西小山レポート 渡邊美智恵

Aさん 普段は自分で静かな環境を整えて瞑想していますが、今日は子どもがいる中での瞑想という、とてもいい鍛錬をさせてもらった気がします。どういう状況でも、スッと自分の中心に戻ることができるものだとわかりました。まだ子供が幼かったとき、妻は、学校が長期の休みに入る2週間くらい前から胃が痛みだすことが多くありました。自分の時間の流れが乱れてしまうのがストレスになっていたようです。3度の食事を作らねばならない、どこかへ遊びに連れていかなければ・・、などということをプレッシャーに思っていたのだと思いますが、子どもが成長し、親離れしてきたので、この夏休みは意外と楽しそうにやっています。子どもの成長とともに母親も落ち着いてきているようです。

Bさん 息子の小学校の受験勉強があるので、朝から夕方までかなり予定が入っています。塾や夏期講習もありますが、家庭学習をする日は、朝5時半に起きてから夕方まで受験勉強をします。私は息子にかかりきりになっているので、下の娘が可哀想かなと思っています。下の娘も幼稚園の試験があるので、放置している場合じゃないのですが、、息子の勉強をやらせないと・・という責任や、私がなんとかしないと・・という気持ちがあって、娘は、放置せざるを得ないという感じになっています。 それから、私は、息抜きの仕方がわからないというか、まっしぐらになってしまうタイプで、常に糸がぴんと張っている感じです。主人が「家事を変わろうか?」と言ってくれたりしますが、そういうことを求めているわけではないので、主人の気づかいに足りなさを感じてしまいます。主人は疲れているはずなのに、帰ってきてから子どもたちの夕飯を作ったりしてくれて、それが終わると、好きなサックスを吹いて、ワインを飲んでいる。わたしはそんな主人を余裕があるな・・と思って見てしまう。彼は彼なりに、その余裕を作り出そうと思ってやっているのだろうけど、わたしにはそれが出来ないから、悔しくて、苛立ってしまいます。自分が好きで受験させているし、自分が好きで家事も続けているはずなのに、イライラの捌け口が、どこにもないように思います。

美智恵 全部自分がやらなきゃいけないと思うと、胃に不調がきたりもしますよね。夏休みだからといっても特別なわけじゃないので、旅行に連れて行ってあげなきゃ、宿題もやらせなきゃ、受験勉強もさせなきゃ、と、あれもこれも・・と、詰め込まなくてもいいはずです。でも与えられた宿題が計画的に進んでいるか確認したり、楽しいイベントがあれば連れて行ってあげたいと思ったり、受験を控えていればなおさらのこと、責任が自分にのしかかってきているように感じてしまうとは思います。ですが、このときが心を解放して訂正していくチャンスですね。 それから、夫婦や家族で、合格という同じ方向を目指して、同じものを見て、同じものを共有して、寄り添えていたとしても、不足を感じてしまうことはあると思います。私たちは、子どもの行動や誰かの気持ちだったりとかを、コントロールしようとするけど、コントロールできるのは自分の心だけなんです。不平不満の代わりに、信頼、誠実、寛容、優しさ、喜び、寛大、忍耐強さ、これらはすべて愛ですが、このような開かれた心に訂正することに意識を向けていく。不足に時間を費やすより、もっと違う時間の費やし方が、わたしたちにはあります。

Aさん 自分の心の向け方をリセットすることで、子どもを見る目がちがってくるというか、本来の自分に戻れたり、どこまでが躾で、どこまでが自分のストレス発散なのか、境界線がわかってきます。今までは、なんでもコントロールしようとしてきたし、コントロールしてやってきたと思っていたんだけど、冷静になって一歩引いてみると、コントロールして、できたことなんて、何もないですね。そうなると、コントロールしようというところに力を注ぐことが馬鹿らしくなるし、自分ではどうにもならないということが、おぼろげながらわかってくる。委ねてみるのもいいですね。 何かをやったあとに、妄想の世界で「ああなったらどうしよう」「こう言われたらどうしよう」とか考えたりもするけど、その通りになるわけでもないので、やるべきことをやったら、あとは神さまにお願いして委ねる・・というふうにすると、流れがスムーズになる。そんなふうにすると、育児って楽になるのかなぁって思ったりします。

Bさん 今、お話を聞いていて、わたしは、コントロールすれば、どうにかできると思っていて、だからこそ、やらせなきゃ!と思っているんだと気づきました。相手とか状況をコントロールしようとしてるんだなぁと。

美智恵 自分のペース、自分の計画、それがスムーズにいかないという苛立ちを、ご主人にぶつけているんですね。「わたしは、子どものことで、こんなに頑張っているし、いろいろ考えているのに、あなたには、テレビや趣味やワインを楽しむ余裕があるなら、もう少しこちらに寄ってきて!」という気持ちですね。

Bさん 彼は疲れているから・・と思う気持ちもあるのですが、一事が万事、自分の思うとおりにならないと、いやだなぁと思ってしまいます。家をきれいにすることも、料理も好きなのに、最近は、一品料理みたいなのが増えてきてしまっているので、家のこともきちっとやりたいという思いがあります。子どもの勉強のこと、私生活のこともコントロールしようとしているし、主人のこともコントロールしようとしているから、なんとなくギクシャクしているのかなぁって思いました。娘が頑固なので、それが元でイライラもするんです。彼女の頑固さで、物事が進まなくなることもあって、子どもたちを力で押さえつけてしまうこともあります。イライラの処理の仕方、そのあとの気持ちの整理の仕方をどうしたらいいのか・・。それから、私が力で押さえてしまったことを、子どもはどう思っているのか、気になったりもします。

Aさん 人は主観でしかものを見ないと思うので、子どもがどう捉えているかと考えても、それこそコントロールなんてできないし、どうしようもない。そこに自分の見る目を向けるのではなく、自分がどう在りたいのかを見るしかないと思います。

美智恵 家族は、昨日も今日も毎日顔を合わせていて、いろんな出来事があって、いろんなことを知っているわけだけど、毎日、「初めまして。」という気持ちでいるといいと思います。「初めまして。わたしは、あなたのことを何も知らないので、教えてね。」という姿勢でいくと、決めつけがなくなりますよね。この子は頑固だから、落ち着きがないから・・とかではなくて、「どうしたの?」という、ちょっと違った視点から見ることができると、言葉がけが変わってきて、状況も変わってきます。親だからという位置に立つと、どうしても責任を感じるけど、「何も知らないから教えて」とやっていくと、子ども自身が持っている素晴らしいものを、全部出して見せてくれますね。

Bさん 親になって思うのは、自分が親にされたことしか、子どもにはできないのではないかということです。そうすると、この子たちも、いま私がやっていることを、自分の子供にやってしまうんじゃないかと思うと、責任を感じてしまいます。

美智恵 そう思ったら、自分が変わるしかないですね。いつでも、私たち母親は、精一杯やっているんだし、そんな自分を許していくことです。力で押さえられてしまったことを、子どもは感覚としていつまでも覚えているかもしれません。でも、その関係は、いつでも変えることができるので、たった今から、その都度、その都度、コミュニケーションをとりながら、修正と訂正を繰り返していけば、子どもも。そこから新しいことを学んでいくと思います。子どもが、親にされたことを覚えていたら、「怖い思い、痛い思い、辛い思いをさせてしまってごめんね。それを思い出すと私も辛い。」と、心から詫びて、すぐに愛に戻ることです。すぐに愛に戻るということを、今度は、子どもたちに見せていけばいいんです。

Aさん 子どもの頃、いやいや、親にやらされていたことも、大人になったら感謝することになるかもしれないですしね。

Bさん もっと、肩の力を抜いていけばいいんだなと思いました。でもそれすらもコントロールしようとしないことですね。

美智恵 はい。ありがとうございました。

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