9月 みなさまからのシェア

10/10/2019

 

 高1の反抗期の娘のことを取り上げました。そして、自分の心を見つめることになりました。翌朝、いつもは中々起きてこない娘が自分で起きてきたので、わたしは驚いて思わず立ち尽くしてしまいました。今まで何をみていたのろうと思いました。娘の光が見られるように助けてくださいと再び祈りました。

娘との間が穏やかになると、力が抜けて動きやすくなりました。不自由さは私が作っていたと気づきました。

 「あなたにとってたいせつなのは、あなたがあなたであること。」今日、小学校の読み聞かせで読んだ本の最後のページの言葉です。ホーリースピリットは、本当の私を思い出すように準備してくれていました。ありがとうございます。

 


 いつも心穏やかに過ごしたいのに、気がつくと娘や旦那をコントロールしてしまう私がいます。心の力が全てなのだということを学んでから、また娘をコントロールしたくなりイラッとする度、ホーリースピリットに娘とわたしの本当の姿を見せてくださいと祈っていました。 

 皆スピリットだということ、全てが完璧だということを思い出せると、フッとアイデアが浮かんだ時がありました。それを実行すると、娘も落ち着き、私も穏やかになって何もなかったかのようになりました。 

 またある時は、祈りながら娘を眺めていると、娘だけではなく周りのみんながイキイキとしている姿にただただ感動、感謝、そして私もそこにいることに喜び感じ心が感謝で満たされていくのを感じました。その場に一緒にいた旦那に、自分の思いをシェアしたら「〇〇(娘の名前)はいつだって変わらず〇〇のままだよ」という答えが帰ってきました。だんなさま、ホーリースピリット??笑  ありがとうございます。  

 ほんとに実感として、こんなふうにエゴじゃない穏やかな目で、心で娘を眺められたは新鮮な感覚なので、この感覚をまた忘れずに大切にしていきます。

 

 

 数ヶ月ぶりに「じゃない会」に参加し、その中で自分の傲慢さに気づきました。そして、まだ傲慢でいた自分に驚くやら、呆れるやら。気付かぬうちにエゴの手の内にいた様です。レッスンに、傲慢さから離れると真実は即座にやってくるとありました。ドキッとしました。すべきレッスンを与えられている、わたし達は導かれているんだな、本当に感謝の気持ちで一杯になりました。傲慢さを手放します。有難う御座いました。

 

 

 息子を取り巻く環境が変化して、想像以上のチームの一員として試合に出ることになりました。私は、学校の試合にもあまり慣れていないのに、更に大きな枠の試合には慣れるどころか不安でしかありません。私が試合をするわけではないのに、息子以上に不安な私がいます。他のママ達が経験なさっていることを私は経験してこなかったと比較して、もがいている所に、新しい環境のドアが息子達を通して開いて、色々な人に聞きながら、助けてもらいながらのヨチヨチ歩きです。

 ある日も不安と怖れで、深呼吸して祈りを思い出す。私は何も知らないということがとても怖かった。そこを手放して祈りに何度も戻りました。そこに現れた人に、実は今日がこのような試合が初めてでわからないのですがどうしたら良いか教えて頂けますか?と声をかけました。すると、その方は夫の後輩だと教えてくれて、ふっと気持ちが緩みました。

 夕方から夫が合流。久しぶりに並んで座って1つの景色を見ている。静かで平和な時間。ここに居合わせる事ができたことに感謝。祈りに自然に戻ることができました。

 友人とコート脇で一緒に息子達のサッカーを見ながら、最近の私の環境の変化の話になりました。送り迎え、試合とか諸々の調整や準備、世の中のお母さんってすごいねーという私に、友達が私にお母さんを楽しめてる?と聞いてくれた。

 でもすぐに答えられない私がいて、自分を責めたくなる気持ちを見つめて訂正と祈りました。友人からの問いに答えず、別の話をしている私がいました。いい、悪いで見そうになる心に気がついて、再び気持ちを見つめて、訂正し、祈りに戻りました。

 すると、友達が、1度に慣れなくていいし、最初は色々見ながら、聞きながらでいいよ。無理やな、とかしんどいなって時は、助けてって言うたらいいねんって言ってくれました。あーこれはホーリースピリットの言葉。ありがとう。見せてくれてありがとう。

 心のろうそくが灯って心がふわっとあたたかくなりました。自分でやらない。祈りの中にいることにエネルギーを使う。

 私が平和の中にいると気がついた時、下の息子は楽しそうにコートを走り回っていました。途中から試合の中のボールがまるで心に見えました。息子の試合の中にも奇跡が見えました。私を脇に置いて、心のストレッチ満載。しなやかな心を保つエッセンスが、日々のレッスンだなと感じる日々を過ごしています。ありがとうございます。  

 


 未だに度々、不公平感や犠牲感が襲って来る時があります。どうして自分ばかり我慢しないといけないのか?と。。 

 それは自分自身に対する信頼がないから、自分はやっぱり足りないと思っているから。それを人のせいにして私は夫の犠牲になっているとエゴと一緒になってやって居るのだと気がつきました。

 自分を信頼する事は、相手を信頼する事。持っていても全く必要のない犠牲感を思い切って犠牲にします。ありがとうございます。

 

 

娘が自分の希望の髪型にしてほしいと、私に提案してきました。その髪型は、アニメのキャラクターと同じなのですが、私のエゴは途端に猛反発。そんなのできるわけないし、したことないし、絶対やりたくない!娘は娘で、その髪型にしてくれなきゃ出かけない!と泣くわめきます。

 娘と距離を取った間に、ホーリースピリットを思い出しました。1回だけ縛ればどうかな?と提案したら、納得してひと段落しました。でも、残るは罪悪感ばかり、、、。どうして私はこうなっちゃうんだろう?

 一人の時間を持って心を見つめてみると、「私の考えこそ正しい」「願いは叶わないこともある」「思い通りにさせてはいけない」「恥ずかしいことをして、人から後ろ指刺されなくない」というような思いから、、、

「私は願いが叶わなかったのに、娘だけ自由なんて許せない、私は常識の範囲で生きてきんだから、あなたもそうしてよ!私のこの苦しかった大変だった気持ちも分かってよ!」というようなものでした。

 もう、こんな思いもろとも手放したい!手放せるように助けてください、とホーリースピリットに祈りました。

 祈った後、ふぅと心に隙間ができて、どんな髪型でもよかったんだよなぁという気持ちになりました。それと同時に、私の心に隙間ができたような、自分を縛り付けていたものが解けていくような感覚がしました。  


 

 

 

 

 



 

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