外出自粛になって #2

  ママ友さんが、2才位の次男君と、近所の小川で葉っぱを川へ浮かべ、流れていく様子を見ている所へ通りかかりました。 

 彼女が私に気づいて、さっきから葉っぱを川に流してはの繰り返し、こんな事何が楽しいのか分からない、本当に疲れてしまうのだと話してくれました。わたしには 、幼い息子さんと穏やかに流れる小川を漂う葉っぱを微笑みながら追いかけるママさんのその全てが本当に美しく、完璧に映りました。 

 それは、何をしても、また、しなくとも、わたしたち全員がたった今神に祝福され、ただここに在るということがそれだけで完璧だということを見せて下さったからです。 

 この自粛の時期に、この世界に対して意味のあることをしなくては! というわたし自身の心を訂正して、ただどの瞬間も、わたしの機能はゆるしであるということを思い出させてくれた出来事にこころから感謝します。

 働いて一人暮らしをしている娘、仕事はテレワークになっています。最近、娘から連絡がないのでラインをしたら電話がきました。

「3週間も人と会っていない。30秒で行かれるスーパーしか出かけていない。さすがに変になってきた」と言う娘の言葉を聞いて、私は、きっと娘は音を上げてうちに来たいのだろうと勝手に思い、「夕食でも来る?」と聞きました。

 娘は「行ったらだめでしょう。もし自分が無症状で感染していたら家族にうつしてしまうといけない」と言いました。

 私はそれを聞いて、娘のことを信頼していなかったし、みくびっていたと気づきました。子供は弱いと勝手に思いこんでいました。そうではなくて弱いのはそう思っている自分だときづかされました。

  「わたしはスピリットです」と唱えながら、自分で自分に勝手に課しているイメージや制限をはずせるよう祈りました。そのままの気持ちで、学校の課題のやる気スイッチがなかなか入らない息子と向き合いました。瞬時に、息子のスピリットとつながるような感覚があり、「早く課題を進めさせなければ」というあせりが消えました。

 息子が本当はどうしたいのかを穏やかに話してくれ、こちらも穏やかに聞くことができました。息子はさらに、今まで思いつかなかった時間の過ごし方のアイデアまで浮かんだようでした。

 今、肉眼で見えている子どもの様子から一歩離れて判断を脇に置き、その向こうにあるスピリットに問いかけることができれば、お互いに穏やかに過ごせるのだなと実感しました。心の深いところでつながっていることで、子どもも安心するのだと思います。

 心配は防御だなと思いました。息子が課題が難しくて終わらないと言っていて落ち込み気味に見えました。オンラインになっている授業は受けているだろうか、課題はだせるのだろうかと心配になりました。

 その心配は、ちゃんと単位を取っていって欲しいという私の計画を守りたいための防御でした。ホーリースピリットに助けてくださいとお祈りしました。

 でもそのお祈りは息子ができないから助けてくださいという祈りでした。少しして、これは違うと思い、息子はもう十分に頑張っている、信じようと思い、ホーリースピリットにお祈りしたらフッと安心しました。

 息子は私が思う以上に色々な事をこなし、私が守るものも攻撃もありませんでした。

 なかなか課題をやりたがらない息子に私がきびしく注意し、息子がわぁっと泣く……というよくあるパターンにはまりそうになり、「もう懲りごりだ!」と嫌気がさしたとき、「今の私にはわからないので、どうか導いてください」と思いながら、ホーリースピリットに意識を向けると、なぜか急に息子と同じ高さに目線を下ろしたくなりました。

 しゃがんで息子と向き合い、落ち着いて話し始めると、息子はすぐに泣きやみました。「この子の中の光を見たいなぁ」という気持ちがふわっと浮かぶと、「今目の前にいるのは泣き顔のあなただけど、その向こうには笑ってる顔が見えるよ」という言葉が私の口からこぼれました。 本当に、息子は泣き顔だったのですが笑顔の輝きのようなものが見えた気がしたのです。

 その後少し経って、息子は「ごめんね、あんなに泣いちゃって」と言ってきました。「うん」とだけ答えました。

 私の中にある“やる気のない子になってしまったら困る”、“全然言うことを聞かない、どうしよう”という怖れが、「自分が見たくない息子の姿」という攻撃(幻想)から自分を守ろうとして息子をきびしく注意していたのかもしれません。

 そして、どうにかコントロールしようという気持ちがばからしくなって手放し、無防備になったら、HSが真実だけを見せてくれたのだと思います。

 けれど、まだ自分は「見たくない」と言いつつ見ていたいのかもしれない、だからくり返しているんだろうな…そんな気もしました。ありがとうございました。

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