5月 参加者さんのシェア

5/31/2019

みなさまのコメントをシェアさせていただきます。

平和なこころに戻り、本当の自分に委ね、喜びを経験することを励ましあっています。

 

 

☆ この春は、子どもたちが、新しい環境に慣れていくプロセスがありました。人間関係や、それに伴ってくる感情を使っての日々の心のストレッチ。出来事の真っ只中にいる時は見えなかったあれこれが、祈ること、日々のワークブックのレッスンに戻って心の訂正を繰り返すことで、少しづつしなやかな筋力がつくことを祈りながらの時間です。

まるで私にとっての三面鏡の様な子供達。16歳の娘は将来の夢に向かって日々伸び伸びと時間を過ごしています。娘から、自分をゆっくり慈しむ時間の大切さを思い出させてもらいました。12歳の長男の意志がはっきりとしてきて、わたしはそれをサポートしたいと思う中で、ママ友の言葉を聞いている時に、あゝこれは、聖霊が、彼女を通して私に話しかけてくれているのだな、と思うことが何度もありました。

目の前の人との間に奇跡をみていく。同じ思春期の息子を持つ母親同士、共通するのは子供に幸せでいてほしい。そして母も一緒に幸せでいる。コントロールを手放し、寄り添っていく。私は自分の心をみながら訂正の繰り返しです。

季節とともに移り変わる景色とともに、我が子の成長の中に奇跡を見ていく。奇跡のコース・ワーグブック5の、香咲さんのエッセイの中にあった、「一歩進むごとに足元をたしかめたりするな。はるか遠くを仰ぐものだけが、道を見出すのだから。登っている最中に山の高さをはかったりするな。頂上に達してはじめておまえの山が、どんなに低かったかわかるはずなのだ。」

日々のレッスンを何度も読み直しながら、エッセイの中のこの言葉に救われました。やっぱりわたしは何も知らない。聖霊のガイドに委ねてレッスンと共に感謝の1日を、今日もありがとうございます。

 

 

☆ じゃない会でお話ししていると、いつも、固まっていた心のガードがペリペリとはがれて、ゆるっとほぐれていきます。そして温かな気持ちとともに、涙がじんわり浮かんできます。

他の参加者の方のお話も、自分のこととして耳をそばだてて聴いている自分がいます。それはきっと、間違った見方をしている自分を素直に認め、訂正し、安心と信頼
に落ち着くことができるからではないかと思います。

そして、「もっと別の見方を知って、日々のこころの習慣にしたい。それを心の宝にしたい。」と、わくわくする気持ちで参加するからだと思います。

今回の私の課題は、夫に対する『罪悪感』でした。7歳の子どもの習い事で忙しくて疲れるので、夫に、夕食を外で食べて来てとお願いすることにモヤモヤしている自分。

夫の夕食を作るにはどうすれば良いかということではなく、私が夫や自分に向けている判断と思い込みを見つめました。そして、本当は、夫と穏やかに過ごしたいと思っていることを思い出しました。永保子さんの、「自分の家族は、他のどの家族とも価値は同じだとわかると、この家族で良かったと、自分が楽になりますね。」という言葉がこころに残りました。
どんな家族であっても、救いとゆるしを見せてもらう存在でしかないのですね。「夫の光を見せてください」と、ただ祈ることで、自分の光も見えてくることを思い出しました。本当の私たちには幸せしかないのだから、夫とつながるために、わざわざ苦しい状況を作らなくてもいい。それなのに、そうしている自分のパターンに気づくことも、とても大切だと、あらためて思いました。

 

 

☆ まだまだルールに縛られているな、それを、8歳の子どもに押し付けているな、と思いました。ルール=恐れ、なんですよね。わたし自身で決めた枚数のプリントができなかったら、子どもがどうなってしまうと思っているのでしょうか。本当に大変なことが起こるのでしょうか??

子どもがふてくされている時は、自分がふてくされているということを、なおこさんに言われて、以前にも、同じことを他の方に言われたことを思い出しました。

ここ最近、こどものこころと向き合わずに、勉強の課題だけをこなしていたと思います。時間がないという言い訳が恥ずかしくなります。こころでつながり、一緒に学ぶという心で向き合ってみます。

 

 

☆ 19歳の息子が、親のわたしたちのことを怒っているのではないかという自分の妄想から恐れをいだき、もう勝手にすればいいという、なげやりな思いがありました。

私は、自分にとって都合の良い子どもを求めているので、子どもが私のコントロールを外れることをとても恐がっていると気づかされました。それでも、こころの奥では、子どもの幸せを祈る自分がいるから、こうして学びたいのだと思います。葛藤したこころは、自分ではどうにもできないので、子どもの光を見せてくださいとお祈りする時間を持ち続けています。

 

 

☆ 9歳の息子がお友達と遊んでいる時、ハラハラしどうしで、全く安心はなく、このままじゃ駄目だと思い、瞑想をしました。すると、すぐにママ友が来てくれて、「口を出し過ぎじゃない?」と言われました。「見守っていてて大丈夫でしょう?そんなに信用できないの?」と。

わたしは、いつからこんな風に子どもを見るようになったのだろうかと思いました。

きっと私自身、子どもを見るように、自分のことを不安に思って見ているのですね。それを、子どもが教えてくれているのですね。本当に本当に、子どもと楽しく過ごしたいのです。もう本当に、ハラハラするばかりのこころを、安心に取り替えたいと感じました。

全てはゆるしの道具で、ゆるしの機会を与えてくださっていると感じました。わたしは、子どものことをよく知っていると勘違いし、この子はこうだからと決めつけて、知ったふりをしていたなと思います。でも、ここでもゆるしなんですね。わたしは何も知らないから教えてください、光を見せて下さいと祈る以外にできることは何もないんだったと思い出せました。有難うございました。

 

 

 

 



 

 

 

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