6月 参加者さんのシェア

6/30/2019

 

じゃない会は、みなさまからの分かちあい、ご質問、コメント、感想などなどに、いつも支えられています。お互いの心の本当の声は、最初はどんなに小さくても、心をこめて一緒に聞きあっていくうちに、強く確かなものになります。そして、その声が、奇跡を経験させてくださいます。

8月も、オンラインじゃない会は開催していますので、お問合せは、janaikaicontact@gmail.com(小野)までどうぞ。子育て中のみなさまのご意見、ご要望もお待ちしております。

☆☆☆

 本当に勉強になりました。私の責めグセも、責めどころも、かなり気づいて分析して、自分なりに手放したつもりでしたけれど、 周りを信用してないから、怖い人ばかりの場所と思い込んでいるから、自分を律して、叱咤しないと大変なことになると、思い込んでいる。ゆえに、自分を責めることで安心するのだというところ、目から鱗でした。

 自分を責めている自分の声には気づいて対処できても、目の前にいる人が責めてくるという現実は厳しいであろうと思っていましたが、それも、自分が責めるのをやめたら、相手も別に責めていなかったことに気づくというあたりも、なるほどと思いました。

 あと、人間的な立場から、欠けているところのあるダメな自分だけど、それで良しとする自己受容という意味で、完璧な不完璧さという理解の仕方をしていましたけれど、(そして、それも随分助けてくれましたが。)、そもそも、もともと完璧であることを思い出すだけ、というのは、また全然違うことだと、頭ではわかりました。あ、そうか、もともと完璧だったんだって、、。

 家事に関しては、それに絡む、私自身の葛藤、恥の感覚、足らない想い、責める想いに気づいて、手放せたものもあれば、まだまだ残ってるものもあるのですが、でも、それらの思いと、ある程度の距離ができたから、こうして数年かかって、今やっと、初めてお会いする方も含めて、お恥ずかしい話(、、と、まだちょっと思ってますけど。笑)を、シェアさせてもらえたのは、大きかったかも。ありがとうございました。

 

 

☆☆☆

 いつもは穏やかな夫ですが、家のことで、私のケアレスミスがあって、とても怒りました。「私はなんてだめなんだ」と落ち込みました。子育てに関しても、ダメだと言われているように、自分で思ってしまいました。

それから、「私はなんてだめなんだ」という思いの裏側に、私は誰かに「あなたはだめではない」と言われたい、認められたという思いがあるのに気が付きました。

 でも、誰かが「あなたはだめではないよ」と言ってくれたとしても、本当にそう思えない自分がいました。言ってくれた人が本当にそう思っているかはわからないと思っているし、他の人が、私のことをどう思っているかは、あまりあてにならないと思っていました。そうやって、あれもこれも、自分の思いが、自分を否定してることに気がつかされました。

 「自分はだめだ」という思いが、自分も家族も閉じ込めてしまっていると気がつかされたので、その思いを手放して、信頼して自信をもちたいと思います。それが解決への道になるのだなと思いました。

 

 

☆☆☆

 子供が、私達夫婦にとって、困ったことを沢山しました。その都度、夫と二人で、子供のことを何とかしなければならない、助けなければならないと思って、上から目線で、必死でやってきたと思っていました。

 でも、一生懸命やってきたと思っていたのだけれど、実は、足りないところを、何とかコントロールして、埋めようという思いが、最初に根強くあったことに気づかされました。

 でも今は、これまでだって、夫と息子と私の3人で一緒にやってきたし、一緒に、いろいろなことを経験して分かち合っていると思えるようになりました。

そうすると、私達は一つなんだと感じるようになって、私の周りにいる人たちも一つに感じられることもあって、自然とホッとする感じがしています。

 一番は、子どもが元気に、人生を歩き始めていることです。私自身は、まだ時々、不安に襲われますが、そんな時、自分の心を見つめられるようになってきたことが大きな変化だと思います。

 

 

 

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