西小山クラスレポート⑦ 渡邊美智恵

Aさん

1番は仕事のこと、2番は主人のこと、このふたつが常にわたしの愚痴となってしまっているようで、わたしが通っている整体治療の先生から、「自分とつながり、アウトプットすることで、自分の思いが整理されてくるから、そういう場をたくさん持つといいよ。」とアドバイスがあり、この、「じゃない会」を紹介してくださいました。

初めての参加です。

Bさん

子どもにスマートフォンを持たせるにあたって、いくつかのルールを作って、守れなかったら没収ということにもしたのですが、簡単に、約束を破られてしまいました。つい、わたしも、「まぁ、いいか・・」とか、「没収は可哀想かな?」と思ってしまうのですが、「いや、それは違う。ここは、わたしが約束を守らなければいけない。」と、わたしのための約束という感じもあるので、毅然としていました。

学校の授業があるときは、自宅学習時間を1時間というふうに、設定してあるのですが、夏休みに入って、塾の夏期講習が、数時間はあるものの、自宅での学習を相変わらず1時間しかしない子どもに、「それは違うでしょう!」と憤りを感じています。

スマホは夜10時になったら、電源を落とす約束になっているので、10時ギリギリまで使っていたいんだと思います。そこから勉強を始めるので、「1時間以上の勉強は、無理!」ということのようです。勉強をしないと、翌日は、スマホを没収されてしまうから、嫌々、勉強をするといった感じです。

こんなふうに、子どもたちのルーズさが、目についてしまう夏休みでした。

わたしは、子どもたちのルーズさや、部屋の散らかりを見たくないので、つい、わたしが片付けてしまっていたのですが、仕事も持っているわたしには、「これ以上は、もう無理!」という思いもあって、「それはやらなくていい」と思えることは、やらないことにして、洗濯や家事も、少し放棄することを自分に、ゆるしてみました。

そうすると、子どもたちは、必要に迫られれば自分で動くんだということがわかりました。こうして、勉強のことも、気にはなりますが、本人に任せて、静観していることにしました。少しずつ、子どもたちが自立していくようになって、自分のやりたいことができる、開放される経験をしました。

Aさん

わたしの母は、すごく忙しくて、洗濯とか全然しなかったので、わたしは、自分で洗濯せざるをえなかったんです。そのときに、母に対して、「普通、母親だったら、するだろう!」というような怒りが、正直あったけど、わたしも子どもだったし、優等生的なところがあったので、忙しそうな母を見ていると、「自分のことは自分でやらないと・・」とも思ったし、「少しでも手伝ってあげたい」という気持ちもあったけど、中学生の頃になると、精神的な反動が体の症状となって出てきました。

成人してから、反抗期みたいな感じになって、「わたしは、あのとき、あぁもして欲しかった、こうもして欲しかった」というふうに、母に対して、愛を求めていたんだということに、初めて気がつきました。

私自身、母に、何か「やりなさい」というようなことは、言われることなく育ってきたからか、高校生の息子には何も言いません。

わたしも仕事を持っているので、防犯上、小学生の時から携帯を持たせていました。「食事のときは、寂しいから、携帯はしないで。」というのを、お願いしたことはありますが、今じゃ、わたしの仕事がすごく忙しくて、わたしのほうが、常に、食卓に携帯を置いて、仕事の連絡が入ると、即返信しなければ・・ということをしています。そうすると、子どもにも、言えなくなるので、今は、「各々の責任で、やっていきましょう。」みたいな感じになっています。そこに、淋しさを感じているのは、単なるわたしのエゴであって、ここにスマホがあろうが、家族の心が繋がっていれば、会話がなくても、食事を一緒に囲まなくても、そういうことは、べつに、いいんじゃないかな?信頼関係みたいなもののほうが大事じゃないかな・・?という気もしてきたので、今は、食事中に携帯を使ってはいけないということに、あまり囚われなくなりました。

わたしは息子との関係は良好ですけど、主人や職場のオーナーには、わたしが心を閉ざしちゃうんですよね。どうしたらいいんだろう・・と思うんです。

主人は、いろんなスピリチュアルな世界を探し、学んでいる人で、わたしは、「それだけ勉強しているんだから、いつか主人は変わるだろう」ということ期待していたけど、全然変わらないんです。主人自身は、自分の心の中の変化というものは感じているようですが、だからといって、対わたしや、子ども、人間関係に対してというのは、何かまだ、取っ払えないものがあって、その原因は自分の中にあるっていうのも、多分、よくわかっていると思います。

それで、一番の捌け口で、甘えられるところは、わたしなんだと思うんですが、だから、わたしに対しては、イライラやキツイ言葉をぶつけてくるんです。わたしは、言い返しても負けてしまうから、言わせておこう・・というふうにしていたのですが、「わたしも、もっと自分の気持ちを爆発させてもいいんだ・・」ということを、最近、学びました。

わたしは、美意識というか、そういうものが邪魔をして、罵声が飛び交うような気持の表現の仕方はできないんですが、自分の気持ちを相手に表現しないというのは、逆に、相手に失礼かもしれないし、第一、相手に伝わらないし・・と思って。でも、言葉ではまだ言えないので、家出したんです。1泊2日で帰ってきたんですけど、それで主人は、初めて、「申し訳なかったな」と思ってくれたみたいですけど、でも、一時的なもので、家出というのは何も意味がありませんでした。わたしは、やっぱり、日々日々、自分の気持ちを伝えていくってことが、どうも苦手なんだなということは、わかりました。

職場のオーナーにも、言いづらいことなどは、言えません。例えば、自分の思いを伝えると、嫌われちゃうんじゃないかしら・・とか、逆に、相手が傷つくんじゃないかとか、考えてしまいます。

でも、逆に、職場のオーナーは、わたしに対して、ズバズバと言って来るので、グサっときたりするんですけど、でも、言ってもらったほうが、気が付くこともあったりして、ありがたいな・・ということも、あるんですよね。だから、きちんと受け取りたいという思いもあるんですが、「受け取りたくない」と駄々をこねているわたしもいて、だから与えることもできない。それがわたしの課題なのかと思います。

美智恵

言いたいことを言えずにいるというのは、子どもの頃からの、癖になっているだけではないですか?

Aさん

オーナーと母は似ているかもしれないですね。わたしと性格が真逆で、男性的でテキパキと早い口調なので、ものすごく緊張しちゃうんです。伝えたいことの途中で、「あなたは、これこれ、こういうふうに思っていたんですね。」など、先に結論を出されてしまうこともあって、「いやいや、そうじゃないんですけど・・」と思っても、「もう、じゃぁ、言わなくてもいいや・・」となってしまって、おっしゃる通り、母のときも、学校であったことや、聞いてほしいいことがあって、「聞いて、聞いて!」と言っても、「あとでね」と言って聞いてもらえなかったりというのがあって・・・。拒否されるくらいなら、寂しいから、言わないほうがいいかなと思ってしまいます。

美智恵

コミュニケーションがうまくいかず、寂しいということですね。

Aさん

そうですね。最大のテーマはそれですね。でも、なぜか、息子とは、違うんです。

わたしの愚痴を聞いてくれて、わたしの気持ちを理解してくれて、「お父さんは、絶対に言っても変わらないよ。自分の都合のいいことしか言わないし、興味のあることしか言わない。俺のことも、勉強のことや、学校のこととか、自分の興味のあることしか聞いてこない。

俺の好きな音楽の話をしたりしても、パソコンをいじりながら聞き流している。」と言って、息子も諦めています。わたしは、息子に、「諦めないで!」と思います。

美智恵

罵声や、お互いを罵り合うのって、美意識がどうのと思う以上に、嫌ですよね。それをしても、家出と同じく、意味がないし、直接本人にぶつけても、もっと険悪になることもあるかもしれないですよね。自分の怒りとか、「悲しいな、こういうことって・・」という思いは、息子さんや、誰か聞いてくれる人が居たら、聞いてもらったらいいと思います。当事者同士は、どうしてもエゴ同士のぶつかり合い、すべては不安や、心配からくるコミュニケーションになってしまうので、誰かに聞いてもらうなどして、ワンクッションを置いて、愛のほうへ意識を変えて、それから自分の思いを伝えてもいいですよね。

息子さんに対するご主人の接し方も、ご主人に不安があって、学校や勉強のことを聞くんだと思うんですけど、不安もあるけど、息子さんに対する愛もあるから、将来のことなんかを考えたりしているから、聞くんだと思うんです。

ただ、愛というのは、わたしたちが生まれて、身に着けてきたものとは違う、信頼というゆるぎのない愛ですよね。それがあれば、息子さんとのコミュニケーションも変わってくるかもしれないですよね。

Aさん

息子も、喜びを分かち合いたいんだけども、分かち合えない、と諦めているんでしょうね。

だからわたしは、唯一、息子に言い続けていることがあります。わたしと二人で買い物に行ったりして、お金を支払うときに、「今、ママが支払っているように見えてるけど、これは、パパのお金だよ。それは忘れないでね。」と、パパの頑張りを伝えたいな、という気持ちがあって、このことを、しつこいくらいに言ったりしています。そういうところぐらいは、パパと繋がっていてほしいなと思って。

あと、どれだけパパが大きな愛を持っているかということも伝えたいのですが、何せ、主人は、感情で動いているようにしか、わたしには、捉えられないんです。

〇〇さんからのアドバイスで「もっとその奥を見て。」と言われたんですけど・・。

美智恵

感情同志、つまりエゴ同士でぶつかっているときは、その奥を見ようとしても、なかなか難しいですよね。今の自分じゃ見れない・・ってこともあるから、そういうときは、見ようというよりも、「愛の部分はあるんだよね。」ということを意識しているだけでもいいと思うので、「愛がある」というところに意識を合わせることが大事なのだと思います。

Aさん

主人は目に見えない愛よりも、目に見える愛情が欲しいみたいなことを言うので、わたしも、意外と、主人には、何もしてあげていないのかな・・と思っていました。

お互いに、愛に飢えてるというか、愛を欲しがっているのかな・・というのは感じました。

美智恵

相手がどんな罵声を浴びせてこようが、どんな態度をとろうが、それは、わたしたちに愛を思い出させてくれている、ただそれだけのことなんです。お互いに、目に見えない愛を確認したくて、「こんなことしても、こんなことを言っても、あなたは、わたしを愛しているよね?」って、これでもか!というほどのものを、相手が持ってきてくれているんじゃないかと思うんです。わたしたちに、愛を思い出させてくれている、ただ、それだけのことだということを受け入れていないと、受取れないし、幻想だとも思えないし、その奥を見ようと思っても難しいですよね。

それで、わたしが見たいものはなんだったっけ?と、愛を思い出すということをすると、お互いが感情的になっていても、その奥の、例えば信頼とかが見えるようになって、「あぁ、信頼という愛を、わたしが忘れていただけだった。」と、ゆるしが行われて、相手にも、「(忘れていて)ごめんね。」と言える、ゆるす、という経験を、わたしは、したことがあります。あとは、相手の心が鎮まっていくのを待つしかない。待つしかないというと、自分が我慢するしかない、とか、やっぱり言いたいこと言えなかった、とか、すぐに、また、エゴに引きずり込まれそうになっていきますが、「それは違う。わたしたちがコントロールできることなど何もない。できることは、愛に意識をあわせることだけ。」ということに、すぐに気づくことができます。あとは、Bさんのように、「これ以上は、わたしには無理」ということを受け入れて、ホーリースピリットにお願いしていると、誰か、第3者という、ホーリースピリットが現れてくれて、助けてくれたりすることもあるんだなと思います。

Bさん

「わたしが救われた」ってことですね。

美智恵

そうなんです。そうすると、誰に対しても感謝ですよね。そうやって、二人で救われていくんだと思うんです。

さきほどAさんが息子さんに、「これはパパのおかげよ。」って教えるときに、「ありがたいよね。」っていう心を乗せていくと、また、変わってくるかもしれない、奇跡が起こるかもしれないですよね。心を乗せるということは、自分の心をまず変えていかなきゃならないから、やっぱり、自分が救われていないと・・と思いますね。

Bさん

Aさんは、「それでもわたしは、どうにかやっていきたいのよ。」と感じる中で、Aさんが自分で思っていることを、吐き出して言えるようになってきて、「もっと、自分は、正直でいたい、自分らしくありたい。」という、経験を、ご主人がさせてくれているのかしら。

Aさん

そうですね。

自分が傷つけられるのはいいんだけれども、人を傷つけるのがすごく怖くて、だから主人にも、オーナーにも、息子にも、傷つけるようなことは言っちゃいけないと思っているんです。だけど、そこをもう、わたしは変えていかないと、本当に私自身が苦しいし、キツイです。

それに、恐いから、つい、悲劇のヒロインに逃げたくなっちゃう自分もいて、「わたしは、母にこんなことされてきたから、こうなっちゃうのよ~!わかってくれないのね・・」みたいな、ヒロインぶっているわたしがいるけど、最近はそんな自分自身が面倒くさいって思うようになってきました。その自分の面倒くさと、主人の面倒くささが、だぶるんですけど・・。

今、母には、いろんなことが言えるようになりました。「あのとき、こうしてほしかった。こう思っていた。」とか。そのつど、母は、「あなたに、そんな思いをさせてしまったのね・・」と言って、傷ついているように見えるので、また、わたしは、「母を傷つけちゃいけない」と思って、言えなくなりそうになるんですけど、母が傷つくところではなくて、もっと母の強さを、わたしは知っていくためにも、言わせてもらおうと思ってからは、少しずつ、言えるようになりました。

Bさん

わたしは、仕事のこと、プライベートなこと、いろんなことがあったときに、仲間に聞いてもらって、とことん自分のエゴと向き合っていたことがあります。そうしたら、消えていく感じがありました。そしたら、同じ状況を見ても反応しないで、静かに平和を感じることができました。だから、結果はどうであれ、恐がらないで伝えていくことが大事かと思います。

お母さんにはいずれ、「お母さんのおかげで、わたしは、こんなに学べている。」ということ、そこまでシェアできるようになると、いいですね。

美智恵

いろんなことがありながらも、愛に留まるというのが強さだと思うんです。オーナーにプレッシャーをかけられても、感情的なご主人を見ても、Aさんが、優しさを持って、そこに留まっているという、Aさん自身の強さを、もっともっと経験して、受け取っていけば、その自分の強さがわかれば、相手の強さも見られるようになってきて、言いたいことも言えるようになると思うんです。怯まないでいられるということは、相手を信頼しているし、自分を信じているし、ホーリースピリットを信頼しているからなんですね。選択したらそこに意識を合わせ続けるというのも強さだし、第一に、わたしたちは、誰も傷つく存在じゃないし、ということは、誰のことも傷つけることはできないので、その強さを見て、愛を持って、安心して、思いを伝えるということを経験していきましょうね。

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