました。その瞬間、委ねるってこういうことなのかなと思ってホッとしました。息子は、このソフトが欲しくて何ヶ月も待っていたのに、何故ここに来て、さらに待たなきゃいけないんだろうっていう自分の心の動揺に、子どもを巻き込んでいるなあって思いました。 悦子  本当にそれが欲しいのかどうか、手に入れるまでのプロセスや待っている間の気持ち、どうしたらいいのだろうと考えること、このすべてが大切なのではないかしら。待っている時間が大きなギフトだと思いますね。 永保子  息子さんは、自分の感情を感じながら、責任を持ってシェアする、ということを経験されたんですね。起きている事を何とかしようという風に心を動かすのではなくて、やっぱり、そこで自分がどうありたいかに心を使うことでしか解決はされないのだなと思います。今、目の前に起きていることがどんな風に見えても、全て良き事が起こっていると受け入れると、落ち着いた心に戻れるし、そこにある本当の意味が、あとからでも見えてくると思うんです。物が、直接人の心を幸せにしたり、開放したりすることはないし、子どもも、本当にやりたいことに対しては待つということを自然とするし、やり始めたらちょっとしたことで投げ出したりしないんですよね。外側にあるものをすぐにゲットできることが、子どもの幸せではないから、子どもが待つという経験をする時、親が安心して子どもに寄り添っていけたらいいなと思うんです、息子さんは可愛そうではないし、私たちにはわからないけれど、この経験の向こうから、確かに光が届けられているんだということを受け取りたいし、私たちも一緒に喜び合いたいなと思いますね。 Aさん  子どもよりも子どものようになって、あたふたしちゃっていました。その時の感情に呑まれて、あとに引けなくなるんですよね。 悦子  最初にちょっと過ったネガティブな思いに引っ張られていってしまう事ってありますね。その心をどう変えていくかですね。心を訂正すること。息子さんも、与えられるだけでなく、年齢的にも次の段階に行く時期にきているのだと思います。 Aさんもそういう場面は、もうお任せしていったら、彼からも色々アイディアが出てくると思います。 Aさん  息子が学校で書いたエッセイ(小論文)を持ち帰って来て、それを誰かに見てもらうという宿題があったのですが、字が汚くて全然読めないのです。それを普通に言おうとしたのに、ちょっとこれはまずいな、なぜ綺麗に書けないの?という気持ちがあって、つい「お母さんには読めないから、もう少し綺麗に書いてくれる?」って言ってしまったのです。息子は私の気持ちを察したらしく、気まずくなったので、私は自分の心を戻そうと、彼が宿題をやっている間、他のことをやってそちらに集中しようとしました。 悦子  日本で教育を受けていると、ピリオドがないとか、最初は大文字よ、なんて細かい事がすごく気になりますが、こちらの学校によっては、小学生のうちは想像力をつける事のほうが大切だから、綺麗に書くことに余り重点を置いていないですね。頭の中で想像することを、面白いと楽しめるようになって欲しいし、見た目にだけとらわれていると、書くことそのものを楽しめなくなるのではないかしら。 Aさん  綺麗に書くというよりも、彼が真剣にやっているということにボタンを押してみるべきだったと思います。 Bさん  我家の息子は高校生ですが、私には判読不可能ですよ。でもこちらでは、中学生からタイプで提出するようになりますから大丈夫。内容の方が大事ですね。 永保子  お子さんのことを、全部見てあげることができたとしても、心配はなくならないと思うんです。私たちって、子どもが完璧な存在になると、自分が必要で無くなってしまう、自分の居場所がなくなってしまうという恐れがあって、あなたが不完全だから私がいてあげているのよ、という風にして、お互いのどこかに、欠けているところがあるのを確かめあう関係にしてしまうことがあるなあと思うんです。 悦子   それは、夫婦間にもあるし、仕事を持っていたら、同僚に対してもそうでしょうね。どこかで自分の存在価値を認めてもらいたいために、相手に対して足りないところを見ていますよね。 永保子  委ねても大丈夫なんだなっていうことを、少しずつ少しずつ励ましながらやっていきたいですね。子どものことをじっと見ていなくても、心は離れたりしないし、子どもってこんなにすごかったんだな、私も大丈夫なんだなっていう風に安心して、お互いの強さとかクリエイティビティを、実際にこの世界で見たいですね。それは自然と同時に周りに影響するはずなんですよね。それが、わたしたちが本当にやっていきたい子育てなんじゃないかと思うんです。

Bさん   息子が、アーリーアクション(合格通知が年内に届く方式の受験)で申し込んだ大学の結果が出て、第1希望で出していた大学に落ちてしまったのですね。周りのお友だちの結果が出始めて、もうそろそろ息子の結果も出る頃、本人は受かると思っていて、「ママは、正直どう思う?」と聞いてきました。彼の目を見た時に、「ママは、残念だけど難しいと思うよ。」って、中途半端ななぐさめや、嘘も言いませんでした。息子は、「普通は駄目だと思っても、それを正直に言う親って珍しい。」って言って怒ってしまって・・。でも、私は、「どの大学に行くかというのも大切かも知れないけど、大学でいかに楽しく自分の興味のある事を学べるかという事の方がとても大事だ

と思っていて、その点に関しては、君の事について100%心配していないし、君がどこか縁のあるところに入って、楽しく真剣にまっすぐに興味のあることを学んでくれるだろうということには、まったく心配はしていないよ。」と言ったら、彼はそれまで私の事を酷い、と言っていたのに、「僕は、それには自信があるんだ。」と言いました。私はそれを聞いた瞬間に、ああ良かったとほっとしました。中学や高校の受験は、とんとん拍子に、自分の行きたいところに入れていたので、大学受験で第一志望が叶わなかったことで、息子がどういう挫折感を味わうのかな、と思っていたけれど、「それには自信がある。」と彼が言った時に、ああ、これでいいんだって思えたし、自分がそんな風に思えるようになったのが、何よりも、有り難かったです。 高校受験の時は、息子の受験なのに、息子よりも私の鼻息の方が荒いくらいで、鼻息レースなんてものがあったとしたら、私のほうが、ダントツで先にゴールしていましたから!(笑)。私は、息子がまだスタートもしていないどころか、スタート地点に立つ前から、飛び出してしまうような母親だったのです(笑)。今は、レースにも参加せず、息子のことを引いて見られるようになったことや、鼻息を荒くすることもなく、こうしたお話ができることに、すごく感謝しています。不合格の通知が届いた日、本人は落ち着いていたし、夫が「君がどこに決まるか、面白いね。」と言ってくれたのが本当に良かったなと思います。今まで、形や見た目の良さにとらわれていたところも多いにあったから、わたしがそういうものから離れるのに良い機会でした。 Aさん 私も息子の中学受験に関して、任せているつもりでも、ここに入れなかったらどうしようとか、全部落ちたらどうしよう思っていました。 Bさん 本人にとって一番良い学校に、という理想の形としては、以前からも、そうは思ってはいたのだけど、心底までしみこんで、真剣にそう思えるようになったのは、本当に最近のことです。今までは、やっぱり名前が知れている大学を区別して、そこに価値があると見てしまいがちでしたから。逆に今は、彼がどこの大学へ行って、どういう風につかみ取って進んでいくかということが楽しみです。 永保子  学校に行くのは、私たちではなくって、子どもたちですものね。子どもが、クラスの選択や進路の相談をしてきた時は、「将来を考えて決めるのではなくって、今どうありたいのか、今何をしたいかというところで選んで、そこに精一杯心を注くことが最善なのだから、安心して選んでごらん。」と伝えたいし、「今、本当に幸せなら、ずっと幸せに決まっているから、将来幸せになるために、犠牲を払って苦しむことはしなくていいんだよ。」と伝えたいと思います。もし親のエゴを押し付けたとしても、子どもが「わたしは、こんなに幸せだよ。」と教えてくれるから、ああ、私はまた、自分が欠けていると勘違いして、子どもを使って満たそうとしていたなって、気がつかされるようになっていますね。 Cさん  今までも、娘の部屋が汚いとお話ししていたのですが、汚いこと自体にこだわっているのではなくて、片付けられない娘の状況をどうにかしたい、どうしてそうなっているかを理解したかったのです。でも、とりあえず「片付けなさい。」としか言えないし、少し放ってもみたのですが、やっぱり原因が分からないことに、こだわっていました。そこで、目に見えている事だけにフォーカスしないで、もっと奥にあるものを見てみようと思ったのです。表面上の彼女にアクセスしても何も変わらないから、子どもに問いただすことをやめて、自分の中の思いを見てみよう思って観察したら、将来のことを心配していたり、寂しさを抱えている娘の気持ちが痛いほど分かって来ました。それは、私の気持ちでもありました。ひとつ分かったのは、自分がブレているから、子どももブレてしまうという事でした。それで「100%、ううん、200%、300%、あなたの事を愛しているんだよ。私の言い方がきつかったかも知れないけど、その言い方一つをとって、終わらせないで欲しい。」って話しました。娘はそれはわかっているのだけど、私の言葉を聞いて痛む気持ちがあって反応して、それに対して、私も反応して喧嘩してきたんだなと思いました。 悦子 何があってもママは貴方のためにここにいるから、という事ですね。 Cさん どんな状況になっても、貴方は大丈夫、貴方がどんな状況になっても、ママは大丈夫、と示さないといけないと思って、愛情がたっぷりあるという事を示そうと思いました。イメージで、手を広げて娘を抱いてみると、自分が心地良くなって、娘もこの気持ちを感じてくれたらいいなあと思いました。すると、今まで私の中で、彼女を傷つけていると思っていた色々なことが、「もういらない。」ってなって、娘が中から輝くような感じがして、気持ちが楽になりました。 先日、大雪が降って休校になり、3日間、娘とずっと家で一緒にいることになって、初日は大げんかしましたが、「素敵なお母さんにはなれないけど、それでも、愛情でしか、あなたの事を見ていないんだよ。」って、そのことだけを伝えたんです。そして次の日、何もすることがなくて、なぜかケーキを焼いてみようという気になったんです。今まで、まったくやる気になれなかったのに・・。そうしたら、娘が「奇跡みたい!」って言ったんです。そして急に、自分の部屋の掃除をし始めたんです。何ヶ月も掃除ができない状況が続いていたのに、1時間で綺麗になってしまって・・。心の問題だから、心がすっきりすると出来るんですね。ずっと原因が分からなくてとても苦しかったけど、どんな苦しい状況でも、1日でコロッと変わるぐらいのことってあるんだなと思いました。その時は苦しくて、見ないふりをしたり、踏みこんだり、踏み込まなかったりするのだけど、結局、自分の中をずっと確認してみると、やっぱりどんなにきつい言葉やどんなに優しい言葉を使っても、自分の素直な言葉しか言えないから、素直に言う言葉に何も間違いは無いし、それには愛があるんだと思いました。娘と一緒にいられるって凄いことだし、娘は私に心をゆるしているから、全部、見せてくれるんだと思うんです。昨日も娘が動揺している時に、本当の娘を感じることができて、わたしが安心して自分のままでいればいいのだと思えました。   悦子  ありのままの姿でいるということですね。 Cさん この気持ちが続くようにシェアしていきたい。忘れないように・・。 永保子 ご自分の心を見ようと決心されたことが素晴らしいですね。原因は、ご自分の過去にあったり、お子さんとの今までのやりとりにあったりするのではないし、娘さんの周りの状況が原因になっているのでもないと気づかれたのですね。ご自分とお子さんには、愛だけがずっとあったということ。その本当のコミュニケーションが感じられると、ホッとしますね。 悦子 そうですね、見せかけを変えただけでは何も変わらないということですね。本当に自分の心を変えるということが大切だと思います。 このあとも、しばらくお話が続きました。みなさん、ありがとうございました。 次回は2月6日(木)正午からです。ご参加をお待ちしています。

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