西小山レポート⑤

8/27/2015

西小山クラスレポート 渡邊美智恵

 

瞑想が終わったあと、保育園に通うAさんのお子さん、Yくんの一言に感心しました。本当に神様と近い距離にいるんだなぁ・・・と。

Yくん

お家でも神様につながって、こうして(静かにしていて)ほしい?

Aさん

そうね、いつも元気でいいけど、時々は静かにしていてほしいなぁ・・

美智恵

今日、保育園はお休みしたんですか?

Aさん

いつも、保育園に行きたくないということは言うんですけど、今日は特に強く、「お母さんと一緒にいたい。」と言い出したんです。私は、「じゃない会でゆっくり話したいのに。保育園に行ってほしい。」と思いました。でも、じゃない会って、どういう会だった?と思い返したときに、「Yがその場に居ないから穏やかでいられるんではなくて、その状況に関わらず、一緒に居ても平和を選択するのが、じゃない会だし、平和でいたいから参加したいと思っていたはずだった。」ということを思い出して、保育園に電話して休みにして、連れて来ました。保育園に行ってしまえば楽しんでいるんですが、休日明けは、「お母さんと一緒に居たい。」と言って休みたがることがよくあるので、そういう時の朝は葛藤が始まります。

美智恵

私も、子どもがまだ小さいとき、その日の気分で休ませると、休み癖がつくんじゃないかとか、そうすると、自分のやりたいこと、やらなければいけないことが、できなくなるんじゃないかと恐れて、厳しく言って、登校させていました。癖がつく、という思い込みと恐れから、「ダメダメ!!」と言ってしまいがちですが、そういった思い込みと恐れを、私たちは手放さなければなりませんね。

Aさん

そうですね。そのとき、そのときに、状況が変わるから、そこで考えればいいのに、考えが先走ってしまいます。

Bさん

まだ起こっていないことに不安を抱いてしまうことってありますよね。たとえば、私は、中学生の娘にまだ携帯を持たせていないのですが、実は端末機は購入して、用意してあるんです。でも今の娘を見ていると、まだ渡せないな・・と思っています。今、私の携帯を一緒に使っているのですが、その様子を見ていると、まだまだ、不安になるんです。携帯を持たせるにあたっては、約束事が必要かと思っているんですが、今、心を穏やかにして、そのルールを考えているところです。その参考になるのが、アメリカのボストンに住む13歳の少年に、iPhoneを渡すときに、お母さんが与えた、“18の約束”です。それには、本当にお母さんの愛がこもった、素晴らしい内容でした。(*インターネットで「18の約束」と検索すると詳細が読めます。)

美智恵

それはiPhoneに限らず、ゲームなどもそうですね。親のエゴのルールではなくて、愛情のこもったルールを与えて、信頼する。安心する。私もぜひ、参考にしてみます。

Aさん

Yは自分の話を聞いてもらいたい要求が強くて、私は、聞く時間を作ってはいるけど、何か他のことをしていて、集中して聞けないときもあります。それを子どもがわかってくれなくて、「なんで聞いてくれないの!?」と言われると、「聞けないときだってあるよ!!」と、昨夜はすごく怒っちゃいました。

美智恵

「聞けないときだってあるよ!!」って言ってもいいと思います。子どもには正直に、「わたしも疲れたよ。」「今は集中して聞けないの。」とか、言ってあげたほうがいいし、ついでにお手伝いをお願いしてみると、その子の自信にもつながります。小さいうちから、そのような正直なコミュニケーションができるのは素敵ですね。

Aさん

Yにそうやって言えばいいんだけど、自分が、いっぱいいっぱいになっているから、「お母さんだって聞けないときがあるよ!!」と強い言い方になってしまって。そうなる前に、普段から、平和な心で伝えられたらいいんだな・・と思うんですけど、追い詰められてから言ってしまうから、Yも委縮しちゃうくらいの乱れた気持ちで言ってしまいます。その子の自信になるということは、自分に価値があるから頼まれているというか、存在として認められているというか、お願いされてるというのは、負担じゃなくて、自分を信頼して頼ってくれてるんだということなんですね。

父がアルコール依存症で鹿児島で病院に入っています。父と母は離婚していますが、鹿児島に住むの家が古くて、尋常じゃない数の虫が出ていて、ノイローゼになりそうだと言っていたことがありました。そこで、私の近所に住む姉が、母と一緒に住むつもりで家を建て、そこに母が一緒に住むことになりました。それによって、一人鹿児島に残っている父のことを可哀想だと、私は思って見ています。姉が母と一緒に住んでいるので、私が父の保護者になっています。

父は退院をしたがっているのですが、まだ、退院をできる状態でもなく、引き取ることもできません。鹿児島という遠い距離に居ることでなかなか会いに行けないことに申し訳なさを持っていましたが、「自分の人生が、幸せになることが、お父さんのためでもある。」と、施設の先生に言ってもらって、会いに来れないことで申し訳なさとかを持つことはないし、どっちかというと、依存症の人は、時々でも会いに来てくれる人がいると、まだ頼れるものがあるとなって、自分を見るキッカケをなくすこともあるそうです。会いに行けないのは、どん底になって、自分を見つめ直さなきゃいけないなって、なるいい機会かもしれないです。今は退院させることはできないけど、とにかく父のことを愛していることに変わりはないと伝えたけど、父は見捨てられた感があって怒っています。病院の先生に言ってもらった一言で、わたしは父を愛していないわけじゃないって思えました。

美智恵

だからって不幸なわけでもないしね。

Aさん

そうなんです。そう思えるまではすごく時間がかかって、隔離病棟に入っている=不幸な人というふうにずっと見ていたので。今、私自身、父が入院しているようなところと同じような職場に勤めているので、患者の家族の気持ちもよく理解できているつもりです。

Bさん

アルコール依存症の症状とはどんなものですか?

Aさん

とにかく尋常じゃない量のアルコールを飲み、暴れて、母に暴力をふるったり、ギャンブルに手を出したりするので、もし退院しても、アルコールだけではなくていろんなものに依存してしまうんじゃないかと思うんですよね。

美智恵

また周りに迷惑をかけてしまうという恐れがあって、退院させられないと思っているんですね。お父さんはどんなところに恐れを持っていて、お酒などに依存したのでしょうか。Aさんがそれを察することなどはありますか?

Aさん

そう。そうなんですよね。父は兄弟がいっぱいいる中で、自分だけいろいろ買い与えられ、父だけ大学にも行かせてもらっているという育ち方をしました。社会に出て初めて挫折を知ったときに、父の母だったら、「よしよし」と抱いてくれるところだろうけど、私の母は全くそういうタイプじゃなくて、叱咤激励というか、「何やってんの?!」という目線で見ていたんだと思います。

美智恵

お母さんのそういった思いも理解できます。「私はあなたの母親じゃない。二人の子どもを養育していかなければならないときに、何をしているの?!」と言いたくなるでしょう。お父さんは、社会でなんらかの理由で挫折して、自尊心をなくした。誰でもそのときは精一杯にやっているし、それがその人のベストなのだから、「頑張っていたんだよね。」というところを一緒に見ていけたらいいですね。小さいころから、お酒を飲んで暴れているお父さん、というイメージを持ったまま、アルコール依存症というレッテルを貼ったまま、ここまできてしまった、ということを、私たちは訂正していかなきゃならないところですよね。そういったイメージやレッテルから離れたところから、お父さんと会ったり、話を聞いたりしたことはありますか?

Aさん

父を、ちゃんとまともな話ができる相手だと見ていないです。私がスピリチュアルなことに目覚めたときに、本を読んでと持っていったことがあるのですが、本の内容を、他人事のように言われてしまいました。今日の面談を、父を本当の魂として見ようと思って、私が一生懸命になればなるほど、他人事のような感じで返ってくるので、こういう話を、一生懸命するだけバカみたいだと思っていました。「お父さんの脳ミソはアルコール漬けになっているようなものだから。」と主治医にも言われて、今世の父に話しても、気づきなどは期待できないんだと思っちゃっています。とにかく自分が100%犠牲者という感じで、父はカウンセリングや自分を見つめる作業を拒むから、治療の入り口にもいけてない状態だとも言われています。それをクリアしないことには、私が話を聞いたりするのは難しいです。アルコール依存から回復して社会復帰した人たちは、「本当になんてことをしてしまったんだ」という気持ちになるそうなんです。家族に迷惑をかけた。と思うらしいのだけど、父の場合は、自分がこうなったのは周りのせいだと思っています。30年近くもそういう状態です。事実も記憶もすり替わってしまった状態なので、当時のことを思い出しながら話すということも難しいんです。でも、そうか・・・。「誰かのせいで・・」というのが父の感情なんですね。

美智恵

誰かのせいにしないと自分を保っていられなかったのでしょうね。

Aさん

本当に同じことを思いました。自分がしてしまった間違いを、どうしようもなくなるから、絶対に見ないようにしようと、頑張って、頑張っていたんだなって。

美智恵

ということは、お父さん自身が、自分のしてしまったことは、本当に大変なことなんだと、そう思っているということですよね。

Aさん

そうだと思います。

美智恵

お父さん、そんなに自分を責めないで。お父さんだけが自分を責めているんだよ。ということですね。

Aさん

そのように、言ったことはなかったです。逆に、「お父さんはなんでもっと自分を責めないの?」と思っていたかもしれないです。「ごめんね」って一言言ってほしいと思っていました。

美智恵

もっと後悔して、自責の念を持ってほしいと思うということは、それだけAさんも、辛い思いをしてきたんですね。

Aさん

そうです。わたしは、「ゆるし、ゆるし」と思ってきたけど、やっぱり、父に会うたびに、「なんで、自分が悪かったって言わないのよ。」と思っているんですよね。

美智恵

それだけエゴが反応してしまうほど、Aさんも辛い思いを抱えたということです。そこを、訂正ですね。お父さんをゆるそうとせずに、ゆるせないでいる自分をゆるす。お父さんを責めたくなる気持ちを、自分でしっかりと受け止めてゆるして手放していけたらいいですね。

Aさん

父を、「可哀想なひとだから絶対に責めることなんてあっちゃいけない。」という時期もあって、でもあるときから、「父のせいで・・」という時期にも入り、それを手放せてたと思っていたんですけど。

Bさん

今、Aさんがいる環境、職場でご自分が癒されていくという経験を、目の前にいる方と一緒に、真実を見せてくださいということを、分かち合って、自分が見ているものを受け取っていれば、お父さんとも繋がっているから、Aさんとお父さんの癒しになるのかなと感じます。癒しの瞬間は思いがけないところからやってくると思うんです。

私の亡くなった叔父も、仕事中に足を落としてしまうという事故があって、そのときに叔父は家族がいなくてよかったと思ったらしいです。自分がやりきれない思いというのを、家族がいると甘えてしまって、当たってしまうんじゃないかという怖さがあったみたいで、一人でよかったと思ったみたいです。でそれから病気になって、入院してからも叔父はタバコをやめられずにいました。喫煙所で他の入院患者さんたちとコミュニケーションをとっている話を聞いて、叔父の強さを見たような気がします。他の入院患者さんの話を聞いてあげたり、頼りにされていることを嬉しそうに事話してくれて、人に頼りにされたりすることって、すごく大きい力になるんだなと思いました。

Aさん

心配してあげることが当たり前と思っていたけど、安心して見ていてあげるといいんですね。

美智恵

心配と言うのは愛情のようでいて、ただの自分の恐れですからね。

Aさん

先ほど出た母の家の虫のことなんですが、「なんで?」という問いに、意味はないのは、わかっているのですが、母の家に虫がきたということは、母が結婚の失敗などから、「自分はなんで生まれてきちゃったのか。」とか言ったりします。そうすると、私と姉の存在も否定されているような気になってしまって、愛を見る勉強をしていなかったら、すごく辛いことです。母がそんな罪悪感を、自分自身が持っているから、虫が湧いたのかなと思ったり、数が尋常じゃないと聞いたときに、罪悪感なんだな・・と勝手に思っています。だから、私にできることは、自分を責めている母を受け止めるということをしていたんですけど、なんで虫が出たのかな・・と思ってしまいます。

美智恵

罪悪感と虫は全然関係ないものです。その虫を見て、罪悪感があったからこんな虫が湧いているというのはマジックにはまっていることになりますね。罪悪感があるから虫が出た、と結びつけるんじゃなくて、ゾッとしてしまう私の心を観察することですよね。

尋常じゃないおびただしい数の虫を見て、不快に思わない人はほとんどいないから、何を見ても、そこには神と愛があるということを、ちゃんと選んでいるかどうか、訂正しているかどうかというところを観察ですね。

罪悪感のせいで物事や何かが出てくるというよりも、起きている状況を見て罪悪感を持っていることに気づくというものです。でもその罪悪感だって、本当は無いものなので、手放していけます。そういうふうに結び付けてしまうことをやめることです。そしたら、害虫駆除を頼んであげて終わりにしていけるはずです。

今日もたくさんのシェアをありがとうございました。

 

 

 

 

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