参加者さんの感想

瞑想、

①立ち止まって、自分の価値観や個性を脇に置く 

②ホーリスピリットにゆだねてガイダンスを受け取る

③奇跡を目撃し分かち合う

奇跡は、あまねく感謝が行き渡る経験・・ということを分かち合いました。

ガイダンスを受け取る練習は、

目の前の方のスピリットを通して教えていただくという実践でした。

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今日のじゃない会の事を思い起こすだけで、涙が出てきます。

まさか「奇跡」を、今日こんな形で体験するとは思ってもいませんでした。

「奇跡」の定義や意味について、なかなかしっくりこない部分を説明していただき、少しずつ頭では理解できました。

ただ説明を聞いている間中、心の中に、あるひとつの疑問が浮かび、頭から離れません。

「全てを差し出した時、大切なものを失ってしまうのでは?」

自分が約10年前に体験した悲しい出来事を、思い出していました。

私の人生の中で、大地震が起こったかのように、全てが周りから無くなっていくような(思いがした)体験でした。

あの時、藁をもすがる思いで神様に、私の何が悪いんですか?

どうしたらいいのですか?教えて下さい、と祈りましたが、私が受け取ったのは、信じていた人からの裏切り。

そしてそれまで、ただ一生懸命その人のためにやってきた自分の全てを否定され、その上一方的に切られ、それだけではおさまらず、私の人格、はたまた私の両親までも否定された。

大切な人を失っただけではなく、その大切だった人との思い出も全部奪い取られる、そんな辛い経験でした。

その時、私の中にあった全ての価値観が壊れました。

人間不信にもなりましたし、その後5年くらいはひどいトラウマに悩まされました。

そこから抜け出したい、この経験を意味のあるものにしてやるという気持ちから自分と向き合いました。

すがるようにして追い求めた愛。

それは実は自分の中にあるのだということを知り、それを体感するために自分と向き合い、そして苦しいトラウマから抜けることができました。

しっかりと自分の足で立てるようにもなりました。

この、苦しみも含めての全てのプロセスが、すでにあるシナリオならば、それは愛から来ているのでしょうし、心のどこかではそうだとわかっているんですが、それにしても「tough loveすぎる!!」と思わずにはいられず(笑)、奇跡を受け取る準備をすると、また同じように苦しむのでは?

あれくらい苦しむくらいなら、今のままの方がいいんじゃない?という不安や疑問が、説明を受けながらあふれてきました。

そんな時タイミングよく「全てを差し出しても何も失いませんよ」とまるで私の心を見ているかのようななおこさんの言葉がありました。

え、本当?!と思わず心の中で聞き返しました。

「何も失いません。ホーリースピリットは、私たちの経験全てを使って、私たちには想像できない形で愛を経験させてくださいます。」と。

その時は、まだ疑問がありましたし、はっきりわかりませんでしたが、一筋の光の様な感じでインスピレーションが来て、信じてみたいという気持ちになりました。

そのあと、パートナーさんと向かい合ってエクササイズをすることになりました。

パートナーさんのスピリットに挨拶をして、自分が今気になっている事を聞いてみるということでした。

そこで、私はこの10年ずーっと疑問に思っていたことを聞きました。

「あの(辛かった10年前の)体験は、私にとってどういう意味があったんですか?」

「どうしてあんな体験をしないといけなかったの?」

パートナーさんのスピリットは、私に「ある人」の姿を見せました。

その人とは、辛い体験をした時に、私を罵ったり人格を否定した人です。

スピリットは、この人と私の「関係性」の事だ、というようなことを私の質問の答えとして伝えました。

(スピリットはこの出来事を「問題」という風には見ていないようでした)

そしてその人を私の眼の前に差し出し、私の中に入れるような動作をしました。

私はたまったもんではないと思い、慌てて拒否しました。

一番許せない人なのに、「どういうことですか?なんでそんなことをするのですか?」と焦る私に、「この人もあなたの一部分です」とスピリットが伝えました。

私はもっとあせり、「こんな事が聞きたかったんじゃない!」「別の答えが欲しかった」と強く思いました。

そのとき、リーディングが終わって目を開けるように言われました。

目をあけながら、まだ憤る気持ちを感じていましたが、それと同時に不思議と、今伝えられたことが真実であるというような気もしてきていました。

そのあと、みなさんに、今あったことをシェアする場を設けられました。

どうやらパートナーさんも、同じようにまだまだ聞きたいことがあったようで、「では続きをやってみましょう」となりました。

もう一度目をつぶって、パートナーさんのスピリットにご挨拶をします。

ここからは、倍速でいろんなことが起こりました。

ガイドが所々耳に入りましたが、すごい勢いでスピリットとのやりとりが私の中で続きます。

まず、私は「彼女が私の一部だなんてこと、ありえない」と訴えました。

私と彼女は全く別の人間だ、彼女のようなひどいことをする人間と自分は違うという気持ちでいっぱいでした。

そんな必死な私とは全く無関係に、パートナーさんのスピリットは笑顔で、私にまたその人を差し出してきます。

私があまりにも嫌がるので、スピリットはその人を見てみなさいといいました。

見てみると、その彼女が可愛らしくにっこり笑っています。

びっくりして、ふと気を許してしまった隙に、その彼女を自分の中に取り込んでしまいました。

すると不思議なんですが、彼女が自分の一部分になった気がしました。

まだ抵抗感もあったのですが、スピリットから「あなたも彼女も同じ」と言われました。

その時、インスピレーションみたいなものが降りてきました。

「ああ、彼女も必死だったんだ。」まず最初にそう思いました。

私にもわからなくはない、彼女に共感できる感情が自分の中にあることもわかりました。

きっと彼女も無我夢中で自分の大切なものを守ろうとしたんだ、と。

すると涙が出てきました。

しばらく彼女への共感の気持ちがたくさん湧いてきました。

でも、またすぐに「いや、でも、だからといってあんなひどいことを私に言ったり、やったり。あり得ない!私はそんな人間じゃない。やっぱり彼女と私は違う人間だ。」と思いました。

この時点では、もう自分が思ったことが瞬時にスピリットに伝わっていて、すぐに答えが返ってくるようになっていました。

スピリットは「あなたも、彼女も同じです」と繰り替えしました。

私の心の中には確かにあの彼女がいる。

そして彼女の必死だった気持ちも今はわかる。

だけど、私が傷ついたのも事実なんだ。

納得できない。

わからない。

そう訴え続けました。

するとスピリットが静かに、でも暖かく言いました。

「それが、『許し』です」

その時私は打たれたように動けなくなりました。

涙が次から次へとあふれました。

許し。

いろんな気づきがやってきました。

彼女も間違いは犯す。

必死になるあまり私に牙をむいてしまったんだ。

そういう出来事は少なからず私にもある。

もちろん人を傷つけるのはいけない、だけどそのくらい彼女は必死だったんだ。

そして、その牙をむいた部分だけが彼女の全てではない。

「許す」とは自らが決めてやる作業と思っていましたが、自然と湧き起こる現象のようでした。

インスピレーションが与えられて、本当の姿が見えた時にそれは起こるのでしょうか。

涙が次から次へと出てきました。

パートナーさんのスピリットが続けてこう伝えてきました。

「彼女もすごく後悔している」「あなたを傷つけてしまったことを後悔して、ずっとあなたに愛を送りつづけている」「今日その彼女の思いがやっとあなたに届いた。」

この10年間、この出来事について考えなかった日はなかったといっていいくらい、しつこく私の頭にいつもありました。

夢に出てくることも多々あり、そのたびに彼女が反省してくれてるのだろうか、いやそんなことはないだろう、というような終わりのない会話を一人で頭の中でやっていました。

自分であれこれ考えて、どうにか怒りの気持ちが出ないようなストーリーを作って信じようとしても、やはりあの時の苦しみや怒りが残っており、これは死ぬまで続くのか、いつか和解できる日はくるのかしら。。と思っていたくらいでした。

私がした体験は、言葉では言い尽くせないものです。

スピリットが見せてくれたことすべて、言って見れば「わかっていたこと」なのです。

ただ、それを今までは心から信じることができなかった。

今回、パートナーさんのスピリットが見せてくれて、体験することができた。

それが「奇跡」なんだと思います。

本当に感謝しています。

ありがとうございます。

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今回は、瞑想の後に、二人でペアになり、お互いのスピリットからメッセージをもらいました。

とても久しぶりだったので、うまくできるかなと言う思いが一瞬よぎりましたが、うまく行く行かないではないんだった、と自分の心を訂正しつつ、その時間に入りました。

受け取ったメッセージは、感謝ということ、そして、それは目の前に見えていることや表面上だけでの感謝、という意味ではなく、存在そのもの、すべてに対するものであるということでした。

そして、パートナーさんの受け取ったもの、メッセージは自分のものでもある、と思っていたら、わたしの過去のことが思い出されました。もうそのときから15年以上経っているのに、いまだにわたしの心の中に実はしっかりと、そのことがあったのだと思い知らされました。

そして、そのときのこと、そのときに、わたしの中にわだかまりをうむことになった相手の気持ちが、どういうことだったのかということがひしひしと感じられ、涙が出てきました。

その彼女も、愛の思いだけ、愛そのものだったのだと。

そして、わたしの中に居ついていたそのわだかまりも、一緒に溶けていきました。

このようにして、奇跡が広がっていくこと。

分かち合いによって、それはなされること。

このような体験をさせていただいて、そのことを実感しました。

ありがとうございました。

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