西小山レポート⑨  渡邊美智恵

瞑想

Cさん

今も変わらず自分の感情をノートに書くことをしていますが、感情の整理がついているときと、ついていないときがあります。整理がついていないときは、「わからない!イラつく!不安!」など、そういうものでもいいから書いています。キレイごとばかりを書くのではなく、思いついた感情を、ただ書いていると、そこに気持ちが落ちるので、これ以上、幻想を膨らますのではなく、これで終わりにしようと、退いて見るひとつのツールのようなものです。ノートを読み返すことで、過去を引っ張ってきてしまうこともありますが、逆に、「過去にはこんなふうに考えられていたんだな・・」というときもあります。「あぁ、これを忘れていた・・。」と、ノートで思い出します。読み返すことすら怖い時もなんとなくあるのですが、勇気を振り絞って読み返し、「あぁ、そうだった・・」と、どこに立ち戻ればいいのかということも思い出しています。思い出したくない出来事もありますが、それは、ただの現象のひとつであって、そこに、わたしがいろいろな自分の解釈をのせるから怖いのだな・・と思って、完璧さを見る訓練をしています。自分のグツグツとしたもの、醜い姿を曝け出してはいけないという思いがある反面、でも曝け出したいという思いもあります。曝け出したいことを、どこででもシェアできたらもう少しラクになるのかなぁ・・なんて思ったりしています。

Aさん

わたしは、けっこう、なんでも喋っちゃうほうです。逆にそれを話したほうが、ギフトがあって、そこで触れあえたことが一番のギフトになる気がします。自分はそういうつもりで話したんじゃないのに、相手が陰で何か言っているのを知ったりすると、傷ついて、もうこの人には話すのをやめようと思ったりするけど、実はそうじゃなくて、相手に言われたことに対して、「わたしが傷ついた」って思って、勝手に傷ついているということが最近わかって、本来、自分は傷つくことはないということがわかりました。

娘がハチャメチャなのを、真面目なお母さんは、どうなっちゃってるの?みたいに、わたしに言ってくる人もいるんですけど、正直に、「わたしも困っていて・・」と受け入れてもらって、そこで人がどう言おうと傷つく必要はないということがわかってずいぶんラクになりました。

Cさん

その辺りがすごく難しくて、例えば、「子どものことやダンナさんのことは話してもいいけど、でも、お金のことを話すのはどうなの?」とか、それは、それぞれの価値観で、「お金や仕事の愚痴を話してもいいんじゃない?」と言う人もいるけれど、皆それぞれ抱えている状況が違っているので、わたしの中で、これは話してもいいけどこれはダメだろう・・というものがあったりします。わたしの場合、それがお金で、お金というものに特別性を持っちゃっているのかなぁと思います。だから、言いたいけど言えないというものを自分の中でグッと抑えちゃうことがあるのかもしれません。

お金って、出たり入ったりする、そもそもが、不安定なものだから、それに携わっている自分も不安定なのは当たり前なんだというのを聞いたことがあります。そう受け止めておけばいいのかな・・、お金を通して、わたしは今、なにか自分自身を見つめ直しているのかもしれない、と思ったりもします。

ノートには、そんな感情も書いて、主人ともそれをシェアしあっています。

Aさん

先月、Bさんが、「自分の感情を、取り出してじっくりと眺めて見る」っておっしゃっていたけど、それでいいんじゃないかと思います。それに、そのようなことをご夫婦でシェアしたり、絆が深まっていて、いいですね。

美智恵

お金というのは、わたしたちにとって、特別なものになりやすいですよね。自分自身の価値を決定づける基準にもなったりしてしまいますし。我が家も自営業なので、お金の問題は、ひっきりなしに出てきて、主人との諍いも、しょっちゅうです。そのたびに、本当の豊かさってなんだろう?と考えますが、何よりも、お金に支配されるというか、振り回されるというか、そういう自分が、すごく嫌だなと思ったんです。お金があるときと無いときとで、心の穏やかさがまるで違うんです。お金はわたしにとっても、最大ともいえるテーマです。

わたしのことをシェアさせていただきますと、主人が小さい会社を経営していて、従業員がいて、会社には銀行からの借入があって、わたしたち夫婦には、家のローンがあって、年寄が一人いて、私学に通う娘が二人いて、という感じで、会社経営も潤っているわけではないので、毎月、多額のお金がギリギリで出入りしていて、いつも、今月はなんとかセーフだった、ちょっと不安だ、ということの繰り返しなので、わたしは、週末に主人の会社の事務作業をすることにして、平日はパートに出て・・と、常にお金を追いかけているようで、虚しさや、みじめな気持ちになって、こんなに大変な思いをしているのは私だけと思ったり、ダンナのせいにしてダンナを恨むなんてこともしてしまいました。(笑) パートをしたり、お金のやりくりに四苦八苦している、このようなことを、人に知られるのが恥ずかしいと思っていたこともありました。お金のことで、こんな思いにまでなるのかと、笑ってしまいますね(笑)

今は、どうせお金もエネルギーなんだから、使っちゃえ!!と思って、リビングをDIYしたりしてお金を使ってますけど、結局それで、家族が本当に寛げる、何よりも自分が居心地のいいリビングという空間ができました。

Cさん

わかります!老後のためとか、そんなことを考えたら、「幾らあったら、わたしは安心できるの?!」と、考え始めてしまったり。それは、今を生きていないことになりますよね。

母にも、「老後とか、そんなことばかり考えていたら生きていけないわよ!」と言われて、お金に振り回されている自分、お金で気持ちが揺れ動いちゃう自分というのが、テーマです。

Bさん

娘が中学生の時、担任の先生との進路相談の中で、「娘さんはタイプ的に私学向きですね。」と先生がおっしゃったんですけど、娘は、自分の家は私学には行かれない、貧乏・・という思いがあるみたいで、その思いを知って、「それって苦しいよね・・、どっちでもいいよ。」というところから選択をしてもらいたいと思って、主人に娘の心の内を話したんです。ブロックを外してあげたくて、「どこに行ってもいいんだよ。」と主人から娘に言ってもらいました。それで私学に行くことになったんですが、そこから、お金に対する不安が出てきて、このままじゃいけないという思いから、主人がバイトを見つけてバイトに行き始めたんです。わたしは、最初はすごくイヤだで、「お願いだからやめて!」って感じだったんですけど、主人の中の不安だから、主人が納得しないとダメなんだなと思い、見守ることにしたんです。そんな父親を見て、娘も、お父さんの気持ちを考えるようになったりしたので、これもひとつの流れなのかな・・。いいも悪いもないけど、よきことへの流れで、自分がどっちを見ていきたいかというのだけをブレなければいいのだと思います。

美智恵

お金という不安定で当てにならないものに、どれだけわたしたちは頼りにしているのか・・ということですよね。

Aさん

それって結局、お金がないとご飯が食べられない、ご飯がないと死んじゃうという、死というもの、全ては死に繋がって怯えているというか、だからやっぱりお金は重要と思っちゃっているんでしょうね。

Cさん

お金を過信しすぎて、お金がないと何もできないという信念ですよね。

本当の豊かさ、そのうちのひとつにお金があるというだけで、他にもいっぱい、豊かさというのはあるんだろうなと思いながらも、でもお金はあったほうがいいよな・・みたいな(笑)

全員

そりゃ、無いよりはあったほうがいいわ(笑)

美智恵

Cさん、今日は曝け出したくないことを、シェアしてくださって本当にありがとうございました。

Cさん

お金ということがテーマで、お金に囚われている自分がすごくイヤだったんです。そこに向き合えてなかったので。でも、今日は、皆さんのご事情も聞いて、すごく強く逞しく素敵にやってらっしゃるから、わたしも、そんな不安になったり、嘆き悲しまないでいようと思います。

Aさん

前回の瞑想で、判断しないということをやって、それをテーマに一か月やってきたんですけど、常に判断している自分がいました。娘が驚くような成績表をもらってきたんですけど、わたしは、「この子は算数ができない」と思ってるけど、本人は、「できる」と思っていたりする。見ている景色が全然違うなぁと思いました。

子育ての時って、自分の価値観に無意識に当てはめようとしちゃうじゃないですか。だから、良かれと思って言っていることが、すべて、娘を追い詰めていることになる、反抗させている原因になっているんだなと思って、今は自由にさせています。自分で経験して思考錯誤させることがすごく大事だと思って最近は野放し状態です。

例えば今朝も、ハンバーガーを2個食べたがって、「2個も食べたら気持ち悪くなるよ」と言ったんですけど、どうしても2個食べるというので、食べさせたら、案の定気持ち悪くなって学校休みたいとなったんですけど、「でもそれは、自分が選んだことだよね?学校は行こうね。」と言うと、わかった・・と言って学校に行きました。それでいいのかな・・と思います。これでいいのかな・・ということに、在りのままでいいということに気づけたりしていますが、でも、娘の自己中とかに目がいったりします。お友達に対して、すごい物言いだったりすると、そんなこと言ったら嫌われちゃうから、もうちょっとこうしたほうがいいよ、と言ったりしてしまいますが、でも、これも、それでお友達が離れていっちゃったりしたときに、「あぁ、こうだったから、いけなかったんだな」ということに気が付くんだなと思って言うのをやめたんです。

Bさん

それって、子どもを通して、この子が傷つくんじゃないかとか、そこを見ちゃっているからですよね。

Aさん

先日読んだ、教育論みたいなブログに、結局は、いかに親が余裕を持って、その子を在りのままに育てられるかが、その子の持っているいいものを引き出せるかにかかっている、ということが書いてあって、すごく共感できることが多かったです。娘の今の1点だけを見ちゃうと、すごく不幸なんだけど、長い目で見ると、多分何かを育んでいるんでしょう。

専門家の方の話だと、苦手なことはどんなに訓練しても、そんなに伸びない、それよりも得意なものを伸ばしていけば、苦手なものは目立たなくなっていくし、大きくなってくれば、それを補う力が出てきて対処ができるから、苦手なものを直そうとしなくてもいい、苦手なものを直そうとすると自信がなくなっていくので、得意なものを伸ばしていくほうがいいと、おっしゃっていて、そうだよねぇ・・と思いました。

今の子どもたちは、なんでも便利になりすぎて、子どもたちに我慢が足りないので、試行錯誤や工夫、勉強とか嫌なこと、苦労をして、嫌だったけど、これが出来てよかったという経験をたくさんさせないといけなくて、だから小さいうちに面倒くさいことをいっぱいするといいと言っていました。例えば車や電車じゃなくて、自転車で出かけるとか、遠回りした結果、子どもたちは、このことなら頑張れる、ということに頑張るようになるから、親が意識して面倒くさいことをたくさんさせないと、耐える力が培われないので、地味にコツコツとやることも経験させないといけない。

美智恵

子どもの悪いところ、足りないところばかりが見えてしまって、いいところを伸ばしたくても見つけてあげることができない、伸ばすべきところがどこかわからないということもあるのですが。

Cさん

それは見方を変えて、当たり前のことも、「元気に学校に毎日行っている。偉い!!」「今日歯が磨けた。偉い!!」

やって当たり前のことは一つもないんです。やって当たり前で、もっと上を行け!と親がやっていると、子どもは自己肯定感がなくなるから、「朝起きただけでもえらい!!」。 どうやったら子どもの心を癒してあげられるかと思わなきゃいけないし、子どもの話は聞かなきゃいけない。わたしも自分の子どもが発達障がいでなかったら、このようなことは考えてこなかったと思います。

美智恵

本当の豊かさとは、Aさんがお話してくださったように、どんなことでも、分かち合い、絆を深め、そこに愛を見つけていけることなのだろうと、思いました。

お金や、子どもの足りないところばかりに注目し、どうにか出来ないかと足掻いてしまう、こんな自分は本当に嫌だ、やめたい、ということに集中して、本当の豊かさ、新しい価値観を取り入れたいと思います。

どうもありがとうございました。

2015年10月15日

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