西小山レポート②

8/23/2015

 西小山 クラスレポート 渡邊美智恵

 

Aさん
家族のおかげで、自分の思いに気づかされることがいろいろありました。先日、お友達と遊びに行くと言う次男に、キャンディーを持たせたのですが、帰宅後に、キャンディーはどうしたかと聞くと、「僕一人で食べた。」と言うんです。私は、「なんで一人で食べちゃったの?なんで分けてあげなかったの?なんでお友達に食べる?と聞かなかったの?いつもお友達からも、分けてもらっているじゃない。」と、彼に言いながら、別の私が、「ネチネチと、こんなことを言わなくてもいいのに・・」と思っていました。
でもそこで、「あぁ・・」と気づいたのが、私の中に、人からよく思われたいとか、こうしなきゃいけないっていう思い込みがあって、それを次男に求めているんだ・・ということだったんです。「目の前にいる人は自分自身」ということも腑に落ちたので、次の機会に、またキャンディーを渡して、「欲しいという子がいたら、あげたほうがいいけど、これはあなたのだから好きにしていいよ。」と言ってみたんです。キャンディーをどうするかは、次男の自由だということが、受け入れられたんです。 自分もいい顔をしたいし、いい人だと思われたい、というのを子供にも求めて、私がいろいろと入れ知恵をして、行動を制限させているんだな。彼の考えや、彼のことなのに、わたしがコントロールしようとしているな、というのがよくわかったんです。
でも、中学生の長女が、学校のお友達からもらってきた、一個しかないお菓子を見せびらかして食べるということがあって、私は長女が意地の悪いことをしているように思えて、「もう中学生なんだから、わかって欲しい・・」と思ってしまいました。そういう期待が、娘をコントロールしているようにも思うし、子どもが大きくなればなるほど、接し方が難しくて、葛藤しています。長女に対しては「そういうのは感じ悪い」って、言ってしまいました。

Bさん
「子どもには、親として、自分が持っているものを分け与える、ということを教えていく義務がある。」と、考える人もいると思うのですが、その辺はどうでしょうか?

美智恵
この子は、気配りや思いやりがないのかしら・・と、わが子のことを、嘆かわしく思う気持ちになったりもしますが、やはり、与えられたものをどうするかは、その人の自由ですよね。Aさんは、与えられているのはキャンディーではなく、愛と自由を与えられたということに気づいて、お子さんと共に、決め付けを解放されたんですね。
自然と気配りができて分け合うことをする、思いやりのある子もいれば、親が言わないと気づかない子もいるし、どうしても独りで楽しみたい子もいて、タイプ的にいろいろあると思います。親が促して、「あ、そっか!」と気づくこともあるだろうと思いますし。
分け合うことが自然に出来るかどうかというのは、子供自身が、誰かから自然に、「○○ちゃん、一緒に食べよう!」って、分けてもらった経験があるかないかとか、それを、子供自身がどう受け取ったかとか、そういうことでも、随分変わってくると思うんですよ。だからまず、親の自分が実践して、子どもや周りの人に与えていくのが、教えるということに繋がると思うんです。

Cさん
我が家でも、長女が自分で買ってきた物を一人で食べていて、「妹に分けてあげたらいいのに・・」と思うことがあるけれど、妹も同じことをしていることがあります。でも、そんなことを繰り返しながら、親が口をはさまずに、子供たち自身で「これは分けて食べよう。そのほうが美味しいよね。」っていう風に、経験していって欲しいと思います。言葉で言っても変わらなかったりするけれど、経験を通して、変化が見られることもあると思うんです。

Aさん
夫とのことでも、気づいたことがありました。最近の夫はテニスが好きで、子どものために早く帰宅することはないけど、テニスのためなら早めに帰宅もできるといった様子です。息子にもテニスをやらせていますが、先日はテニスがもとで、親子喧嘩のようになり、夫が子供のように拗ねてしまいました。息子よりもテニスが優先という夫の行動に、息子は、「パパと僕とテニス」のように、いいイメージでは繋がらないようで、パパは自分勝手だよね・・ってなってしまっています。そのことを夫と話し合っても、わからない・・というよりは、自分を変えないのです。夫に、テニスより子供ともっと接したほうがいいのでは、と言っても、わかっているのに態度を変えない夫を見て、「言っても仕方ないんだな・・。あ、私、今、仕方ないって思っている・・。」って気づきました。

Cさん
今、言ってもわからないし・・って諦める瞬間ってありますよね。でも、家族それぞれの思いが湧き上がって、それぞれに本気でぶつかってみたり、感じたことを伝えてみたり、私は本当はそういう経験を、やっていきたいんだな・・って感じたことがあります。言いたいことがあったら諦めなくていいし、言えばいいという経験を、家族の中で遠慮なくやって、それでも、また諦めてしまう瞬間ってあるけど、その時は、自分の心の中を見て、自分は恐がっているな・・恐がらなくてもいいんだと、訂正をしたりします。それと、誰かにシェアすると、周囲からいろんな話が聞けたりすることで、思いがけない展開があったりします。
自分の言ったことが、倍返しで来るかも・・ということを怖がって、今は言わないでおこう・・ということもあるかもしれないけど、そういう時は言わないでおくという自分を、ありのまま受け入れればいいと思います。頑張る必要はないし、言わなくちゃってこともないと思うんです。言えている時は、「怒りだすかも・・」とか考えずに、自然に言っちゃってますよね。その時は、相手が聞く耳を持っていなかったとしても、伝えていくことで、あるとき相手が「あぁ、こういうことだったんだ・・」と、受け取る瞬間というのがあるはずなので、相手をコントロールするのも、守るのも、攻撃するのもやめました。子どもたちは、経験から受け取っていくから大丈夫だと思います。

Bさん
仕方ないって思うことは、我慢するということですよね。「お父さんは、よほどテニスが好きなんだね。だったら行かせてあげよう。残った私たちは美味しいものでも食べよう!」という風に、お父さんがテニスをしている間を、楽しんだらいいんじゃないでしょうか。Cさんのお話の意味は、その時に、真剣に伝えていけば、相手にわからせようと思う必要はないっていうことですか?

Cさん
子どもと一緒に、心の持ち方の訂正をする機会を、私がもらっているので、わからせようということではないです。愛を受け取れるように、子どもと一緒にやっていこうという経験を、子どもにさせてもらっていると思うんです。今は、父親のことがどんなに鬱陶しくても、一緒に成長していって、お父さんの愛を感じる時が、きっとあるだろうと思います。

Aさん
子どもから、学校の出来事や、人間関係のトラブルなどの話を聞いていると、自分が子どもの頃のことが思い出されてきて、その時、自分が泣いたりすることができなくて、我慢したことを、癒してもらっているのが、すごくありがたいと思いますし、育児をしていて、面倒くさいなと思うことにも、向き合えるようになりました。

美智恵
家族っていいな、とか、鬱陶しいけど、パパのこういうところが好きだなとか、そう思える瞬間が、いっぱい増えて、家族みんなで共有できるといいですね。子供といると、自分と自分の両親との関係も思い出されたりします。そうすると、私と私の両親との関係までも、この子が癒してくれてるんだな・・ってわかります。これは本当にありがたいことだと言えますね。

 

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