「じゃない会」クラスレポート@CRS

昨年の「じゃない会」のひとつを書き起こしました。少し長いですが、宜しくお願いします。心を開いてお話してくださったお母様方に、心からの感謝をこめて。

Aさん

夫と喧嘩をしました。私が長年取り組んできたコミュニティーで、大切なイベントを企画し、その開催日を、家族で楽しみにしていたのに、当日になって、7歳の息子がおもちゃのパーツが見つからないと言って出かけるのを渋りました。

遅れそうになったので、焦って「とにかく来て。」と怒りました。それを見ていた夫まで、子供が嫌がることを強制したり、私のやりたいことに振り回されるのは嫌だと言い出しました。

途中で怒って車から降りて歩いていたら、夫が追いかけて拾ってくれましたが、イベント会場では、心ここにあらずでした。

その後も言い争いになり、夫は、私が外に出てばかりなのが嫌だと言うので、私も夫の趣味を我慢しているところもあるので、引くに引けず、私はこんなにやっているのにという言葉がたくさん出てきて、止まらなくなりました。

息子がキャンプに行って留守の間、夫婦だけで大好きなキャンプに行くのを楽しみにしていたのに、それもやめました。

瞑想で感じたのですが、元々息子のために始めたことなのに、夫に私のことをもっと認めてほしいと思っているために、一人でやり過ぎたのかなと感じました。

夫には、感謝することがいっぱいあります。でも、そのイベントは、私にとっての誇りで、家族で楽しみたかったのに、夫に、私のしていることを否定されて、すごく悲しかったです。人に認められたい、特に夫に認められたいという気持ちがこんなにあったんだと、自分でもびっくりです。

なおこ

ご主人は、実は否定なさっていないんですよね。Aさんに頑張ってもらいたいのではなくって、心のつながりを求めているんですよね。本当はお互いを大切にしたいのに、行動がすれ違ってしまっているのだから、行動で解決しようとするのをやめて、大切にしたいという気持ちに、少しの時間とどまってみませんか?私たちが持っている「わたしはだめ、足りない」という思いを、繋がっている安心の経験と取り替えたいと思いませんか?心しだいで、それぞれがやりたいことをやりながらでも、繋がれると思いますよ。

悦子

自分の持っている家族像が、夫や子供にも楽しいかというと、違うという経験はありますね。自分の世界を見てっていうのは、それはやっぱりエゴなのね。奥さんが楽しんでいれば、それだけで自然とシェアされるのだけど、プロセスの中でガチガチになって、他の事には目が行かなくて幸せそうでなかったら、そういうシェアは受け取れないということだと思いますよ。

なおこ

形ではなくって、その時の心がどうかが大事だということですよね?自分がやっていることを見てもらって、家族にも変わってほしいという思いがあったり、一緒に参加してもらえないのは家族でないようで寂しいという思いがあると、喜びは伝わりにくいでしょうね。

Bさん

Aさんのお話を、自分のことのようにうなずいて聞いていました。私も、主人に否定されるとすごく嫌な気分になるけれど、主人は変わらないので、自分が変わるしかないかなと思っていたところです。少しの時間で良いから、気持ちを整えるってどういうことをするのですか?

Cさん

私も、夫と喧嘩になると、負けるもんかとなって、引くことができなくなって、思ってもいない言葉を出してしまいます。子供には、前よりは一呼吸置くと落ち着けるようになりましたが、夫にはまだ難しいです。感情が抑えられない時に、どうしたらいいですか?

なおこ

前回も、いらいらする時、どうしたらいいかという話がありましたね。カーッとなっている時って、本当は自分も、子供のように泣いている時じゃないかなと思うんです。「もう限界!助けて~!」そういう気持ちではないかなと。でも、まわりには、思い通りにならない子供と、理解のない夫しか見えないので、パニックになりますね。

そんな時、頑張って、一杯いっぱいになっている自分に、優しくしてあげるしかないのかなと思います。

でも、完璧にやろうと思って、やってこれたと思っている経験があるので、できない自分を認めるのは、許せないんですね。自分を許せないのは、苦しくて痛いことなので、目の前にいる一番愛してくれる人たちに、だめな子供や夫の像をかぶせてしまうんです。家族は、皆さんのことを心から愛しているから、「私はだめだ」という思いに、そのまま答えて、そのとおりの姿を見せてくれます。

その繰り返しをやめるために、立ち止まって、自分の心を見てあげる時間を持つということなんです。

悦子

相手の声は、実は自分の声だということに、どこかで気がついていますよね。こんなことをやっていていいんだろうかって・・。だから1度、自分の気持ちを受け止めて、クリアにしてくことではないかしら。私は、家族と話す時、「今はそのことを聞ける余裕がないから、5分だけ待っていてくれる?」という風に話します。

Aさん

私は引火すると止められず、ぼっーっと燃えたときには、時すでに遅しということになるので、どうしたらそんな風にできるでしょうか?

なおこ

今、悦子さんが言ってくれたように、感情が爆発しそうになったら、自分にやさしくして、意識して、ひとりになる時間とスペースを持つことですよね。燃えてしまったら、それはそれで大丈夫なのだけど、そういうことにエネルギーを費やすのがほとほと嫌になったら、別のやり方を選ぶ意志も、持つことができるっていうことですよね。

Aさん

そっか!自分のためにスペースを持つことを許すんですね!

なおこ

Aさんがプロジェクトに注いでいる情熱や喜びの気持ちは、自然にご家族にも分かち合われています。それがわかって安心していると、プロジェクトに向ける思いも生きてくるし、結果はお任せする気持ちになって、楽だと思うんです。

でも、プロジェクトの形を達成させるために、何が何でも家族に協力して欲しいと思っていると、葛藤が起こるのは、普通のことかもしれませんね。

自分も家族も、それぞれがやりたいことがあるというのを、全体的に見る目があると、思わぬ奇跡を受け取って、みんな同時に整っていくかもしれません。

Bさん

私も夫に否定されます。否定されるのは嫌だし自信がなくなります。聞き流せる時と、聞き流せない時があって、本当は、自分に自信がないからだと思います。

そこをどうしたらいいかと思っていたので、自分が言いたいことが、Aさんの口から次々と出てきて、同じだと思えて良かったです。

私は、ある食品を作って、お友達に教えたり、差し上げたりしているのですが、夫はそれに興味はないし、「みんなお世辞でいいと言ってくれているんだよ。」と否定するので、イラっとします。

今は、夫が言う言葉が、自分の中にあるものだと、立ち止まって考えられるようでありたいなと思います。

なおこ

ご主人は、全く否定なさってはいないのよね。もっとやってごらん、広げてごらんとおっしゃっているのよね。小さく限界を設けてその中だけでやっていることはないよって応援してくださっている、そんな感じがしますよ。

Bさん

びっくりです。そんな風に捉えられたら、前向きになれるし幸せな気持ちになりますね。私を否定することを言ってるとしか考えたことがなかったので、いつも嫌な気分になって、天邪鬼だから、もっとその食品を作って、お友達にあげていました。(笑)

子供のことですが、8歳の息子がお稽古事を二つやめたいと言い出しました。夫が、そろそろやめてもいいんじゃないかと、息子に直接言ったものだから、息子はやめてもいいんだと思って、やる気がなくなりました。私は、せっかく続けて来た勉強なので、切りのいいところまでと思っていたし、やめさせることに踏み切れません。今のリズムを崩したくないんです。スポーツもせっかく上手になったのに、もったいないなあって思いつつ、息子が他のスポーツをしたいと言うので、それを始めました。いつも、何かをやめる時に、すごく葛藤します。

なおこ

自分の枠を超えていくのに、2週間ごとに自分の習慣を見直して変えてみるという記事を読んだことがあって、それでエネルギーが循環するならいいなって思いました。

息子さんは、今はお休みしていても、そこから広がっていくものは止めようがないし、必要ならまた同じことをやる時も用意されていると思いますよ。それより、ご主人と息子さんの間にあるコミュニケーションを、信頼してみるのはどうですか?

Bさん

どうして息子に向かって直接、「やめていいんじゃない?」って言ったの?と思ってしまうんです。

なおこ

何歳になっても、お互い間違ったら訂正できますから。それと、お父さんやお母さんが、子供に何かをするから子供が伸びるのではなくて、子供自身が勝手に開いていくだけなので、親は自分の欲を脇に置いて、謙虚に見守る心が、子供の自信を育むのじゃないかと思います。そうするには、私たち親がまず、心に光をちゃんと浴びていないといけないですよね。

Bさん

息子に一日のノルマを与えてあって、どうしても、それをやり切れるよう口を出してしまいます。

なおこ

ノルマが多すぎると、子供はやる気を失いがちですよね。それと、自分にも、お子さんに言っているのと同じことを言ってみると、客観的に見えてくるんじゃないかしらね?

すると、お子さんが本当にさぼっているのか、休みを必要としているのか、体調が悪いのか、励まして欲しいのか、そばにいて欲しいのかがわかるかもしれないですね。

決まり言葉のような、やりなさいという言葉だけでなく、そのつど心に寄り添う言葉をかけられると、お互い嬉しいですよね?

Bさん

いずれは息子に自立をして欲しくて、それを目標にしていますが、まだ8歳なので、信頼して手放すのが難しいです。

なおこ

やりなさいと言いたくなった時に、立ち止まって自分の心を観察してみると、自分が安心したいからかもしれないですね。焦りや心配している心に、本当にお子さんの自立への効果があるのかしら?

Bさん

息子は、跳び箱ができないのですが、こちらの学校にはないので危機感がないし、練習を嫌がります。日本に帰ったら跳び箱が飛べて当たり前だし、水泳もできた方がいいのにと先のことが見えて、「できないから、できるようになるために教室に通うのではないの?」と言ってしまいます。やらないと、いつまでもできないよという気持ちが出ます。

なおこ

先のことが見えると思っているけれど、見えているそれは本当にあるのかしらね?いつも、先に備えるための「今」でいいんでしょうか?

悦子

心配している未来は、自分の頭の中で作っているものよね。

なおこ

目の前にあることに、まっすぐに向かい合っていくしかできないんじゃないかな?そうできる心の力をお子さんと一緒にはぐくみたいですね。子供もお母さんも、跳び箱や勉強のために人生を生きているのではないですよね?

形にゴールを見ても、そこには幸せはないと思うのだけど・・。それより、子供が持っている力に驚き、子供がそれを表現し、人と繋がっていくことの方を見ていたいと思いませんか?

Cさん

5歳の息子が、宿題の英作文をもっと上手になりたいのに、できないと言って泣きます。書きたいことが日本語のように書けなくて、時間がかかってしまいます。泣くなら、そこまでやらなくても大丈夫って言うのですが・・。

なおこ

息子さんの情熱を、見守ってあげられるといいですね。5歳ならば、ひとつの文章が書けたら、すごいことですよね。それと、子供だって、励まされたとしても、やめていいよと言われたとしても、本当に同意していないと、できないんだと思います。

悦子

もっとできて欲しいと言う気持ちを捨てたほうがいいのよね。

なおこ

5歳のお子さんが、一日の大半を学校のいすに座って勉強していたと思うと、家に帰ったら、遊んだりおやつを食べたりしてリラックスしながら、今日あったことや友達とのことを、どんな気持ちだった?って聞いてみたりすると、何かしら話してくれると思うので、それをひとつ、文章に書いてみるといいかもしれないですね?

上のお子さんには、みなさん、急ぎすぎているのかな?

Bさん

上の子と下の子への扱いが違いすぎますね。

なおこ

素直で優しいお子さんに、お母さんが甘えているのかもね?

Bさん

ついそれに乗じて、次々と、これもあれもできるんじゃないの?という気持ちが出てきます。やりたいことだけやらせていいのかな?やりたくないこともやって、成功したときの喜びも味わって欲しいと思うんです。

なおこ

お子さんは、おそらくできるのだと思うのだけど、それだと、お母さん好みのお人形さんを作っているような感じがするかなあ?それが本当にお子さんの喜びになるのかしら?

Aさん

子供はわかってないから、私がガイドラインを作ってあげなきゃと思うし、やれば、もっと良くなるのにって思います。

悦子

欲が出てくるのはあるけれど、本当は、見守るだけでいいのよね。

大きくなると、自分で考えて足りないところにも気づくし、どうしたらいいかと考えていくようになりますよ。

Aさん

子供がやりたいと言うことにすぐ反応し、やりたくないと言うことは受け入れられず、私が振り回されています。子供は、何かを始めても嫌になって、別の事をしたがります。もっと考えてから決めなさいと言ったり、もうちょっと頑張れと言っていたら良かったのか、どこまで聞いてあげたらいいのかと迷います。すごく甘やかしているような気がします。

社会や先生が要求している課題や決まりができていなくて、やらせなきゃという気持ちと、息子がやりたくないという気持ちの戦いになります。

悦子

子供に振り回されると、こんなにやってあげたのにとなって、がっかりするでしょう?

Bさん

それで、子供にチクッと言ってしまうんです。こんなにやってあげたのにって・・。(一同笑)

A,Bさん

やめたいけど、やめられないんです。私がやめたらやめたで、夫がさらにやったりもします。

なおこ

お子さんを見てあげることをやめてしまうという意味ではないんです。

社会の期待に答えることで、自分や子供が満たされると思い違いをして、やらせなきゃと焦る心をやめてみませんか?という意味なんです。

自分が足りていないという思いは周りに現れるので、心の外側の形をゴールにしても、満たされないんです。

それより、お子さんの内側にある情熱を見守って、これからも楽しみだねという気持ちを、お子さんと一緒に大切にしてみませんか?

Bさん

そう、そこなんですね!結局、自分の欲が子供に出てしまっているんですね。とにかく、自分に自信を持ちたいです。私のようにならないで欲しいと思っています。

Aさん

宿題をやるかやらないかじゃないんですね。自分のことを認めていないんです。

Cさん

今までのお話で、全部自分に自信がないからというところから、つながってくるような気がします。こんな自分になって欲しくないから、余計に子供にそう思うんです。

悦子

安心して見ていると、できてくるようになるし、自信を感じられるようになりますよ。

なおこ

悦子さんが話されているように、自信は外側にはないということですよね。子供たちが、喜びもなく、砂を噛むように課題をクリアし続けていく人生を、私たちは本当に望んでいるのかしら?と思います。

子育てには、待ったなしでやることがたくさんあるけれど、心が平和な時は、目の前のお子さんや、宿題や跳び箱を、別の目で目撃しています。

できるかできないかの世界を超えて、子供たちが、どれくらい世界に光を向けてくれているか、本当にありがたいと思う経験(奇跡)を分かち合ってくれる、それがとても楽しみですよね。

どんな自分も受け入れ、平和な心に戻る力をつけるには、毎日5分意識して瞑想してみるのは、とても有効です。「奇跡のコース」のワークを、毎日ひとつづつやってみる方法もありますよ。

http://ameblo.jp/workbook365/

この後もお話が続きました。

ありがとうございました。                   (2015/5/21)

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