「じゃない会」レポート@CRS 小野永保子

働き、暮らすこと、そして子育ても、心の外に軸を置いたまま、自分と向きあうことをお休みしたままでは、何かがもったいないなあと感じない方はいらっしゃらないのでは・・と思います。心の中にある光に視点を置き替えて、内側から延び続ける光に運ばれるまま、ひとつの大きな広がりの一部として、こんなに自由で守られているという光景を、ご一緒に目撃できますように。守らなければならない小さな儚い存在だと思っていた子供や大切な友達、そして自分自身が、こんなに強く優しかったことに頭を垂れるような奇跡の経験を、ご一緒に分かち合えますように。

今回も、1年前のクラスの内容を一部ご紹介させていただきます。

参加者の方が、コミュニティーを心から愛する中で起こる様々なことを心の目で見直し、目の前に何が見えても、心の喜びを分かち合うことへのハードルは、あるようで実はなかったという経験を分かち合ってくださいました。

真剣に心を観察し実践し、お話くださったことへ、心から感謝いたします。ありがとうございました。

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Aさん

朝ここに来るまで忙しかったので、瞑想で心が落ち着くのに少し時間がかかりました。でもだんだん、内側から自分が出てくる感覚がありました。光が自分でした。

大変だったね、頑張ったねという慈愛の言葉が聞こえました。

ここのところ、心がどうしても外に行っているなと気がついて、一番大切にしないといけない自分の心を、おろそかにしていたと意識するようになりました。

自分に優しくなりたいなあと思ったので、自分がしたことや言ったことを観察してみて、自分に優しくないと気づくと、本当の気持ちを、相手にも伝えてみました。

すると、相手の心に波を立てることもあって、いろいろなことが起こりました。

その結果を怖がっている気持ちもあったけれど、どこかに、本当の気持ちを伝えても、友情や夫婦の関係が揺らぐことはないという思いがあって、結局、安心できる結果になりました。

以前は、人の行動や言葉にすぐに反応して、攻撃的になったり、正義感を振りかざしたりしましたが、今は、落ちついて、相手の心を見ていられるようになりました。

自分の気持ちを観察するのも、以前よりじょうずになったかなと思います。

なおこ

急いで何とかしようというのをやめて、最初に安心した心に戻る選択をされているのですね。

自分を大切にというのは、どんな風にされているのですか?

Aさん

自分の気持ちをすごく観察するようになって、「意外と私って平気なのよね。」と思っていたところが、実は、平気じゃなかった自分がいて、すごくびっくりしました。

私はしっかり傷ついているのに、どうして大丈夫だと言っていたのだろう?

悲しいとか、嫌だと思う気持ちに気づくことに、すごく鈍感だったなと思いました。

家族や人との関わりがうまくいかないと、面倒臭くて嫌なので、ごまかしていました。でも、本当は傷ついているのに、このままでいいと思ったりするのは、自分に優しくないと思ってやめました。

まず自分を大切にしないと、他の人も大切にできないと感じました。

そういう意味での実践が自然と起こりました。

すると、人間関係でいろいろなことが起こってしまうのですが、それでも少しづつ自分を大切にできるようになってきたと感じています。

今までも、自分のしたいことは、自由に何も考えずに行動してきたので、友達には、すでにわがままじゃないと言われますが(笑)、人間関係では、たくさん他人軸で動いていたところがあるので、自分軸で生きたいなあと思います。

本当の意味でのわがままになることが、みんなにとってもいいのだろうなあと思います。

なおこ

本当のわがままというのは、どういうことを指しているのですか?

Aさん

他人にどう思われるかではなくて、自分はどうしたら良いのか、自分に優しくできているかを確かめて、自分の心に忠実になるということをしています。

今まで、そうすることは、わがままなことだと思って、自分勝手はだめ、もっと人のことを考えてと思って、自分の気持ちを見ていなかったと気づきました。

なおこ

自分の気持ちの観察をすることに、わがままという解釈をつけていたということでしょうか?

そして、犠牲を払うことで幸せになれるかもしれないという思い込みをやめてみたということかしらね?

Aさん

自己犠牲が美しいという環境や、自己犠牲によってコミュニティー作りをしていくというのがあって、それで気持ちがつぶれてしまって、同じように行動できていない人を非難したり、非難される人は、面白くなくてというのがあります。

自己犠牲で人の役に立つという形式が出来上がっていて、なかなか違うやり方ができません。見ていて、みんなが苦しそうだなあと感じます。

その中で、私が話すことは理想だと言われて、受け入れてもらえません。

彼らは今、そうしたいのだろうと思うから、やっていることを変えるのではなくて、私ができることをすればいいと思うようになりました。

なおこ

そうですね。相手の人たちへの敬意と信頼の心の火を消さないでいるということかなと思いますし、相手の方の心とつながっていたいと祈ると、ふとした瞬間に、ひらめきとチャンスが訪れるのではと思います。

信頼を育むために、祈りが与えられているし、そのために、相手の人が目の前に現れてくださっている。抵抗が大きいほど、その中に、大きな愛があるという風に、心のアプローチをしていくといいかなと思います。これを実践していくと、自分が持つ悩みというものの感覚も、変わってきますね。

Aさん

大切な友人が、私から見ると、ありえないような状況を選んで、考えられないようなことを受け入れて、自分を殺して傷つけているように見えます。

私は、彼女に自分を大切にして欲しいと言ってけんかをしたり、彼女を尊敬しているし、信じていると伝えましたが、彼女は、「あなたには、私の気持ちなんてわかるはずがない。」と言って、私の言葉が響かないようです。彼女を見ていると、どうして見えているものにすがって、自分を叩きつけるようなことをするのだろうって思い、心がざわつきます。

なおこ

心の観察を始めると、私たちが、外側の形を作ったり整えたりすることで、自分を証明しようとしてきたかというのが、見えてきますね。

私たちのエゴの心の動きは、自分の本当の完璧な力に触れるのが怖いので、限界を作って、慣れ親しんだ痛みの中にいるほうが安心かのように見せかけるんですね。

そして、自分は完璧で自由なんだっていうことに向き合わせないように、自分にひどいことをする役割の人を作って、その人を言い訳にするという心の使い方をしますね。

ホーリースピリットに、コミュニティーの皆さんや、そのお友達の真の強さと完璧さを見せていただけますようにと祈り、ゆだねることをさせていただきたいと思います。

Aさんの祈る心が、お友達を本当に支えるのだと思います。

何とか急いで自分で助けてあげたいと思うと、助けてあげられない恐れに振り回される自分を見ることになるので、ホーリースピリットとともに、自分の心を見直していくことを、私もさせていただきます。

・・・この日のレッスン281 「わたしの思い以外に、わたしを傷つけるものはありません。」から、見ているものを訂正し、私たちが持つことのできる思いは祝福だけということを学びました。

この後もお話が続きました。

心からありがとうございました。 (2015/10/15)

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