CRSレポート⑧ 小野永保子 坂本悦子

Cさん 今の話を聞いて気がついたのですが、うちの下の子も、何でも自分が欲しい時期で、いつもお兄ちゃんが我慢しています。4歳半離れているので、我慢に我慢を重ねていたようで、先日、気がついたら、お兄ちゃんが泣いていて、そんなに我慢させてしまったのかという気持ちと、なんで3歳の子に泣かされているのかと驚きました。普段、嫌だったらその場から離れたり、違うものを渡せばいいと言っているのだけど、その時はどうしても出来なかったみたいです。よく頑張ったねと言って、下の子を離して、好きなように遊びなさいと言ったのですが、やっぱり、ぎゅっとした方が、良かったのかなと思います。でも、お兄ちゃんは、もう背も高いし、体重もあるので、ハグは出来ないな、と正直思ってしまいました。

悦子 心からお母さんが言っていたなら、ハグしなくても伝わっているものですよ。

Cさん  ここのところ、朝、主人と息子が一緒に出るようになったから、時間のある時は一緒にハグして送り出していました。でも他の時に、上の子にハグ出来ないのは、なんでだろうと思います。

悦子  ハグしなくても、肩をポンポンって叩くだけでもいいのよ。ちょっとタッチするだけでも、それもスキンシップだからね。

Cさん それぐらいなら出来るかもしれません。以前は、上の子に意識を向けないといけないと思っていたので、いくら下の子が泣いていても上の子を一番に優先していたのですが、下の子が大分分かるようになってから、下の子の方へ優先順位が変わったというか。上もお兄ちゃんという意識ができてきているから、待てることは待ってもらったりするうちに、気づいたら、ハグすることがなくなったんです。

Bさん この前、何かで下の子たちがほめられていたら、Cさんの息子さんが、「いいね、小さい子はこんなことでほめられて」って言うので、お母さんたちと笑って、「子供って面白いね。」って言ってたんですよ。

Cさん  息子は少し冷静で、同級生の子と比べると、物事を引いて見られる面を持っているので、私は、つい頼ってしまうというか、分かってくれているだろうって、思っているんです。

Bさん あの時、息子さんは、ほめられたいのかなぁって思いました。いつも何でもすごく出来てるから、なかなかほめられないのかなって。

永保子 アメリカ人は、子供に「 I’m proud of you」って言うじゃない?私たちは、そんな風な経験は少ないかもしれないですね。

悦子 アメリカ人の夫はいつも言ってますよ、「I’m proud of you」って。こんなことで言うの?ちょっとハードル低いのじゃない?って。でもそれを言ってもらえたら、子供たちも嬉しいみたいだし、彼らの自信にもなっていきますね。

Cさん  学校で絵をほめられた時、「よく描けたね」ってほめて、絵を飾ると喜ぶし、「ママありがとう」って言ってくれます。そういうことを増やしていければいいのだろうけど、意識していないと、心から出来なくなっています。

悦子  今までは、宿題をやりなさいと言わないとやらなかったのが、お母さんが待つことが出来るようになったら、自分からやるようになったでしょう。そこで、「もう終ったね、凄いね」と声をかけていければいいのだと思います。それがだんだん増えていけばいいのだし。

Cさん  宿題に関してばっかりかも(笑)。そこから意識が抜けきれてないし、やっぱり向いているのかも。口では「早く」と言わないようになったけど、自分の意識はやっぱりそこにあって、ついそこでしか誉めてないのかもしれません。

永保子  ほめることで、相手が、ほめられることをやらなきゃいけないとなると、お互いに、制限されることになりますね。

Cさん 自分も、小さい時先生にほめられたら、またほめられたいから頑張るって気持ちを覚えているから・・。でも親にほめられたいから、何かをやりたいという子になったら・・と考えてしまうんです。子供の駄目な部分も受け入れて誉めるのだったらいいのだけど、なかなか、この駄目な部分を受け止めるのが、難しいんです。

永保子  お母さんは、息子さんのどこを駄目だと思っているのかな?

Cさん  家族同士が集まってパーティーをする時、すごい人数になるので、息子がちょっと騒いだら、「いい子にしてなさいよ」と睨みたくなるので、「しっかりしろよ」とか、「大丈夫、大丈夫」と心の中で言い聞かせています。でも、覗いてみると、やはりハメを外して騒いでいて、「どうして、そう騒ぐの?」と思うんです。

Bさん 彼は、やって良いことと悪いことは分かっていてると思うよ。

Cさん そこが許せないというか、受け入れられないというか・・。

永保子 その、息子さんを制限する、Cさんの心を見ていく必要があるわよね。それは、息子さんの問題じゃないものね。

Cさん そう、私なんです。下の子と同じように、自由にさせてあげればいいのに、息子には、制限というか、理想像があるんです。

Bさん そう、私も母親や姉に言われます。下の子には言わないのに、上の息子には何故こんなに厳しく言うの?下の子もそれをわかっているよ、と言われます。

悦子  自分の足りないところを見ているというのもありますね。自分の理想や、無いものを見て反応することって多いから、何故この子のこの部分を見ているのかなって、心を良く観察してみることですね。そういう場所に行ったら、もう自由にさせてあげた方が、お母さんも楽しめるのに、なぜ制限するか、ですよね。

Cさん 以前に比べたら、自分も大分変われたので、お誕生日会に行ったりしても、あまり気にならなくなってきたけど、まだ「ちゃんとやってよ」ってどこかで思っています。その時、自分を戻すことがなかなか出来ない。どうしたら常に自分が平和な心でいられるのか。自分の心が少し揺れると、それが息子にいってしまうのだと思います。

永保子 ちゃんとやらなきゃって、っていう「ちゃんと」って、Cさんにとっては、どんなイメージがあるんでしょうね?

Cさん  ハメを外さず、やるべきことを時間内にやることです。そうじゃなくてもいいんだって思える日と思えない日があるから、息子も、混乱してしまうのだと思います。

永保子 やるべきことを時間内にしようとすること、例えば、約束の時間に間に合うよう、電車に乗るなんていうのは、そうでありたいと思いますよね。でも、Cさんがやるべきこと、と思っていることの中には、価値があることと、無いことのランク分けがあるのではないかな?

Cさん 何でも、白黒はっきりさせたいのだと思います。間のグレーゾーンが狭いような気がして。

永保子  Cさんには、これならちゃんとしているという意味づけがあって、それ以外のことを息子さんがやっていると、ちゃんとしていないと思う訳じゃない?でも、私たちがしたいのは、息子さんの心と繋がって、息子さんの奥にある光を見たいので、自分のジャッジを脇に置きたいのです、助けてくださいっていう思いを持つことなんですよね。息子さんを育てていく中で、息子さんと何を経験していきたいかということなんだけど、Cさんの理想の王国を建てて、そこに息子さんを閉じ込めておくことが本当にできるのかな?子供は、お母さんの理想を完璧にこなすためにいるわけではないよね。親子で、心から本当にインスピレーションを受けとってそれをシェアして、それが広がって、人と喜びの人生を分ちあっていくことではないかな?そう思うと、Cさんは、本当に愛情をかけて手間ひまかけて、息子さんに寄り添ってきたんじゃないかしら?

Cさん 自信を持っていいのかなあ?

永保子 Cさんは、子育てで何を目指してるの?

Cさん 何を目指してる?うーん、人に迷惑をかけないことかなぁ?

Bさん 彼は、ぜんぜん迷惑なんてかけていないですよ~。

永保子 迷惑をかけないことも大切だけど、かけてしまうことは誰にでもあるから、その時、助けてって言えるようでありたいですよね。そして助けてもらったら、ありがとうと言えるようでありたいよね。

Cさん そうですね、助けてって言える子になって欲しいかな。我慢ばっかりしているから・・。

永保子 迷惑をかけないように、Cさんが、これまで頑張って来たのよね。

Cさん 自分が何をもとめているのか、わからなくなってきました・・。

永保子 私たちが求めているのは、安心することなんじゃない?

Cさん そうですね、息子にも、どうやって愛情を表現していいかわからないから、安心できる家を作ってあげられたらと思います。でも、どうしたら、あの子が安心するのかなって、何でもかんでも、考えてしまいます。

永保子 まずお母さんが、安心の心に戻ることよね。

悦子 私は、あななたちに、愛の光を向けているのよと、確たる心を持っているといいですね。口で言うのではなくても、お母さんとしての自信を持っていれば、そこにいるだけで、伝わると思うのよね。

Cさん たまに、「僕もママに甘えたいけれど、どうやって甘えたらいいのかわからない。」って言うんです。下の子が自由に甘えているから、「僕も甘えたいけど、僕がママの膝に乗ったら重いよね。」と言う。あの子は私に何を求めているんだろうって?どうやって甘えたいんだろうって?勇気を出して言ったんだろうから、受けとめてあげたいと思って、おしゃべりしようってなったんだけど、私の中では、甘えるイコール抱っこなのに、体重がもう重いから、正直、無理だと思うんです。

永保子 ご自分の中で、ちゃんとしていることと、ちゃんとしていないことの両方をノートに書いてみてくださいね。そして、どちらにも意味はなくて、それを超えた本当のコミュニケーションがあるということを見て、経験していきましょう。

Cさん ちゃんとしていることと、してないことの区別は、誰かに迷惑をかけているか、かけていないかだと思います。

永保子 迷惑をかけることと、かけないことということは、自分の判断の中のことですよね。たとえば、迷惑をかけられたと感じることは、人によって、その時によって違うから、「迷惑」を基準にしても、安心して人と繋がれないんですね。だから、迷惑をかけなければ、安心するという図式を見直してみる必要があるのよね。そして、本当に安心したいので、助けてくださいとお願いする気持ちが持てるといいですね。

Cさん 自分の気持ちが落ち着いて安心しているときは、子供のことを一歩引いて上から見ることができるし、それが最近増えてきたんだけど、そうでないときに駄目になってしまうので、常に自分が安心できる心になれる方法はないでしょうか?

永保子 エゴの私が、どんなに、何とかしようってやっても、難しいの。自分で何とかするのではなくて、自分の中に真の力があって、その力が動いて、それをさせてくれるので、助けてとお願いする心を持つことでしかできないんです。だから、私たちは、ホーリースピットに助けてとお願いします。それに、本気で、安心の心に戻りたいんですとお願いする心は、その時点で、安心に戻っているんですよ。戻りたいと思う、そのことが、祈りとして届いているし、ああ、戻れなかったし、また心が揺れていると思っても守られているんです。だから、相手が、愛せる証拠を見せてくれたら、愛せるのに、というのではなくて、自分から愛を、真心を使って、今できることを差し出していく。本当にこうでありたいという自分自身を、交換条件なしに、与えるということをしていけるといいですね。それも、安心の心が、すべてのスタート

で、そこから可能になるのだから、やはり、助けてくださいというお願いの気持ちが最初だと思いますよ。

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