西小山レポート⑩ 渡邊美智恵

12/7/2015

Aさん

最近、物理的に、主人と少し離れたいと思うときがあります。

主人は、自分のことにしか、関心がないように見えます。 高校生の息子も、そのように感じているようです。

家族全員の休日の日も、自分の分だけの簡単な食事を作り、子どもが小さい頃から、一緒に遊ぶということも、ほとんどなく、自分のペースで過ごします。

平日は、わたしも仕事が忙しいこともあるので、主人の方が先に帰宅したりした日は、食事の支度をしてくれていると助かるのですが、「作れない」と言って、自分だけで簡単に食事を済ませたりしています。

「キミたち(息子)は今どこに居るの?今日の食事はどうする?」とか、一言、連絡でも欲しいなと思って、「声をかけてほしい」と言ってみてはいるのですが、変わりません。 家族と合わせようともしないし、聞こうともしないのだったら、もう、「一人で生きていけば?」と思ったりします。

主人が唯一興味を示すのが、息子の受験と塾のことで、これだけは首を突っ込んでくるので、先日は息子が、「普段の僕には全く興味がないくせに、こういう時ばかり!!」と言って、ケンカになっていました。それというのも、主人は、息子のために・・というのではなく、自分のやり方に沿う、自分が納得できる、安心できる塾かどうかを確かめに行くような感じだからです。息子のことは宙に浮いてしまって、本人の意志とかは関係ないんです。  息子が大学受験のために、自分で探して、いくつも見てきて、考えて、決めた予備校があるので、主人に、そのことを相談しました。そしたら、主人は、自分で納得した予備校じゃないとダメなので、予備校に話を聞きに行くと言いはじめて、息子が「僕がこれだけ説明していても、それじゃ納得いかないわけ?いくつも自分でアポをとって、話を聞きに行った中で、ここがいいと決めて、行かせてほしいとお願いをしているのに、納得いかないわけ?」と言ったら、「納得できない」と言うんです。 そしたら、息子は、もう父親は頼らないと言って、予備校の授業料も、祖母からお金を借り、大学に入ったらバイトをして祖母にお金を返すと決めたようです。

わたしは、主人の事を、どれだけ、人を信用できないのか?不安なのか?と思ってしまいます。主人は、お金に対しても不安があって、「その不安はなに?」と聞くと、「いつ会社をクビになるかわからないし・・」とそんなことばかり言ってます。

今の社会、どこの会社に行っていたって、クビを切られる可能性はどこにだってあるし、「じゃあ、どこに行けば、あなたは安心していけるの?」というくらい、どこに行ったって不安なんです。不安がゆえに行動しても、うまくいかないと思うんです。

わたしは、息子をここまで追い詰めた主人に対して許せない思いがあるからか、息子が、「父親を尊敬できない」と言っていて、それがショックでした。「わたしが頑張らなければ。わたしの背中を、主人と息子にみせていこう」と頑張りすぎてしまいました。

 

Bさん

うちの主人も同じです。だけど、お願いして、やってもらっているうちに、変わってきました。

男の人って、うまく、みんなの分までやってあげるという、観念が、ないんじゃないかな?と思います。

この人、もしかしたら、出来ないのかもしれない、わからないのかもしれない・・っていう観点に立つとラクになるかもしれないですよ。こうあるべき、こうしてくれるはず、こうして欲しい、これ当然だよね、というラインは、皆、違うと思うし。なんか、よそのご主人だと、可愛く思えますね(笑) 子どもと同じように育てないといけないのかもしれませんね。

頑張らなくてもいいし、「ダメな親でごめんね!」くらいでもいいのでは?と思います。

うちの主人も、「大丈夫?」と思ってしまうような感じの人ですけど、わたしたちが、お家の中を明るくすることはできるので、こちらが明るくしていると、彼らも救われて、明るくなれるだろうし、人間は変わるので、そんなに頑張らなくてもいいと思う。

予備校の授業料も、普通に、親からポンと出してもらうより、よほど考えているし、スムーズに行かなくて腹が立つのもわかるけど、すごく学びあっているのかなという感じに見えます。

パパが不安に思っているだけだということを、それを、ママが通訳してあげればいいのではないかしら?

 

美智恵

わたしたちは、自分の世界の中で自分の価値を作りあげて、その世界、価値観の中で、安心したり、不安になったりしていますよね。家族の在り方、親子の関係、学歴、収入、そういう理想を勝手に作りあげて、その理想の基準に達していれば、安心、安泰だと思ったり、まだまだダメだと思ったりしているんですよね。

そして、その世界や価値、基準というのは、皆、それぞれ違うし、不安定なので、仲良しになったり、好きじゃない人が居たり、敵対したりということがあって、このような、自分の世界の中にいると、奇跡は見られないわけです。

でも、神の世界の中にわたしたちが居るとき、理想も、価値基準も、敵対するものも、異なるものも無くなるので、自分は在りのままにいて、そして相手をありのままに見ることができるんです。だから、どこに立ち戻るか、立ち戻るというより、神の世界の中に居るということを、思い出すようにするんです。

神の世界にいることを思い出して、受け入れて、そこから奇跡を見ることを、わたしたちはやっていくんですよね。

 

Aさん

神様が、わたしのために、わざわざ、準備してくれた相手ですよね。 皆さん、そのように、お相手がいるんですよね。

 

美智恵

相手に心揺らされることは、わたしは、しょっちゅうです。だけど、その瞬間に、自分の世界から出て、神の世界を思い出すことはできるようになりました。そうすると、目の前のことはただの出来事で、その出来事に対して、自分のどんな恐れが、恐れや不安から作った、どんな価値観が、反応しているのかがわかるようになりました。 今日のレッスンは、不安や恐れを、喜んで手放すというレッスンです。不安や恐れを手放すと、世界の見方が変わるし、自分の反応も変わるし、自分の反応の仕方で、相手の反応が変わることもありますよね。

 

Aさん

そうなんですよね。 でも今は、ワークも身に入ってこないくらい、光を見たくないくらいにいるから(笑)

自分の世界、神の世界ということでは、わたしは、自分の世界だけで、ぐるぐると考えてしまっているから、そこは不安がただ回っているだけで、神の世界には、全てあるわけだから、なんの不安もないということも、祈りを捧げるということも、赦しを行うということも、わかっているけど行きたくないという思いもあるんです。

 

美智恵

それでいいんです。そういうことも、赦していくんですよね。

完璧な世界があることを知って、そのうえで自分のエゴを、ひたすら見て、落ち込んだり、怒ったり、足掻いたり、ということをやって、やっと降参してホーリースピリットにお願いができるようになるんです。

 

Aさん

そうですか。それで、いいんですね。

 

Cさん

高校1年の娘が学校に行きにくくなって保健室登校を続けています。単位などがギリギリになってきていて、新しい道へ進むか、ギリギリまで見て立ち直るのを待とうか、というところです。

入学当初、仲良くしていたグループから、部活動の愚痴を言い合っているうちに、「わたしが・・、わたしが・・」という娘の言動からだと思うのですが、独りにされるということが夏休み前にあって、独りにされていることに耐えながら学校に行っていたのですが、シルバーウイークが明けたころから、「もうダメ・・」となってしまいました。

部活動が盛んな学校での部活が、娘にとっては精一杯だったところへの、友人関係の問題がきてしまったので、総崩れのようになってしまったのかな・・?と思っています。

最近は、保健室登校もやめて、実家の祖父母のところで1週間ほど過ごさせました。祖父母が、人生の先輩として、「このままじゃ、ダメだよね?」と緩やかに受け止めて話をして帰してくれたので、「まずは、学校に行かないといけないな」という感じになり、学校に向かうようになりました。

心の中の波はあるのだろうけど、定期テストを受けようと思っているような発言もあったりしますが、学校の先生には、「編入したいけど、親がわかってくれない」と言ったりもしていて、すごく揺れ動いているのかな・・と思います。今のこの状況から逃げたいという気持ちもあるのかもしれません。

わたしは、部活を辞めてもいいと思っています。でも、「クラスにも戻りたくない。わたしから声をかけてクラスの中に入っていくのは無理!」という、娘の気持ちがあって、それは、わからなくもないのですが、友人たちも、そこまで娘を嫌ったりもしていないので、乗り越えてほしいと思っています。

 

Bさん

本に書いてあったことなのですが、女の子は独りになるのが怖いみたいです。独りにならないように、友達を、確保、確保というようにしていくところがあるようですね。 わたしたち世代と違って、人は人、自分は自分という考えを持てずにいるようです。

 

Cさん

そうなんです。娘もそれが、すごく強くて、学年末のクラス替えまでの我慢で、独りで居てもいいのではないかとアドバイスもしてみたけど、「絶対できない。無理」だと言います。 わたしは、娘の様子を見ながら、励ましたり、見守ったりを繰り返してきました。

学校以外の皆の行動も、携帯のSNSなどから見ることができるので、それがわかってしまうというのも、わたしたち世代には、無かったことだと思うのですが、娘は、それも気にしているのだと思います。

このような状況なので、編入したいという娘の気持ちもわからなくもないのだけど、わたしには、娘が何も考えていない、ただ単に、今の状況から逃げたいか編入したいと言っているように見えてしまいます。

逃げているだけだと、また同じ状況を繰り返すこともあるかもしれないので、もう少し、踏んばって、「大丈夫だった」と思える方が、将来的にも糧になるのではないかと思うんです。独りは怖くないということがわかれば、ラクになるのではないかと思うのですが、娘は、「独りでいるということは、絶対にあり得ない」ことだと言います。

学校の先生も、話し合いの場を持ってくださって、そこでの話し合いには納得もしている様子でしたが、それでも、自分は独りにされた、傷ついたということを訴えてきます。

スクールカウンセラーには、「心身ともに疲れているので、様子を見てあげましょう」ということと、「編入したいという気持ちを尊重してあげましょう」と言われましたが、わたしたち両親からしたら、まだ頑張れるんじゃないか・・という思いがあって、納得できないところがあります。

 

Bさん

わたしは、よく講演会に、話を聞きに出かけるのですが、そこで聞く話は、「親は、ここで逃げてほしくない、ここで頑張ってほしい」とか、親になった目線で、子どもに要求するけれども、子どもは、それが出来なくて、学校に行きたくない、クラスが嫌だと言うんだから、そこで頑張らせるんじゃなくて、紆余曲折を経て頑張らせたほうが、最終的に、その子の力になると言っていて、親はやはり子どもが可愛いから、ここでちょっと頑張ってクラス替えがあれば、うまくいくんじゃないか、とか、逃げないで立ち向かってほしいと思うんだけど、子どもの立場からしたら、もう、いっぱい、いっぱい、頑張っているんだと思う。保健室登校でも行けてるというところを認めてあげる。逃げで編入したとしても、この先、大きくなって振り返ったときに、「あのとき、わたし、逃げちゃったよね・・」ってわかるときがくるかもしれない。「でも、それでも、いいじゃん。生きていてくれて、学校に行けなくてもいいじゃん」って親が見てあげると、子どももラクになって、頑なな気持ちもほぐれるかもしれない。長い人生の1年間、学校に行けなくても、今は、選択肢がいっぱいあるし、とにかく、娘さんなりに考えていることがあるだろうし、親の前での甘えている姿が、娘さんの全てではないと思うし、十分、頑張っているという視点もあったほうがいいと思うんです。

わたしの小学生の娘も、いろんなことが出来ないから、クラスでバカにされて、苦労して、「休みたい・・」と言うときのほうが多いんですけど、とにかく、認めています。「学校には、行けなくてもいいよ、勉強なんて、どこででもできるよ」というふうに、しちゃうと、子どもは行くんですよね。「逃げていい。そんなところからは逃げてもいい」というスタンスでいると、変わってくるかもしれない。

 

Cさん

編入するということになったとしても、主人が、「編入先の学校は自分で探させる」と言っていて、資料も自分で取り寄せて説明かとか見学の日にちも決めさせて、それで、わたしに、「一緒に行ってください」と言ってきたら、「一緒に行ってあげなさい」と言うんですけど、それでいいのか、少しでも手伝ったほうがいいのか・・。

 

美智恵

Bさんがおっしゃるように、認めてあげるというのは、すごくいいことですよね。 みんな、その時は、精一杯、やっているんだと思うので。

それに、ご主人は、娘さんの強さを見たいのかもしれないですよね。相手を弱い者として見ると、相手は、どんどん弱いところを見せてくるので、「あなたが決めていいんだよ。」と任せてしまってもいいと思います。

任されて、認めてもらう経験を増やしていくのもいいですよね。

 

Aさん

どっちを選ぶにしても、信じてあげることですよね。全部本人が選んで、それで、失敗してもいいと、わたしは思っています。逆に、いろんなことに失敗したり、ぶつかることで、学ぶことって本当にたくさんあると思うし。親はどうしても、子どもが傷つかないように守りたくなるけど、高校生くらいになったら、もう、任せていいのかな・・と、思っているので、先ほど、予備校選びの話をしましたが、わたしは、息子に任せています。

 

Cさん

お話を伺っていいて、そのように考えなきゃ、いけないんだなぁ・・って思いました。

でも、娘が、乗り切ったら、乗り切ったで、いいんですよね?

ここしばらくは、いつまでこの状態が続くのか・・ということばかりを考えて、ぐっすり眠れていなくて・・。

どうやったら、今、皆さんがお話してくれたような状態に持っていけるのか・・。

 

Bさん

どっちでも、いいんですよ。今、「こう考えなきゃいけない」とおっしゃったけど、そんなふうに思わなくてもいいんですよ。どっちでもいい。 

子どものことって、一心同体になりやすいから、すごく悩んでしまうけど、真面目に悩んでも、不真面目に悩んでも、なるようにしかならないので、こうあるべきと、考えなくてもいいんです。

 

美智恵

物事は、起こるべくして起こっているから、どんな状況でもそれが常にベストな状況なんだということを、まず、親のわたしたちが受け入れることですよね。起こるべきして起こっている出来事に、わたしたちは、喜んだり、怒ったり、悲しんだりして、反応しているだけなんです。真っ直ぐ行っても、回り道して行っても、行きつくところは決まっているとしたら、不安や、心配から物事を見るより、安心していた方がいいですね。子どもも親の姿を見ているから、親が不安そうにしていると、自分は間違っているんじゃないかと思ってしまうかもしれないし、親が安心の目で見ていると、子どもも安心して自分を信じることができるようになる。これが自信の糧となるものでしょうね。 

子どもが学校に馴染めない、辛そうな姿を見て、親の自分も辛くなり、傷ついたりしていると、子どもの本当の姿を見つけてあげられなくなる。ご主人のような強さで、娘さんを見てあげるのが、娘さんの手助けになるのではないかと思います。

奇跡のコースは、「全ては、よきことのために起こっている。だから何一つ、怖がることはない」ということを教えてくれています。恐れや不安というのは、自分の世界で、自分が決めた限界、自分が決めた価値、そういったものからきている、つまり、自分が勝手に作りあげている妄想、幻想なんです。全てはよきことのため、本当の自分、それは、強さだったり正直さだったり、いろいろですが、それに気づくためのもの。そう受け入れると、眠れない夜はなくなっていくと思いますよ。

 

Cさん

今、わたしは、娘にどんなことを言ってあげればいいのでしょう?

 

美智恵

どんなことでも思っていることを、言ってあげればいいと思います。

声に出しても、出さなくても、言ってあげればいいと思います。

親が恐れていると、子どもへの言葉がけは、子どもが無力感を感じてしまうような、例えば、「今の、あなたは、これができていないよね。だから頑張ろう」と、励ましているつもりでも、否定しがちな言葉も発してしまうと思うんです。だから、わたしたち親がまず、安心と信頼を持っていれば、肯定的な言葉をかけられるようになると思います。 安心と信頼があれば、「みんなは出来ているのに、あなたは出来ていない。やっていない。」という発想が出てこないはずだから。

わたしたちの学びは、皆、完璧で、誰一人、欠けている人など居ない、ということを知っていく、思い出していく学びなので、それがわかると、完璧なんだから、実は、何か言ってあげられることなどなく、何も言うことなどないということが、わかってきます。だから、黙って見ていてあげて、子どもが助けを求めてきたら、落ち着いて、安心して、「大丈夫だよ」とだけ言ってあげられるようになりたいですね。

 

Bさん

「ママはいつでも、あなたの味方だよ」ってことが伝わればいいのではないかと思いますよ。

 

美智恵

そうですね。 ありがとうございました。   2015年11月19日

 

 

 

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