ご両親への、心の分かちあい #2

4/22/2020

 Aさんは昨年、新幹線で2時間半の実家で、ご両親の介護を経験しました。

ご両親は一緒に入居する場が見つかり、Aさんは仕事に復帰しました。

 

***

 

 会話をしても、もうあまり、昔のように言葉であれこれと様子を伝え合うこともなく、ものの1分ぐらいで、電話は終わってしまう。
 もう言葉での会話には限界があって、せっかくヘルパーさんが気を利かせて母の携帯から電話をくださるけど、なにか不足感が残っている。もっと色んな話を細かくしたかったと。
 と同時に、その現象は、言葉のやりとりには本当に限界があって、言葉のやりとりの向こう側にすべてがあることを教えてくれている。
 少ない語彙で発せられる、父母の波動、その繊細な波は、本当は向こう側の世界での分かち合いの季節になったことを知っているはずのわたしに、「会いたい、触れたい、言葉を交わしたい、できない」と、恋の切なさのような香りの波の形をして、胸のあたりに打ち寄せる時がある。
 こんな風にして過去は、わたしがこの地球で学んだ五感を総動員して、リアルファンタジーを作り出す。
そうだった、わたしはこういうのを体験してみたかったのかもしれない。
 過去がなければ体験できないから、過去と未来の部屋でたくさん体験してきた。過去未来の部屋に常にゆらめく波の世界、波動の世界は、四方八方どこを見てもドラマティック。
 わたしの人生での特別な親子関係をなぞるように、誰の人生にも同じような親子の特別な関係を見る。また別のところで別の人の人生にも、特別な人間関係を見る。自分自身の特別性に加え、兄弟の中に見る特別性のすべてがわたしの投影であり、同時にその投影そのものが残像であることがわかる。
 でも、残像の投影には限界がある。

父母との言葉でのやりとりに限界があるのと同じように、残像の投影にもやがて終わりが来る。
 残像の投影の映画館、その向こうから来る抵抗不可能な光。過去未来の部屋にいるときに、そこにいる自分を発見できるようになった。

発見するのはいつでも「いま」にいるとき。そして発見するのはわたしではなく、ホーリースピリット。ホーリースピリットに発見してもらっている。今日も、わたしを発見してくださってありがとう。

 あなたがわたしを発見してくださるたび、わたしは故郷を振り返り、まばゆい光に目を細めながら、その目から涙を流します。           4月22日

 

 

 

 

Please reload

タグから検索
アーカイブ
Please reload

タグから検索