映画「かみさまとのやくそく」を観て  小野永保子 坂本悦子

永保子    CRSで上映会をさせて頂いた「かみさまとのやくそく」にも触れたいと思います。映画に登場する子どもたちは、人の役に立つために、お母さんを選んで生まれて来ていると話していましたね。

Cさん  映画を見て、ぷかぷか浮いていたとか、暗いところにいたという胎内記憶を持っているのは、私の子供だけじゃなかったのだと思いました。前から感じていたのですが、子供が私を選んで来てくれたということを、改めて確認したと同時に感謝が湧いて来ました。彼が生まれて来てくれた意味と感謝を強く感じました。この親にしてこの子ありだけでなく、この子にしてこの親あり、のように、両方から魂と魂の繋がりがあるように感じました。

悦子  胎内記憶もそうですが、それぞれの子供たちが、お母さんを選んで来ているということや、なぜお母さんのところに来たかというところで、見終わった後に温かい気持ちになり、子供を抱きしめたくなりました。  子供が小さい時、私もある意味で挑戦だったなと思うことがあります。すべて試されている気がしたし、生まれてまもなく、まだしゃべれない時、私の顔を見ているだけなのに、この子は私のことを全部分かっていると感じて、恐いと思ったことがあります。

永保子  映画の中で、子供たちが、お母さんが幸せであることで、自分たちも安心して自分のやりたいことに取りかかれると話していました。そこから私自身を振り返ると、自分が両親を選んで生まれて来たのだと、改めて思います。ただそこで、両親の幸せを、私の見方でこうだったら良いのにと考えるのは本当に間違っているし、両親はすでに幸せだというのを、わたしの心を訂正して目撃していくことが大切だと思います。そして、私がその幸せと一つでいることが、両親や子供たちへの一番のギフトだと感じました。 Cさん  映画を見て、子供の頃を思い返してみると、父や母に笑って欲しかったのだと思います。それが一番だったと思います。ところが、大きくなるにつれて、褒められることを愛情とはき違えて、わたしは褒められていないから愛されていないと、親を批判して葛藤していたような感じです。褒められるように行動したり、認められるように頑張ったりしてきた、その元にあるものって、両親に笑って欲しかっただけだったのですね。子供に対しても、わたしのあり方をつくづく考えないと、と思います。私も笑っていられて、幸せでいるために、子供と向き合っていかないと。それこそ、愛の中に勇気を持ってダイブするようなことですね。

永保子  自分の心に責任を持つということを徹底する中で、私たちは最初から愛されているし、守られているし、支えられているということに触れることができるし、私たちは欠けてはいないということを、垣間見ることができるのでしょうね。

タグから検索
タグから検索
アーカイブ